2009/2/28 | 投稿者: 鹿野苑

チケットだけ予約しちまった。例年ならA席だが、空手形になったら勿体無いので今年は安いB席。本音を言えば不本意なんだけど、そこまで完璧主義になることもあるまい。仕方がないものは仕方がない。
0

2009/2/27 | 投稿者: 鹿野苑

プレミアという言葉をこれほど重く感じたのはこの3回目で初めてだ。第1回、第2回と欠かさず参加してきたが、今回ばかりは黄信号が灯っている。それも赤に近い黄。オレンジ色といっていい。
チケットの発売は明日からで、国試の合格発表が3月末。せっかくチケットを買っても不合格の場合は行けないので良い結果を待つしかないが、1ヵ月もチケットが売り切れずに残っている訳がない。チケットだけキープしておいて…ということも一瞬脳裏をよぎった。そうするかもしれないし、そうしないかもしれない。
0

2009/2/26 | 投稿者: 鹿野苑

前に書いた通り、小学校時代の友達とキャッチボールをした。これがめちゃめちゃ楽しくて、キャッチボールだけで3時間もやってしまったが、間に野球について話したところ、彼はプロ野球より高校野球の方が好きだと言った。一敗したら終りの高校野球は一生懸命さが伝わるかららしい。私の他の友達にも同じ意見の人が多くいるが、私はプロ野球の方が好きだ。高校野球派は「プロ野球は高校野球に比べて一生懸命さが無い」というが、私はそこが面白いと思う。一敗したら終りではなく、百数十試合の中から時には捨て試合も計算に入れて戦う、その1年を通した複雑な駆け引きが面白い(まあ自分がチケット買って観に行った試合がその捨て試合だったら不満にはなるが)。

そのプロ野球ももうすぐオープン戦(もしかしてもうやってる?)。今年の中日は……う〜ん、3位と予想。私の好きな英智選手がスタメンになればうれしい。守備なら12球団一のものがあるが、打撃がそれほどでもないのでなかなかスタメンに定着できずにいる。外野手は強打者が多いから、守備力が多少落ちても強打者の方を使いたいというのは監督としては当たり前の心理なのは理解できるけど…ねぇ…?
0

2009/2/25 | 投稿者: 釈鹿苑

仏という字は音読みすれば「ブツ」であり、訓読みすれば「ほとけ」である。インドの言葉で覚者を意味する「ブッダ」に当て字したのが「仏陀」で、仏はその略だから「ブツ」と読むのは当たり前。では「ほとけ」という読み方はどこから出て来たか。私の知る限り2つの説がある(もっとあったと思うが、あくまでも私の知っているのは2つというだけの意味)。

1つは、仏教徒の異名からという説。キリスト教徒をクリスチャン、イスラム教徒をムスリムというように、あまり知られていないが仏教徒のことは浮図(ふと。浮屠と書かれることもある)という。これに人を表す「家」という字を付けて(読書家とか勉強家と同じ用法)、浮図家と言っていたのが「ほとけ」になったとする説。

2つ目は仏教への悪口からという説。仏教が日本に伝わってからというもの、崇仏派の蘇我氏と排仏派の物部氏が対立していたわけだが、ある時、「ほおりとけ」という病名の熱病が流行したため、物部氏が「仏陀などという外国の神を崇めている奴がいるから日本古来の神々がお怒りになって熱病が流行るんだ。仏教はほおりとけを呼ぶ原因だ」と主張したため、「ほおりとけ」が「ほとけ」になったという説(ちなみに、この物部氏の主張に対しては、もしそうなら蘇我氏の関係者が熱病で真っ先に死ぬはずじゃんという聖徳太子の反論があったらしい)。親鸞聖人はこの説を支持していて、だから仏を「ほとけ」と読むのは好ましくないとおっしゃる(善光寺和讃)。なので、私も極力「ブツ」と読むようにしている。
0

2009/2/24 | 投稿者: 鹿野苑

今観てる。賛否両論あったが、やはり中日の選手がいないのは寂しい。しかし北京五輪で懲りたために選手を出したくないという落合監督の言い分もよく分かるし、まあ私もそれを支持した。WBCをシラけた目で見るのでもなく、中日を批判するのでもなく。小難しいこと言わずに野球観戦なんて楽しみゃいい。侍ジャパンにもドラゴンズにも頑張ってほしいよ。

しかしあの投球数制限のルールって何だ? ややこしいだけで、盛り上がる要因にはなりそうもないが…。一人でも多くの投手に出場機会を作ってやるため? う〜ん、炎天下の中を毎日一人のエースにずっと投げさせる夏の甲子園よりはまだ選手に優しいかな……と書いてる内にダルビッシュ降板。
0

2009/2/23 | 投稿者: 鹿野苑

「微妙」

経典にもこの言葉はよく出てくるが、「細かな所まで行き届いていて素晴らしい」という意味で使われている。
現代日本語で「微妙」といえば白黒の判定が付けにくいことを指す。今の所、教科書的にはこの言葉の正しい意味はこれだろう。
「ビミョー」になると、否定的な意味合いの方が強い。悪口とまでいかないが、「どうかと思う」くらいのニュアンスで使われることが多い。

輝かしい前半生から、これほど極端な転落を味わったこの言葉もバブル崩壊の被害者と言えるかもしれない(意味不明)。
0

2009/2/21 | 投稿者: 鹿野苑

大原はキャンセル。宿のおばさんから聞いた情報で、今日は東寺で弘法市だと知ったのでそっちに向かう。面白かった! 普通の朝市とは違う。骨董品からタコ焼きまで、ありとあらゆる物が売られていた。魚の卵に目のない私は子持ち鮎の塩焼きを買い、一応、殺生禁断の聖道門の寺院の境内で食べることは遠慮して(そんなこと気にしているのは私くらいのようだったが)、一旦外に出て東寺の堀端で鮎を食い、鳩に囲まれた。卵を持った鮎を前に食った時は、まだ生きていた祖父と一緒に食ったから、最低でも11年は昔になる。今日食ったのもぎっしり卵が詰まってて美味かった。ところで、ししゃもにしてもそうだが、子持ちの魚って内臓はどこにあるんだろう? 随分前からの疑問で、食べる度に注意して見ているが内臓らしい内臓を見たことがない。秋刀魚などはあんなに内臓の苦さに辟易させられるのに。
余談を続けるが、釣り人の間では魚の絶滅を防ぐために幼い魚は釣っても逃がすのが一つのマナーらしいが、あまりそれは正しくなさそうだ。たらこやかずのこをイメージしてもらえばわかるが、魚が産卵する数は何千、何万という数に上る。そのうち無事に成魚になるのは1匹か2匹。つまり釣った幼い魚は逃がしても、他のなんらかの原因で死ぬ確率が99.9%以上である。何百年にも渡ってちりめんじゃこが作られ続けているのに魚が絶滅しないのはそのためだ。むしろ成魚を捕獲する方が絶滅の原因となりうる。

話が逸れた。東寺を出ると予定通り嵯峨野へ向かい、清涼寺、二尊院、広隆寺へ。清涼寺で拝観料を払うと、受付のおじさんが「今日はお釈迦様見れますから」。 知らなかった。普段は秘仏らしい。ラッキーだなと思って見たところ、どうやら普段は封印してはいるものの千円払えば封印を解いて見せてくれるらしい。新しいタイプの秘仏だな。

二尊院の仏様、超イケメン。仏像マニアの聖地になりうるぜ。

広隆寺の弥勒菩薩、有名なだけはある。これが彫刻史上の傑作というのがよく分かる。ただ、その両脇に置かれた弥勒如来と百済製の弥勒菩薩も素晴らしかった。中尊ばかりが有名で、脇の二尊があまり有名でないのは勿体ない。実力があるのに中尊が有名すぎるために目立たないという意味では、猪木と3人タッグを組んだ星野勘太郎、木村健悟の如くである。
0

2009/2/20 | 投稿者: 鹿野苑

黄檗山萬福寺。聞き覚えのある人は少ないと思う。なにしろ京都郊外の宇治にあるので、京都市街の数々の観光地とは逆方向のため、ここに行ったら後は平等院くらいしか行くところがなくなってしまう。「たまには定番を外して珍しい所に行きたいなあ」と思うほど、京都市街を歩き尽くした人間だけが訪ねることを許される幻の寺院である(ウソ)。京都駅のコインロッカーに入れたボストンバッグの中に折り畳み傘を置き忘れた自分を罵りながら最寄りの駅から雨に打たれて歩いた。

黄檗山という山号からわかる通り、黄檗宗の本山。開祖は隠元という中国人の高僧だが、黄檗宗という宗派よりも(だいたい素直に黄檗って漢字を読める人がそうそういないだろう)、隠元自身よりも、ほんのおまけで日本に伝えたはずのインゲン豆の方がはるかに有名になってしまったことは隠元にとって大誤算であったろう。これを書いている私の携帯電話も、「いんげん」まで打つと予測変換で「隠元豆」は出るが「隠元」は出ないため、仕方なく「隠元豆」と打った後に「豆」の字だけを削除している。

萬福寺の特徴は、開祖隠元が中国人のため、日本にありながらすべてが中国風なこと。建築様式や仏像はもちろんのこと、念仏の読み方も「なむあみだぶつ」ではなく「なむおーみとーふー」である。大雄宝殿(普通の日本の寺院では本堂と呼ぶ)の前に置いてある線香立てがこれ。きれいだなあ! ちなみに線香も中国線香といって、日本のものとは形が違っていた。

クリックすると元のサイズで表示します


これが大雄宝殿外観
クリックすると元のサイズで表示します


回廊
クリックすると元のサイズで表示します


山門
クリックすると元のサイズで表示します


どうだ、中国の匂いがするだろう。もちろん、海外旅行に行きたいのに金がないから苦し紛れに異国情緒のある所を選んだわけでは断じてない(号泣)。
0

2009/2/20 | 投稿者: 鹿野苑

洛南に入った私の目に飛び込んで来たものは、「焼肉小倉優子〜みんなで焼肉たべりんこ〜」という目を疑う焼肉店の看板だった。なるほど、京の都には一木一草に至るまで平安の昔よりのいにしえ人のもののあはれが宿って…っておい!!!! この店の店員は団体客から予約の電話がかかってきた時も「はい、焼肉小倉優子でございます」と言わされるのだろうか。かなり強烈な罰ゲームである。そしてこの店で酒宴などを張って酔い潰れた暁には、目が覚めた時にはこりん星に連行されて手術では取り出しにくいようなきわどい位置に金属片が埋め込まれたりしているのかもしれない。

ええさて、京都駅に入ったところでまた驚いた。変わってる。何もかもが変わってる。リニューアルという月並みな言葉では表せないほどのリニューアルだ。俺が前に京都に来た時なんてそんなに昔じゃないぞ!? 結構ちょくちょく来ているというのに驚くべき変貌ぶりだ。さすがは日本一の観光都市・京都である。ラジオで京都在住のリスナーのハガキやメールが採用されると、投稿の内容自体はさっぱりと片付けられて、なんら関係ない京都トークで盛り上がってしまうほどの観光都市である。その点、私の住んでいる県などは新幹線も金閣寺も泉里香(しつこい)もなく、県外の人に名物を聞かれても困ってしまうほどに地味な田舎なので、ラジオで採用された時は実にじっくりと投稿内容に耳を傾けてもらえる。
あ〜、田舎でよかった!!(号泣)
0

2009/2/20 | 投稿者: 鹿野苑

現在2月20日(アントニオ猪木と、高校時代の友人の村田君の誕生日)の0時20分。このブログの読者カウンターの数字は3人。1人は私だが、あとの2人、どなたなのだろう? 本日が始まってまだ20分しかたっていないのに、このブログを読みに来てくれる心。うれしいじゃないか。もしかしてオレのファン?…まさかね(笑)。そのありがたい読者様の期待を裏切る内容の文を最近多く書いているという自信はかなり強固にあるのだが、それでも呆れずに読んでくだされば幸いである。
0




AutoPage最新お知らせ