2008/4/30 | 投稿者: 鹿野苑

気にはしてたけど情報は今日初めてチェックして驚いた。武藤敬司がIWGP戴冠!絶対に中邑が防衛するもんだとばかり思ってた。あのカート・アングルを破り、NJCを制した棚橋を破り、向かう所敵なしの中邑だったから、ここで武藤から大金星をあげて新日不動のエースになるもんだと思ってた。まさか武藤が8年ぶりの戴冠とはなあ。全日に移籍した武藤がまたIWGPを獲る日が来ることを、どこかで面白いだろうなと期待し続けていた部分は移籍時からずっとあった。しかしまさか日の出の勢いの中邑を破っての戴冠とはね。ここはひとつ、武藤に長期政権を築いてもらいたい。永田や天山あたりに獲られるのはやめてほしい。武藤からベルトを獲り返すのは、やはり中邑のリベンジしかないと思うのだ。
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2008/4/29 | 投稿者: 鹿野苑

でもって、今日は島涼香さんの誕生日でもある。思えばもう涼香さんを知って10年か(!)。時の流れの速さに驚かざるをえない。らこまい解散イベントの時、涼香さんからビデオレターが来た時はテンションが上がった。かかずゆみさんとのタッグで出した「H&H」というアルバムも最高だった。1+1が3にも4にもなるコンビというのはまさにあれだと思う。
ブログによると、今涼香さんは保育士の資格を取るべく勉強中らしい。本当に頑張ってほしい。私も歯科医の資格を取るべく足掻いているから、共にめでたい結果が出ればこれに過ぎたるはないと思う。
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2008/4/29 | 投稿者: 鹿野苑

私は平将門の血縁者であり、徳川幕府恩顧でもあるから天皇制に関してあまり良い感情を持っていないが、一人の人間として見たとき、昭和天皇は魅力のある人物だと思う。

詳しく語れるほどは知らないのでこちらを読んで頂くとして、実はつい最近まで東條英機の伝記を読んでいたものだから今日を単なる休日としてやり過ごすのがなんか味気なくて、ついこんな記事を書いてみた次第。(東條の伝記を読んでいたなどというと軍国主義者か極右のように思われかねないので、「私は東條に同情はするが信奉者ではありません」といちいち書かなきゃいけないのが面倒なところだな。朝鮮出兵を行った豊臣秀吉が好きだと言っても誰にも変に思われたりしないのにな。)
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2008/4/28 | 投稿者: 鹿野苑

前に書いた殺虫剤、実は全然効かなかった。かくなる上はということで、アブラムシが付いてる花をむしって捨てることにした。どうせアブラムシがたかった花に未練はない。この結果、3つあった植木鉢のうち1つはまったくの更地になった。私を悩ませ続けた奴らも今はゴミ処理場の焼却炉の灰だろう。しかし殺虫剤代だけが無駄になったね。
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2008/4/27 | 投稿者: 鹿野苑

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「R*L Radio theater 〜8畳より愛をこめて〜1」
発売中です。
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2008/4/26 | 投稿者: 鹿野苑

…といっても、特筆するほどの話題なんてねえんだよな。バイト帰りにR*LのCD(昨日発売)を買いに行ったけど、置いてなくて取り寄せになったし、相変わらず仕事は忙しいし。まあ普通の一日です。
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2008/4/26 | 投稿者: 鹿野苑

なんかの役人が公的な場で「そんなの関係ねぇ」と言ってバッシング受けてる事件ね、あれは彼ばかりがなんでそうも責められるのかわからない。真面目な場でお笑い芸人の真似事をするなんてこと、誰だってやってるじゃん。それをやらないのは俺みたいに空気の読めない全然おもろくない人間だけ。だから件の役人が何故バッシングを受けているのかわからない。今までの世の中の行動パターンから言えば「おもろい人」として表彰されたっていいはずなのに。お笑い芸人はモテるんだろ?おもろい奴は好感度が高いんだろ?国民の皆様の注文通りに動いた役人を責めるなんて筋違いも甚だしい。
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2008/4/25 | 投稿者: 鹿野苑

チベットへの嫌がらせを続ける中国でのオリンピックに対して、善光寺が聖火リレーに協力しないことを決めたのは正解だと思う。善光寺といえば宗派を超越した日本でも第一等の寺。同じ仏教徒としての立場からチベットに同情したのは当然である。

私はオリンピックにもワールドカップにもあまり興味がない人間だから(それよりG1やチャンカーの方が大事)こんなことを思うのかもしれないが、聖火リレーって本当に必要かな?廃止してもいいんじゃないか?平和の祭典のための火が論争の火種になってるじゃないか。
聖火リレーはベルリンオリンピックから始まった。このベルリンオリンピック、一言で言えばナチスの、ナチスによる、ナチスのための大会である。聖火リレーも例外でない。もちろん、ナチスが発明したものは全部悪いとヒステリックに決め付けるのも考え物だが…(そんなことを言い出したら高速道路もヘリコプターも現代医学も全部ダメになってしまう)。
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2008/4/24 | 投稿者: 鹿野苑

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西の猛将が立花宗茂なら、東の猛将は本多平八郎忠勝だ。徳川四天王の一人。生涯に57回の戦に出たが、一度として傷を負ったことがないという。鹿の角の兜が目を引く忠勝の代名詞ともいうべき甲冑は、身軽に動き回れるように軽武装だったらしい。一方、同じく徳川四天王の井伊直政は重武装なのに戦の度に負傷していたらしく、この二人の対比は家康を不思議がらせている(笑)。
徳川軍の先陣を務めることも多かったが、退却戦のしんがりの方が得意だったかもしれない。あの武田信玄を相手に一兵も損ぜず退却を成し遂げる(一言坂の戦)という奇跡も達成しているくらいだ。また、小牧長久手の戦では敵地に孤立した家康本隊に秀吉が大軍で迫るところを、わずか五百の兵で鉄砲を撃ち掛け挑戦した。これを見た秀吉は、自分が討ち死にしても時間を稼いで家康を救おうという忠勝の心を悟り、涙を流して忠勝隊と戦わぬよう命令したという(いくら忠勝が名将でも数十倍の秀吉軍相手に挑んだら命はなかっただろう。忠勝の心意気に応えた秀吉も立派である)。
忠勝は画像にもある通り、戦場には大数珠を肩に掛けて出るのが常だった。これは自分が葬った相手の冥福を祈るためだという。このことから、猛将だが実は戦という殺し合いを好むような男ではなかったことがわかる。
晩年、趣味の木彫り細工をしている時に小刀で指を傷付けた。これを見て「自分は来年あたり死ぬだろう」と予言したという。その予言は的中した。そういう男である。

「侍は首を取らずとも不手柄なりとも、事の難に臨みて退かず、主君と枕を並べて討死を遂げ、忠節を守るを指して侍という」──忠勝の言葉。
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2008/4/22 | 投稿者: 鹿野苑

いや〜、ちっとも採用されねえなあ。大和魂への俺のメール。もう3ヵ月くらい。多分、新記録更新になる連続不採用期間だ。
まあ、焦らず恨まず催促じみたメールも送らず、主君を信じてじっくり待ちましょ。雌伏の時に耐えて至福の時を待つ。武士とはそうしたものだ。

そんな大和魂の現在配信中分はR*Lがゲストです。
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