2013/8/28

兄の誕生日  家族のこと

今日は、兄のお誕生日。
生きていたら 48歳になっていた。
はやいもので。。。
あれから9年もたつのですね。


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2008/7/23

母の十三回忌  家族のこと

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7月23日 母の13回忌でした。

はやいものです。。。

生きていれば、この13年に母は何をしただろう。

なにを考え、何を想うのだろう。




会うことのできなかった孫が生まれ、、、

心配していた私が結婚し、、、

きっといっしょに喜んでくれたはず。。。



もっともっといろんなことを、いっしょにしたかった。

もっともっと話がしたかった。。。

もっともっと大好きって言ってあげたかった。。


きっとお母さんはわかってくれてるよね。。。


おかあさん、ありがとう。




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2007/12/17

お墓参り  家族のこと

海の近くにある、だんな様のおじいさんとおばあさんが眠るお墓参りに行ってきました。

だんな様の毎月の恒例のお墓参り。
まりあんは退院してから最初の外出もお墓参りでした。


お花を買ったお店に石焼き芋があったので、二本買っておじいさんとおばあさんにお供えしてからいただきました。
とってもあまくておいしかった。
おじいさんもおばあさんも喜んでくれたよね。


いつもだんなさまはおじいさんとおばあさんと何を話しているの?
まりあんは、なんだか聞けません。。。

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2007/5/14

母の日の思い出。  家族のこと

まりあんの母は天国にいます。

母の日には思い出がよみがえってきます。

小さい頃は、カーネーション1本買うのがやっとだった。
カーネーションにリボンつけてもらって、母に送った。

社会人になって、カーネーションにメッセージカードをそえて送った。
まりあんが書いたメッセージを読んだ母は、感動してそのカードを宝物のように飾ってくれていた。
こんなことを言える大人に育ってくれて、うれしいって言ってくれた。
まりあんのことを、自慢の娘だって言ってくれた。

母が天国にいった年、まりあんは妹と母と母の日のプレゼントって温泉に行った。
最後に一緒に過ごした母の日。。。
まりあんと妹と母には。。。。最後の母の日ってたぶんわかっていた。
楽しかった、幸せだった。
体調のすぐれなかった母だったけど、そのときはご飯もたくさん食べれた。
相変わらず、私たちの心配ばかりする母だった。
温泉入って、気持ちよさそうだった。
からだが楽になったって言ってくれた。

そのときの笑顔の母の写真がみんなの家に飾られている。
実家にも私の家にも妹の家にも兄の家にも・・・・
母の笑顔が輝いている。

私のこころのなかにも、ずっとずっと母の笑顔が輝いている。

母のまりあんを呼ぶ声が母の笑顔がそこにある。




お母さん、あなたの子だから自慢できる大人に育ったんだよ。

お母さんの子供に生まれたことを感謝しています。

お母さんの子供に生まれて幸せでした。

だから安心してください。


まりあんの自慢のお母さん。


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2007/2/11

あれから・・・2年  家族のこと

2月11日は兄の三回忌
二年前のあの日 2005年2月11日・・・
兄は天国への旅に出ました。。

兄が最後になる入院をしたのは、11月末でした。
それから2ヶ月半後の2月11日
愛する家族に見守られて旅立ちました。


思い出します。

無口な兄がちょぴり恥ずかしそうに、でもうれしそうに、
「今朝は気分がよかったから、歩いてお茶もらいに行った」
って話してくれたこと。(ほとんど動けなかったのに・・・)


何を考えてたのか・・・遠くを見つめていた目。

愛するわが子をやさしく見守る目。

愛する妻とさやしく見つめあう目。

ずっとずっとあきらめず信じてたね。

人の手を借りるのがいやでなんでも一人でやってたね。

強かった。がんばった。頑張りすぎだよ。兄ちゃん。。。

最後まで弱音を吐かず。。。看護師さんにももっとわがまま言ってほしいって言われてたね。。

でもそれが兄ちゃんあなたなんだよね。



まりあんは毎日のように病院に行っていました。
まりあんの会社が病院の近くだったので、
朝出勤前、お昼休み、仕事が終わってから会いに行きました。


兄がほとんど会話をしなくなったころ。。。

眠っている兄をはさんで、兄嫁とまりあんはよく話をしました。
ちゃんと兄ちゃんも聞いてて心で笑ってたんだよね。
節分には恵方まきを、ベッドの両脇で兄嫁とふたり食べてたのも寝たふりしてて、ほんとはちゃんとわかってたんでしょ。

兄の手をずっとずっと握りしめて過ごした夜。
お父さんと清ちゃんが来るのをずっと待ってってくれたんだね・・・
ちゃんと待ってってくれたんだね。。。
ほんと頑張り屋さんなんだから・・・ありがとう。

あなたの愛した妻と子供たち
元気に頑張って日々過ごしています。
あなたを大好きだったかなちゃんは、お姉ちゃんらしくなってます。
今年はゆうくんも、小学校に入学だよ。
あなたの愛した妻は相変わらずちょっぴり強がっています。
みんなを見守ってあげてね。



兄の気持ち↓そのものの気がします。。。



          千の風になって



     私のお墓の前で 泣かないでください
     そこに私はいません 眠ってなんかいません
     千の風に
     千の風になって
     あの大きな空を
     吹きわたっています

     秋には光になって 畑にふりそそぐ
     冬はダイヤのように きらめく雪になる
     朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
     夜は星になって あなたを見守る

     私のお墓の前で 泣かないでください
     そこに私はいません 死んでなんかいません
     千の風に
     千の風になって
     あの大きな空を
     吹きわたっています

     千の風に
     千の風になって
     あの大きな空を
     吹きわたっています

     あの大きな空を
     吹きわたっています

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2007/2/10

兄のこと。  家族のこと

兄のこと。

まりあんは三人兄妹の真ん中で、兄と妹がいます。
兄は小さい頃、女の子みたいにかわいくって、名前が○美っていうのでよく女こ子と間違われました。
小さい頃の写真はおかっぱ頭でほんとに女の子みたい。
よく、祖母も○美くんは小さい頃はかわいかったにに・・・って言ってました。
ってことは。。。大人になってからは??どうなの??おばあちゃん。。かっこよくないの??(笑)
大人になってからはほんと面影もないんです・・・

まりあんが小学校入学したとき、学校の帰りいつも兄を待っていました。
兄の後ろを歩くまりあん。。。懐かしい思い出です。

兄が中学校に入学したとき、警察官に憧れていた兄は柔道部に入りました。
柔道の練習中、兄は鎖骨を折ったのです。
しかし、まだ入部したばかり、痛いのを我慢して練習を終え家に帰ってきてから病院に行ったところ鎖骨骨折で上半身ギブス。
我慢強く、弱音を吐かない兄は骨の折れてるのを我慢し、家まで30分かばん持ち歩いて帰ってきたのです。
そのときの治療が原因で骨の異常がおき柔道はできなくなり、柔道部は退部となってしました。

高校に入り、兄はボート部に入部。
その当時のインターハイか国体が愛知県であり、大会に出場してた兄はその影響?で兄は名古屋の大学に来たのでしょう。
なにか楽しいことでもあったのかな??(実際のところ聞いたことないので・・・まりあんの思い込みですが・・・笑)

兄が名古屋の大学に行ってからしばらく、母は「兄ちゃんがいないとご飯作る気にならない・・・」って言ってしばらくさみしい食卓(質素な食事。。笑)だったんだよ。


兄が名古屋の大学に来たこともあって、まりあんは兄のいる名古屋の大学に行かされることになったのです。
親元離れるなら、兄のいる名古屋じゃないとダメって言うことで、まりあんも兄を追って名古屋へ。

まりあんの大学受験のとき、兄に地下鉄で送ってもらって・・・
満員電車にびっくりし、おびえきったまりあんを兄が守ってれたのを覚えています。

その後、大学卒業し名古屋で兄とまりあんは二人暮らし。。。
でも、実際は兄は彼女(今の兄嫁)の家に入りびたり・・・(笑)
たま〜〜にふたり(兄&兄嫁)で帰ってきたんです。
さみしい?(笑)一人暮らしのまりあんでした。(爆)

その数年後、兄は同じゼミで後輩になる兄嫁と結婚したのでした。






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2007/1/5

手紙・・・  家族のこと










最後までがんばった母。。。

手紙も苦しくて簡単にはかけなかったはず・・・

文字がゆがんでるよ。。。お母さん。。

最後に側にいてあげられなくて・・・ごめんね。。。

お母さんの頑張りは世界一です!

私は世の中の誰よりも世界一番で母を尊敬しています。

もっともっといっしょにいたかったね。。

病床で書いた日記・・・読み返しては後悔ばかり・・・

今でも涙がとまりません。

ごめんね・・・お母さん・・・

ひとりで苦しんで悩んで恐れて・・・泣いてたんだね・・・

ごめんね・・・お母さん・・・

もっともっと側にいたかった・・・いてほしかった。。。

貴方の娘に産まれてきてよかった。

お母さん、ありがとう。



母が私に最後に残してくれた手紙の一部です。





「 まりあんちゃん、本当にありがとう。
心からそう思っています。
いろいろと入院のときからお世話になり、とても良かったです。

貴方も健康に気をつけて幸せな人生を送るように心がけてください。
人にねたまれる人は幸せはうすれます。
仲良くしていくことがベターです。

本当にまりあんはかわいい子でした。
小さいとき・産まれたとき・幼稚園のとき・小・中・高といろいろありました。
良い父母でなく、本当に済みませんでした。

〜〜〜〜中略〜〜〜〜〜〜〜

三人も良い子供たちがいてくれて幸せでした。
子供たちには感謝しています。
三人仲良くいつまでも元気で暮らしてください。

〜〜〜〜〜中略〜〜〜〜〜〜

もう少しでも子供たちを見守っていたかったです。
これからの事何もしてやれす、本当にごめんなさいね。
頑張って。
体にはくれぐれも気をつけて母さんのようなことにならぬように・・・・」



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