家康最大のライバル(囲碁の)

2012/11/25 | 投稿者: 鹿苑院

「中年までは囲碁なんか知らず、あんなのに夢中になっているやつはアホかと思っていたが、やってみるとなかなかに良い物で雨の日の徒然にはピッタリだ。だから自分が知らない、興味ない物だからといってくだらない物と決め付けるのは良くないよ」
と、徳川家康がお江に宛てた手紙がある。

プロ棋士を給料が貰えるれっきとした職業にしたのは家康だが、その家康は三英傑の中ではどうも一番弱かったらしい。ちなみに一番強かったのは秀吉ではないかと思える。

家康の碁でのライバルは浅野長政だった。ある日、初代名人・本因坊算砂立会いのもとで二人が対局したが、家康のこの石が活きれば勝ち、死ねば長政の勝ちという場面になった。
「算砂、ここはこう打ったらどうかなあ?」
と家康が聞いてくるのを、第三者が口を挟むのはマナー違反なので黙っていたが、あまりにしつこいのでついにスルーしきれなくなって教えてしまった。
勝って上機嫌の家康が退出すると、「なんで教えたんだよ!」と長政は刀の柄に手を掛けてまで怒った。本当なら家康に非があるのだが、さすがに家康に文句は言えないので算砂に当たるしかなかったのだろう。算砂こそ良い面の皮である。

長政が亡くなると家康は碁石を手にすることはなくなったらしい。その頃には徳川家の天下はほぼ固まっているので、もしかすると家康にとっては囲碁も味方になる大名を増やすための政略の道具だったのかもしれない。
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