高田専修寺

2013/10/25 | 投稿者: 鹿苑院

津駅でタクシーを拾って「高田専修寺まで」と言ったら「高田本山のことですか?」と聞き返された。地元ではそう呼ぶらしい。その呼び名が表している通り、真宗高田派の本山。

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今でこそ浄土真宗は東西本願寺が最大の宗派になっているが、それは天才布教家・蓮如上人が登場してからのことで、初期の真宗では高田派が最大だった。「高田」というのは津の地名ではなく、関東で活動した親鸞聖人が拠点にしていた下野高田(栃木県)のことである。蓮如上人の布教により東海北陸近畿地方の高田派門徒が本願寺派に転派することが相次いだため、対抗上やはり京に近いところに本山が欲しいということで津に移転して今に至る。

そういう経緯があるので、同じ浄土真宗でありながら高田派は歴史上常に本願寺派の敵に回り続けている。一向一揆が起きればこれと戦う大名の側に高田派はいつも付いており、信長や家康の対一向一揆戦にも当然高田派が味方している(身贔屓かも知れないが、高田派本山お膝元の伊勢国内ですら大規模な長島一向一揆が起きたことを考えるとその時点ですでに本願寺派の方が高田派を凌駕していたのではないかと思う)。

宝物館の見学は案内申し込みをしないといけないということだったので、用紙に住所と名前と電話番号などを書いたのだが「宗派」という欄があったので、ややドキドキしながら正直に本願寺派と書いた。対応してくれた人は「本願寺派の方もバスツアーなんかでよくみえますよ」とニコニコと感じよくしてくれた。うれしかった。
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