2008/7/4 | 投稿者: 釈鹿苑

唐土我朝にもろもろの智者達の沙汰し申さるる観念の念にもあらず。
又学問をして念のこころを悟りて申す念仏にもあらず。
ただ往生極楽のためには、南無阿弥陀仏と申して、うたがいなく往生するぞと思い取りて申す外には別の仔細候わず。
ただし三心四修と申すことの候うは、皆決定して南無阿弥陀仏にて往生するぞと思ううちにこもり候うなり。
この外に奥ふかき事を存ぜば、二尊のあわれみにはずれ、本願にもれ候うべし。
念仏を信ぜん人は、たとい一代の法をよくよく学すとも、一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智のともがらに同じうして、智者のふるまいをせずしてただ一向に念仏すべし。
証の為に両手印をもってす。
浄土宗の安心起行この一紙に至極せり。源空が所存、この外に全く別義を存ぜず、滅後の邪義をふせがんがために所存をしるし畢んぬ。

建暦二年正月二十三日 大師在御判


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臨終の床にある法然上人(浄土宗開祖)が最後に書き残した遺言状ともいうべき一枚。私はこれを見る度に2つの想いが必ず湧く。

1つは、我が浄土真宗では何故これほど簡潔明瞭な教えの結晶ともいうべき名文を読まないのかということ。親鸞聖人は法然上人の弟子であり、浄土真宗でも法然上人を元祖(げんそ)と仰いでいるのに。

2つ目は、「滅後の邪義をふせがんがために」という一文の哀しさ。偉大な開祖が亡くなれば残された弟子たちが見解の相違により袂を分かち、いくつもの宗派に分かれるのは珍しくない。釈迦にせよキリストにせよムハンマドにせよそれを防ぐことは出来なかった。法然上人はそれを警戒したのだろう。しかし、法然教団もいくつもに分かれた。浄土宗のメジャーは鎮西派(知恩院)だが西山派、西山深草派、西山禅林寺派もある。無論浄土真宗も分かれた法然教団のカケラのひとつ。その浄土真宗も10以上に分かれていて…。
まあそのいずれも「邪義」とは言えないし、どれかひとつのみを正解としようという考えも良くない。「真実はいつもひとつ」と思ってはいけないのだ。真理と正義は多元的に存在する。
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