それでも無関心なあなたへ

2010/12/19 | 投稿者: 鹿苑院

マルチン・ニーメラー(ナチスドイツに抵抗した牧師)の詩

『ナチスが共産主義者を弾圧した時、私は不安に駆られたが、
自分は共産主義者でなかったので、何の行動も起こさなかった

その次 ナチスは社会主義者を弾圧した 私はさらに不安を感じたが
自分は社会主義者ではないので、何の抗議もしなかった

それからナチスは 学生 新聞 ユダヤ人と 次々に弾圧の輪を広げていき
その度に私の不安は増したが それでも私は行動しなかった

ある日 ついにナチスは教会を弾圧してきた そして私は牧師だった
だから行動に立ち上がったが その時はすべてがあまりにも遅かった』



現代日本風にアレンジしよう。

『行政がマンガを弾圧した時、私は不安に駆られたが、
自分はマンガ好きでなかったので、何の行動も起こさなかった

その次 行政はゲームを弾圧した 私はさらに不安を感じたが
自分はゲームをやらないので、何の抗議もしなかった

それから行政は 流行歌 サスペンスドラマ 時代劇 と 次々に弾圧の輪を広げていき
その度に私の不安は増したが それでも私は行動しなかった

ある日 ついに行政は小説を弾圧してきた そして私は小説ファンだった
だから行動に立ち上がったが その時はすべてがあまりにも遅かった』



いかがだろう? …え? サスペンスドラマや時代劇が規制されるわけがないって?
何を言ってるんだ、これ以上ない人権侵害である「殺人」が堂々と描かれているではないか。規制されないと考える方が無理がある。
「マンガなんてなくなってもいい」「ゲームなんて消えた方がいい」などと言っているうちにいつか司馬遼太郎を読むことが犯罪になるかもしれない。その時に規制に反対する人々にはこんな声が浴びせられるだろう。
「殺人を描写した本の規制に反対するとは、おまえは殺人犯予備軍か」

無論、これは今現在、石原慎太郎のマンガ規制に反対する人に「おまえはロリコンか、変態か」という声を掛けるのとなんら変わらない。自分が言われる立場になって初めてその異常さに気が付くのである。
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