2008/8/8 | 投稿者: 鹿野苑

次回の「篤姫」のあらすじは、国を守ることを自分の使命と信じて安政の大獄を敢えて行った井伊直弼の心中を聞いて、篤姫が井伊を見直した矢先、その井伊が桜田門外に倒れるという話らしい。元々私は「篤姫」で井伊が悪役めかしく描かれていることに不満を持っていたが、これで満足した。井伊は幕府の大老として反対者を罰しただけ。為政者としては珍しくないことだ。井伊ばかりを一方的に責めるのは公平に欠ける。

自分が悪事を働いていると思っている人間など世界中に一人もいない。子供向けの番組では時々悪役が「我々は悪の秘密結社…」などと名乗ることもあるが、そんなこと現実には絶対にない。人は誰しも自分の信じる正義に忠実に生きている。ただ、それが周りから見たら明らかに逸脱している人だってたまにはいるというだけのことだ(例えばヒトラーはユダヤ人抹殺の蛮行を良いことだと信じていたに違いない)。

最近このブログを荒らしている自称ナイトホーク氏にしても、おそらくは愉快犯ではなく彼なりに「悪逆無道の鹿野苑を討つ」というつもりなのに違いない。事の発端は女優Aさん(ファンレターの返事をもれなくくれる偉い女優さん)のBBSに、私が「ファンレターの返事は今でもくれますか?」と書いたことに始まる。私は「Aさんも昼ドラ出演等で忙しくなったけど、まだそのファン思いのありがたい習慣は続けられますか?」と聞いたにすぎないが、自称ナイトホーク氏にはそれが催促に思えたらしい。「忙しいAさんに返事を催促するとは何事だ。迷惑ではないか」というわけだ。ただ、私の目からは「鎌をかけた」と称してAさんと共演した女優Bさんのでっちあげゴシップをわざわざ(こんなちっぽけな個人ブログとはいえ)ネット上に書いた氏のやり方の方が余程幼稚で低俗で、Bさんに対する迷惑行為に思える。要するに私から氏への反論は「お前に俺を責める権利はない」この一言に尽きる。目糞が鼻糞を笑うのは私は理解できるが、鼻糞が目糞を笑うのは滑稽である。氏の書き込みを公開さえせず削除する私を氏は「現実逃避」と罵るが、私に言わせれば相手する意義さえないのだ。理由は簡単。それぞれの正義を奉ずる者同士がどんなに議論したって話は平行線になるに決まっている。議論で勝って相手の意見が変わった例など一つもない。議論で負けた者は勝者に恨みを抱くだけである。だから氏の話に私は応じない。「話せばわかる」という言葉は美しいが、なぜ美しいかというと、それは虚構だからである。
0




AutoPage最新お知らせ