2008/3/31 | 投稿者: 鹿野苑

まだ春休みはあるが、やるべきことがたまっていることを理由に実家をあとにした。多忙は本当だが、今回は家出に近い。

こんなに不快な気分になったのは何年振りだろう。みっちり1時間近くも地元に残ることを説得された。説得といっても誠意ある穏やかなものではなく、私やその知人への罵履雑言と脅迫ばかりだった。
受験時代、田舎の大学に行くのを嫌がる私に「6年我慢すればどこに行ってもいいから」と確かに言った。メールの受信箱に証拠もある。また、「俺は親のすすめに負けて東京の会社をやめて地元に帰ってきたことを後悔してる。だからお前が東京に行こうが大阪に行こうがアメリカに行こうが絶対に止めはしない」とも言った。
それが今、「お前を医者にしたがったのは都会の企業に勤めずに地元にいてほしかったからだ」という奇妙なお言葉を承った。

高校時代、早く家を出たかった。2001年10月1日に父にとっての「わけわからんもの」である音楽CD・雑誌等を全部捨てさせられてから(本当はいとこに匿ってもらったが)は「家を出たい」は「こんな家にいられるか」に変わった。母もあの時それを仕方ないものとして認めてくれた。その母も今回の変節だ。

テレビはバラエティも野球もダメ。硬派なクイズ番組と時代劇と戦争映画のみ。音楽は70年代のフォーク以外はクラシックもJPopも「わけがわからん」からダメ。料理もフランス料理やイタリア料理は「わけがわからん」からダメ。仏教書を読めば「いい若いもんがそんなもん読むな」、若者らしく遊べば「チャラチャラするな、金を使うな」。そんな所に一生いろと言うのですか?

高校生までは、それに不服を唱えると「ここは俺の家や。文句があるなら出てけ」の決めゼリフに黙らされた。クーデターを起こして家を乗っ取ろうというのではなく、言い付けを忠実に守ろうとしているのにそれもダメなのか。白はやめよと言われて黒を選んだら叱られたということなど今に始まったことではないが。

70年代のフォークソングなど、それがどんなに名曲であろうが私にとっては圧制の象徴でしかない。レーニンやフセインの銅像と同じ。

私はそんな「わけのわからん」所に一生いなければならないのですか?
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2008/3/30 | 投稿者: 鹿野苑

金などはない方がいい。

無論、貧乏がいいという意味ではない。人類が経済という概念を発明しなければどんなによかっただろうというのが今回のテーマだ。

星新一さんの短篇「とんでもないやつ」(短篇集「妄想銀行」に収録)を読んだ時の衝撃は忘れない。軽くあらすじを紹介する。

怠け者の原始人グウ(眠るのが好きなのでいびきの音から名付けられた)は肉を食いたいが狩りに参加するのが嫌で、いつも海岸で貝を拾って食べている。
ある日、別の村の人がマンモスの肉・クマの毛皮・石で作ったやじりを持って物々交換にやって来た。グウはある悪だくみを思いつく。
「この丸い貝殻一枚が、毛皮一枚なのだ。また、その一枚で肉ひと抱えにもなる。おれはそれらの品物が必要になれば、これを持って出かけていって、交換してくるわけだ。」
相手はグウの口車に乗り、この取引に応じてグウの食べ残しのただの貝殻を持って帰る。上手くだましたグウはにやにや笑いが消えない。

最後に本編の最後の段落だけそのまま引用する。

「だが、グウもこうと知ったら、とても笑うどころではなかったろう。単なるちょっとした思いつき程度でもなく、また、被害者は一人にとどまらなかったのだ。それから後、長い長い年月にわたって、いまに至るまで、グウが考え出した貨幣というものが猛威を振いつづけている。それをめぐってどんなに多くの人類が頭を悩ませ、泣き、わめき、時には他人を殺し、自らの命を絶ち、奴隷状態になり、悪をばらまき、内乱、戦争という限りない被害をこうむったことか……。」
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2008/3/29 | 投稿者: 鹿野苑

岐阜市内のとある古本屋の扉の貼り紙にはこう書いてある。

「原始力扉 手で開けてください」

う〜む。上手い。しかも粋だ。
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2008/3/28 | 投稿者: 鹿野苑

チベットの騒ぎね、あれはやっぱり中国が悪い。元々吐蕃王国の昔からチベットは独立国であって中国(中国という言葉の厳密な意味を言い出すとキリがないがここでは歴代王朝のことだと思ってほしい)の領地ではない。それを共産党が無法にも武力を用いてチベットを征服して今に至る。

中国の各王朝の歴史に周辺国を武力で従えたというのは実は少ないのではないか。主には朝貢という形で周辺国を外交によって属国にするというのが中国の伝統である。文化大革命などと称して歴史と伝統を否定する立場をとった中国共産党だけがチベット武力征服という蛮行をやってのけた。
中国といえば王朝の昔はアジアの盟主だった。その頃の中国は今のようなネガティブなイメージで捉らえられることなどなく、まさに中華の大国を名乗るに相応しかった。中華人民共和国という国になってから歪みが生じている。私は中国人を見下す風潮に反対だし、歴史の中の中国と中国人を愛している。だからこそ今の「中華人民共和国」にはちょっと批判的にならざるをえない。
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2008/3/26 | 投稿者: 鹿野苑

就活の旅2日目。今日と明日は関東シリーズ。

朝は日本橋の「珈琲 蕃」で朝食。「ウルトラマンA」TAC・美川隊員役の西恵子さんのお店。以前にお会いしたことがあるので「あの時の歯医者見習いです」と名乗ったら覚えててくださってて、温かく迎えてくださった。珈琲飲む間、ほとんど西さんが付きっきりで話を聞かせてくれて、本当にうれしく楽しかった。ありがとうございました。また必ず行きます。
珈琲も美味しくて、2杯も飲んだ。1杯目はソフトブレンド、2杯目はストロングブレンド。「ストロングの方が好みの味です」と言ったら「こっちの方が美味しいっていう人はかなりの珈琲好きだよ」と。やりました。美川隊員のお墨付きです。
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2008/3/25 | 投稿者: 鹿野苑

就活の一環で岐阜県内の某病院を見学した後、昔通ってた中学・高校(中高一貫型の6年コース)に顔を出してみた。

いや楽しかった。

もしかしたら忘れられてんじゃないかとさえ思ってたが、職員室にお邪魔したら意外に(笑)歓迎ムードだった。ああ、こんなふうに職員室を我が物顔にノシ歩いて先生と話して遊んでたっけ。この学校の素晴らしいところはそれだよな。今の大学じゃ考えられない。少しでも自分より上の身分の先生なら恐くて仕方ない。うっかりまずいことを言って機嫌を損ねでもしたら留年させらるんじゃないかと冷や汗をかいてしまう。だから大学の先生の部屋になんて本音を言えば近寄りたくない。

図書館にもお邪魔して仲の良かった司書さんとも楽しく話してきた。ありがとうございました。お世辞じゃなくこの図書館はうちの大学より品揃えが上です。

うん、小学校より大学より中高が一番楽しかったって俺は自信を持って言えるな。
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2008/3/24 | 投稿者: 鹿野苑

公9:私1の割合いの悩みに押し潰されそう。

私は闘う。大切な人たちとの約束のために。そして自分自身の心のために。
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2008/3/23 | 投稿者: 鹿野苑

かかずゆみさんのオフィシャルファンクラブ「らこまい」、今日をもって活動休止。

無論寂しい。でもこれで何かが終わったという実感とか、うちひしがれるほどの悲しさというのは今のところ私にはまだない。だってネットラジオは毎週聴けるもんな。それが唯一の命綱になってしまったといえばそうだが、これを機会に(代わりという言い方は適切でないかもしれないが)「大和魂」の公録が定期的に行われるようになるんじゃないかと勝手に予想している。というかそれを望む。

すべての終わりはすべての始まりでしかない。ならば、ここで凹むのは損というものだろう。

かかずさん、アテブレーベ・オブリガード!(また近いうちに。ありがとうございました)
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2008/3/22 | 投稿者: 鹿野苑

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漢訳名は鹿野苑。悟りを開いた釈迦が初めて説法を行った地。自分の名前の元となったこの地に行きたいと熱烈に思う。無論名前が表す通り、釈迦の時代から今でも鹿が多数生息している。釈迦の初めての説法を聞いたのは5人の修行者と、この鹿たちだったという。ちなみに金閣寺の正式名の「鹿苑寺」もこれにちなむ。
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2008/3/21 | 投稿者: 釈鹿苑

折さんのブログから引用。

弱さを盾に欲張るのは悲しいやり方。
私は好きじゃないやり方です。
でも自分の弱さを認めてなお一所懸命に頑張っている人には心を送ってあげたいという気持ちは明確です。


ああ、感じ入った。折さんといいかかずさんといい、きっと意識なさってのことではないだろうが、仏教の理念に見事に即した発言が多い。私みたいに仏教を学んで言うのではなく、お人柄からナチュラルにそれが出てくる。なんと素晴らしいことではないか。
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