2008/6/9 | 投稿者: 鹿野苑

秋葉原にバカが出た。まあ死刑は固いだろう。大阪池田の児童殺傷事件と似た流れになると思う。ただ、供述を聞いたらこいつを死刑にしてはいけない気がした。私はどちらかというと死刑廃止論者だ。こういうバカに対しては死んで楽になることを許してはいけない。終身刑にして、一生独房で罪を後悔させるべきだ。それは奴にとって死刑より重く苦しい刑であり、世の中にとって意義のある刑だ。
同じ理由で大阪池田の犯人も死刑にしてはいけなかった。あいつの犯行動機は「死にたいから死刑になるようなことをした」というものだった。こういう奴が出るのを防ぐためにも、死刑自体の廃止を検討してみてもいい。

参考リンク。
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2008/6/8 | 投稿者: 鹿野苑

初代。
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二代目。
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一般の人がバルタン星人といわれて連想するのは初代の姿だろうが、二代目の方がそもそものデザイン案に近い。したがって、二代目の方がマニアの間では人気が高い。
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2008/6/7 | 投稿者: 鹿野苑

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二瓶正也さん演じるイデ隊員が科学特捜隊で一番好きという人は少なくないと思う。いつもはふざけてばかりいて笑わせてくれるが、天才的な発明家だった。イデ隊員の発明したマルス133は理論的にはスペシウム光線と同じ威力を持ち、初お目見えのバルタン星人2世の大群が地球に襲来した時はバタバタ撃ち落としていた(この「理論的にはスペシウム光線と同じ威力を持つ」というならGUYSにもメテオール・スペシウム弾頭弾があったが、40年も前にそれよりはるかにコンパクトで使い勝手が良く同じ性能のものを発明していたのだ)。

いつもはふざけてばかりいるが、科特隊の5人の中で最も悩み多き人でもあった。ジャミラ戦では戦うことに疑問を感じて一度は戦闘放棄まで宣言しているし、ジェロニモン戦では「ウルトラマンさえいれば科特隊はいらないのではないか」ということで悩んでいた。この種の疑問を抱えた本編では最初の人物である(しかし、これはあまりにも自己過小評価だ。科特隊の働きやイデの発明品で地球は何度も救われた。科特隊より成績の悪い防衛チームもザラにいる)。

素顔の二瓶正也さんにも面白い話がある。台本の「兎に角(とにかく)」が読めなくて、黒部進さんと石井伊吉(現・毒蝮三太夫)さんが冗談で「うさぎにつの」と教えたら本番で本当に言ってしまい、ふざけていると思った監督を激怒させたのはファンには有名な話。
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2008/6/5 | 投稿者: 鹿野苑

nexusseed改めアルさんのブログで凄いものが紹介されていた。円谷プロオフィシャルのYou tubeのサイト。なんとウルトラマンもウルトラセブンもタダで観れてしまうのだ。早速私も感動して観た。こういう名作が誰でも簡単に観られるようになるのは本当にいいことだ。営利を度外視して、本当に良いものを普及させようという円谷さんに拍手!
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2008/6/4 | 投稿者: 鹿野苑

諦観さんからおすすめされたアブラムシ退治の薬、オルトラン粒錠。使ったら一発であの忌々しいアブラムシが一匹もいなくなった。ま、農薬である。今育てているのはコスモスであって、食べるものではないからいいんだけど、野菜を育てる時になったらどうしようね?これこそメテオール的に使用には自分なりの制限を持たなきゃ。もっとも、一回使っただけでこんなに効くなら、使用回数・量は少なく抑えられるかもしれない。使い勝手はとても良い。諦観さん、ありがとうございました。
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2008/6/3 | 投稿者: 釈鹿苑

「門徒物知らず」という言葉がある。元々は悪口である。門徒とは元来は仏教徒全般を指すが、日本では普通は浄土真宗の信徒を指す。悪口ではあるが、その「物知らず」ぶりを誇りにしている真宗門徒も多い。私もその一人だが。

ではなぜ「物知らず」と呼ばれるに至ったか。理由は、他の宗旨では当たり前のように必ずやっていることを浄土真宗ではやらないからだ。ちょっと思いつくだけ並べてみよう。
@位牌を飾らない
Aお盆に行事をしない(地方によって例外はあるかも)
B葬式の時の清め塩などを使わない

他にも御守を持たない、占いや祈祷をしない、大安・仏滅などを気にしない等いろいろあるが、特にこの3ヵ条を選んだのは仏教への世間の誤解をよく反映していると思うからだ。

声を大にして言いたい。
仏教は先祖や死者を供養するための宗教ではありません。自分がどう生きるかを考えるものです。
その証拠に釈迦には墓が無いし、釈迦自身、熱心に供養をすれば死者が浮かばれるというような思想に対して「石が水に沈んだ後でどんなに祈ったところで浮かんでくるはずがないではないか」と言っている。

ではなぜ仏教が先祖供養の宗教に変質してしまったか。これはインドで生まれた仏教が日本に伝わる過程で中国の儒教(先祖崇拝色が強い)の要素と混じり合ってしまったためである。位牌というのもここで取り入れられた。つまり、位牌は本来の仏教と関係がない。
葬式の清め塩はそれとはちょっと違って、死を穢れと見なす日本神道の影響による。本来の仏教では死を穢れとは見なさず、受け入れるのみ。そもそも遺体を穢れたものと見なすことは死者や遺族に対して失礼ではないか。

チベット人は日本の家で仏壇の近くにお爺ちゃんやお婆ちゃんの写真が飾ってあるのを見ると理解ができないそうである。仏壇に向かって「お爺ちゃん…」とか話し掛けたりするのも本来の仏教からみると的外れ(ただ、そこまで言うのは野暮で酷かもしれない)。

親鸞聖人は「父母の孝養のためとて、一返にても念仏申したること、いまだ候はず。」とはっきり言った。父母の冥福を祈るために念仏を唱えたことは一回もないのである。仏教がそういうものではないことを聖人はよく知っていたのだ。
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2008/6/1 | 投稿者: 鹿野苑

友人A「一澤帆布のバッグが欲しいんだけど、どこで買えるのかなあ?」
俺「ああ、あれなら京都の知恩院の前に店があるぞ」
A「中央院?何それ?どこにあるの?」
俺「知恩院!」
A「ちおんいん?おいB、お前ちおんいんって知ってるか?」
友人B「知らん。聞いたことない。」

「まじかよ…」…と言いたかったがその言葉は飲み込んだ。多分世間的には私の方が正常でないんだろう。まあこんなことには慣れっ子だ。「知識が広すぎるのがオタクくさくてキモい」と言われたこともある。随分悩んだこともあったが、メビウスの「孤高のスタンドプレイヤー」でのサコミズ隊長のリュウへの説教で救われた。だからあの話が私にとってのメビウスのベストになっている。
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2008/6/1 | 投稿者: 鹿野苑

5時間半くらい寝たんだが、今日は一日中眠かった。6時間でもつらいことがままある。7時間なら快調。

思えば中学高校の頃は「浅川悠とオフサイド大西のDEEPER STREET 木曜日」などというべらぼうに面白い深夜ラジオがあったために、週1で睡眠時間が分割3時間というのが恒例だった。それで全然つらくなかった。そう考えると自分が夜に弱くなったことを認めざるをえない。夜寝なきゃいけないというのは不便なもんだ。
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