岩城宏之さんの訃報を聞いたばかりというのに今度は芸大時代の恩師、指揮者の佐藤功太郎先生が十二指腸ガンのため亡くなられました。享年62歳。
私にとって先生は大変重要な方でした。芸大は毎年12月に朝日新聞社主催で歳末助け合いの一貫としてオラトリオ「メサイア」演奏会にチャリティで出演していました。ソリストはその年の学部4年生からオーディションで選ばれます。声楽科学生にとって、このソリストに選ばれることは大変名誉なことであり、ステータスであります。歴代ソリストには我が国声楽界を代表するメンバーが名前を連ねています。また、この演奏会ソリスト出演が公式演奏会デビューとなる場合がとても多いのでした。私もその一人でした。私の学年の時、オーディションの結果テノールソリストは私を含め3人が同点だったため最終決定は指揮の佐藤先生に委ねられました。そして、私と小林大作君の二人が分担してソリストを務める事になりました。先生は私のソリストデビューを決めて下さった恩人です。芸大をでて、プロのソリストになってから1度も先生の指揮で歌う機会がありませんでしたが昨年末の群響さんの第九演奏会で12年振りにご一緒させて頂きました。うれしか
ったのは先生ご自身で私をソリストに起用して下さったことでした。先生はちゃんと芸大メサイアの時の事を覚えていて下さったのです。演奏会当日、先生との再会を心待ちに会場入りしました。しかし、そこには予期せぬ現実が待っていました。末期ガンで余命いくばくもない別人のような先生がいらっしゃったのです。ショックでした。何の心の準備も出来ないまま、色んな思いが私の中を駆け巡りました。リハーサル中、先生を直視することが辛くて辛くて。しかし私もプロの端くれ。何があっても本番はちゃんとしなくてはと懸命に務めました。
指揮者は指揮台に立っているときが一番元気だと奥様が仰っていました。でも、指揮台から降りると健常者の何倍も消耗するのです。演奏会が終わって舞台袖に下がられた先生は本当に消耗されていました。
リハーサルの時、演奏者たちを前に「僕は今日の演奏会をとても楽しみにしていました。」と仰ったのを聞いた瞬間、涙腺が崩壊しそうでした。これが多分、間違いなく先生の最後の第九になるだろうから渾身の歌を歌わねばと決意をした瞬間でした。
演奏会は素晴らしいものでした。ベートーヴェンの音楽の中で幸せそうな先生の表情が何とも言えない雰囲気を醸し出していました。私にとってこんなにも辛く、こんなにも掛け替えのない第九演奏会はもう無いでしょう。あれから半年、ついに先生は楽聖の許へ旅立たれました。先生のお陰でソリストのキャリアが始まった私は、先生の恩に報いるためにも日本のクラシック界を盛り上げていく所存です。願わくはあと1回、先生とご一緒したかった。無念です。先生、お疲れさまでした。