2008/2/29 | 投稿者: 鹿野苑

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斉川あいさんに「ヨコハマ買い出し紀行」を勧めた。これは本当に自信を持ってオススメできる。お子様にはつまらんかもしれんけどね。
闘いもない。誰も傷つかないし死なない。萌えなどとも無縁。流行らない喫茶店の日常をのんびり描いただけ。ただし店を経営してる初瀬野アルファはアンドロイドである。一話まるごと何のヤマ場もない話もよくあるが、全然不満は感じない。むしろ読むと深呼吸したような清々しい気持ちになる。そして珈琲を飲みたくなる。これぞ大人の絵本。
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2008/2/28 | 投稿者: 鹿野苑

ひょんなきっかけから分かっちまった、自分がモテないわけ。ワイルドさがないんだ。強い男を選ぶというのは人間というより動物としての本能だから、その本能という最も根源的な部分にそもそもマッチできてないんだ俺。なおのこと大学ってのはまだ部活のウェートが大きい世界だから、スポーツの部活で活躍してる奴ってのはやっぱりモテる。俺にはそういうのが全く欠けてるな。どっちかというとそういうものを自分から遠ざけようとしてきたし、事実そうなってもいる。だって俺、今でも足利義政になりたいもんな(あ、でもあんな嫁さんはイヤだな)。サッカーの試合観に行くより博物館行く方が好きだし、体育の授業嫌いだったし。でも何故かプロレスは好きで(これはワイルドなのに何故かプロレスだけは女性にモテる要素にはならず、むしろ逆に作用することの方が多いのは何故だろう?)。

実を言うとモテたいと思ったことはない。日本は一夫多妻制の国じゃないから、どんなにモテたって最後は一人に絞らなきゃならない。だったらこっちが良いなと思った相手にだけ好きになってもらえばいいじゃん…って思ってきたけど、俺間違ってるかね?(他の人はどうでもいいってわけじゃなくて、最低限嫌われなきゃ特別な感情持ってもらわなくてもいいだろってこと)
てゆっかね、欲を言えば馬蝗絆の美しさが分かるような年頃の女性いないかね?
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これが馬蝗絆。初めて見た時心が震えた。



追記。
そういえば斉川あいさんが「中性的な男の人がタイプ」って言ってたな……あ、ごめん。調子に乗った。
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2008/2/27 | 投稿者: 鹿野苑

平田弥里さん、誕生日おめでとう!

今年の5月も名古屋に参陣します。する予定です。今から本当に楽しみにしてます。
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2008/2/27 | 投稿者: 鹿野苑

担当の患者さんが30分ほど遅刻してきたのでその間監督の先生と話していたところ、いつしか私の女日照りの話になった(バカだな…)。
「あと1年でここからいなくなりますから、今更彼女作ってももうムダかなと思ってます」
「うーん、そうかもしれないけど、そんなに悠長なもんじゃないぞ。もしかしたら持ってけるかもしれないし」
そんなこと言われましてもね…。無理なんだもん。負けると分かりきってて、万一勝ってもさほど美味しくない。そんな戦誰がしたがりますか。99%くらいの確率でもう卒業までシングルだな。もうね、敗戦処理のピッチャーだね。投げてもキャッチャーまで届かずバウンドして全部ボール。やってらんないね。
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2008/2/26 | 投稿者: 鹿野苑

なんかねぇ…気力だけではどうにもカバーできない疲れってあるね。帰マンが力尽きて倒れてフワッと姿が消える、あんな感じね。あれが他人事だと思えない。

太陽よ、お前がお前の子である地球を愛するのなら、レポートと互角に戦える力を私にくれ。
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2008/2/25 | 投稿者: 鹿野苑

針の穴から天を覗けば星が見えたり月が見えたり。
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2008/2/24 | 投稿者: 鹿野苑

もしかしたらの話でまだ何も決まっていないが(だったら書かなきゃいいのに書いてしまうのが私の欠点)、大学卒後1年くらいは岐阜で過ごすかもしれない。あくまでも最終目的は関東にあるので、研修期間だけということだが。
そう思うに至った事情はこまごまと話すことでもないので書かない。何度も「絶対にお前に診てもらうからな」と言ってくれる黒部進さんにはしばらく待たせることになってしまい、それだけが心苦しいが、それに見合った実力を身に付ける期間と思えば必要な時間でもあろう。

「岐阜」という言葉は中国語である。古代中国の殷という王朝の末期、当時の王は紂王であり、妲己という愛妾に溺れ悪逆の限りを尽くしていた(あんまり妲己の悪口言いたくないんだがな…)。それに反旗を翻して殷を倒したのが周であり、周の文王が挙兵したのは岐山という所だった。つまり岐山は周が天下を獲る基となった聖地であり、これにちなんでずっと後の時代の日本で織田信長が天下を狙う意気込みを示すため「岐阜」という地名を付けた。「阜」とは山のことだが、一説には孔子の故郷である曲阜にちなむらしい(そのことには興味がない。あまり儒学は好きでない)。

私、特に天下を獲ろうなんて思ってないけど、そういうロマンがあれば岐阜での1年も楽しいものになるだろう。天下の基である岐阜から信長は京へ。鹿は江戸へ(だからまだ決まってねぇっつーの)。
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2008/2/23 | 投稿者: 鹿野苑

私はアゲハ蝶が好きだ。いや、ただ好きというだけでは表現的に正しくない。奇妙な親近感を持っている。

父方の祖父が往生した時、9月26日という秋のど真ん中だというのに大きなアゲハ蝶が祖父の家の周りをずっと舞っていた。その祖父の兄の時も同じ現象が起きたという。また、私自身は歩道に瀕死のアゲハ蝶が落ちているのを見つけ、自転車に轢かれては可哀想と思って指でつまんで安全な所に置いてやり、そのことで尊敬するかかずゆみさんからお褒めの言葉を頂いたこともある。

…とまあ、我が家とアゲハ蝶は格別な関係にある。もしかしたら「揚羽蝶」が我が平氏一族の紋章であることにも何か関係があるかもしれない。
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2008/2/22 | 投稿者: 鹿野苑

世の中で一番初めに大学生はヒマだって言い出した奴、怒りゃしないが話がある。レポートで睡眠時間も足りない忙しい中だが、その合間を縫って2、3時間くらい君には世の中の真相を説明してあげるからありがたく思いたまえ。
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2008/2/21 | 投稿者: 鹿野苑

中国史を知っている人を集めて「最高の皇帝は誰か」という人気投票をやったら1位はおそらく李世民(唐の太宗)だろう。2位は三国志人気で蜀の劉備かもしれない。3位は劉邦だろうか。

劉邦には「史記」、劉備には「三国志」があって日本人にも親しまれているから人気が高いが、その両者の中間の時代の劉一族に私は一票入れたい。名を劉秀という。後漢の初代皇帝・光武帝である。彼については「後漢書」があるが、あまり日本では馴染みがない。
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当時は漢は一度滅んでおり、新という王朝の時代だった。漢を懐かしむ人々の反乱が起き、新はわずか15年で滅ぶ。劉秀もその反乱軍の一人だった。挙兵の時は金がなくて馬が買えず、牛に乗って出陣したという(ちなみに劉備も初期はムシロを売って生活していた。どうして漢王室の一族は末端になるとこんなに貧乏なんだろう?)。

天下を獲って皇帝になった時、故郷を巡幸すると少年時代を知る親戚のオバちゃんが皇帝劉秀をからかって(肝が太い…)、「あんたは子供の頃は優しいだけが取柄の内気な子で、誰とも仲良くなれずにいつも独りで遊んでるような子だったのに皇帝になるなんて信じられへんわ」と言った時、彼は笑って「俺は皇帝になってもその優しさで政治をしようと思うよ」と言い返したらしい。その言葉通り、彼の政治は庶民第一。役人は地方の県令さえも一人一人面接して任命し、不正のあった役人はみずから杖で打つという罰を下した。奴隷解放令は何度も出したし、人身売買も厳しく制限した。奴隷と一般市民の人権の平等を宣言した言葉としては「天地之性人為貴(この世界においては、人であることが尊い)」がある。
その上面白い皇帝だった。皇帝のくせに人の上に立つのが大嫌い。家来と話す時も玉座を降りて同じ所に立って話すし、家来も家来で夜遊びして遅くに帰ってきた劉秀が「おい、俺だ。開けてくれ」と言っても門限違反を理由に閉め出し。しかも少なくとも2度もそんなことをやっている。無論劉秀はそれを恨んでその門番を左遷したり罰したりはしてない。

かの諸葛孔明も光武帝を理想の皇帝像としていたらしい。ああ、こんな素晴らしい人がどうして知名度が低いんだろう?光武帝劉秀…もっともっと評価されていい人物である。
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