2010/3/23

三分間俳句講座13  三分間俳句講座

三分間俳句講座13

一日に三分で記事を読んであと七分間俳句について考えてください。
一日十分で半年を目標に基本をマスターします。


練習の補足。

3月8日分より
練習・古池や/蛙飛び込む水の音
   ○○○○や/蛙飛び込む水の音

上の○の四音の部分を、「古池」以外の言葉に置き換えてみましょう。

松尾芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」の句は、世界一有名な俳句ではないだろうか。
この句を作るとき芭蕉は中七・下五の「蛙飛ンだり水の音」までできたが、上五に悩んでいたという。
これを高弟の其角が聞いて「山吹や」ではどうかと提案、芭蕉はただ「古池」とつぶやき、これに定めた・・・という記述が同じく弟子の支考の編集した『葛の松原』という書物に出ています。
芭蕉が悩みに悩んだ「古池」であるし、其角の「山吹や」では後世にこれほど残らなかったかもしれないが、「古池や」でなければなんだろう、という事を考えて見てください。
答えは別にないです。

ちなみに下の文はネットで見つけた「葛の松原」の問答の部分。

 弥生も名残お(を)しき比にやありけむ、蛙の水に落る音しばしばならねば、言外の風情この筋にうかびて、「蛙飛こむ水の音」といへる七五は得給へりけり。晋子が傍に侍りて、「山吹」といふ五文字をかふ(う)むらしめむかとを、よづけ侍るに、唯「古池」とはさだまりぬ。しばらく論レ之、山吹といふ五文字は風流にしてはなやかなれど、古池といふ五文字は質素にして実也。

3月12日分

朝日匂う卓へ濡れ手で出すトマト  金子篤子
熟れすぎのトマトは強き日の匂ひ  大星雄三

練習・例句に詠まれたトマトの違いを考えてみましょう。

この問題で一番大事なことは、同じトマトでも「朝食」の時のトマトと「熟れすぎて、強い日の匂い」のするトマトの対比です。
それは新鮮なトマトと、熟れすぎのトマトともいえると思います。おなじく「匂い」を詠みこんでいるので、その青臭いトマトのにおいと熟れすぎたトマトの匂いまで感じられます。
また、朝の風景と午後の風景かも知れません。
そんな所を感じてください。

一度に片すには少々重いので「菜の花や」の解説は次回にします。

2010/3/21

三分間俳句講座12  三分間俳句講座

三分間俳句講座12

一日に三分で記事を読んであと七分間俳句について考えてください。
一日十分で半年を目標に基本をマスターします。

さて、前回の続きです。

朧夜の遅れ癖つく時計かな

「朧夜というなんとなく甘く切ない夜、時計に遅れ癖までついてしまった」
これでも、スタートからくらべればだいぶ良くなりました。
ただ、この句は「時計の遅れ癖」という事実を語りそれではあまり詩心がないので「朧夜」という季語を借りて季語の力で詩心を高めたものになっています。

これからが難しいのですが「俳句は何も語れぬもの」という考えがあります。
たしかに十七文字の中では何も語ることはできません。
それゆへ、一句を提示することにより、読者に想像してもらうことが大切です。
もし、読者がこの句に興味を持ってくれれば、作者は何も語らなくても読者が物語りや絵画を胸の中に描いてくれます。
しかし、残念なことに、この季語だけで成り立っている句は読者に対してインパクトが薄く、読者はこの句に興味を持ってくれるかどうか不安です。

そこで、一つインパクトを入れて見ましょう。

インパクトを入れる方法は色々あると思いますが今回は時計の色を入れて見ましょう。
いろはどんな物にもあります。うまく使えばインパクトのある作品に仕上がります。
目の前の時計は赤と白です。
ここは二色使うのも煩わしいので「赤」だけを使ってみましょう。
どこに入れるかですが切れ字「かな」を取れば入りそうです。

朧夜の遅れ癖つく赤時計

さて切れ字「かな」を取ったとたん句のしまりがなくなってしまいました。
なんんとなく、改悪のような気もします。

これは中七の説明的な表現と赤時計という幼稚な表現が原因かと思います。
「遅れ癖」をもう少し強い表現「狂い癖」に変えてみましょう。

朧夜の狂い癖つく赤時計

そして「赤時計」を「赤い時計」に変え

朧夜の狂い癖つく赤い時計

字余りになってしまったので、余分な言葉「つく」を省きます。

そして句の順番を変えて字あまりを無くします。

朧夜の赤い時計の狂い癖

このとき「の」という助詞が二つになってしまいました。

これは「の」をさして「流れるような表現」という時と「の」は切れが悪いので良くない。「の」は余分というという考えの二つがあります。これはその時の自分の句にたいする気持ちですから、自分で判断することが一番正しいですが、今回は基本的な話なので切れ字「や」を使い「朧夜」という天文表現と「時計」という日常の道具を二つにはっきり分けます。

朧夜や赤い時計の狂い癖

最後にこの句を文語表現に変えます。
旧仮名使いや文語表現は、俳句では無理に使わなくても良い方向になりつつあります。
今回はあくまで練習ですので変えます。
この話はいつか又いたします。
文語では「赤い」「赤き」になり「狂い」は「狂ひ」になります。

朧夜や赤き時計の狂ひ癖

しかし、これではどう考えてもリズムが悪いです。
もう一度口語表現に変えて

朧夜や赤い時計の狂い癖

の方が良いでしょう。
この句はやはり、口語で作っておきます。

これで良いのかどうかは実は判断の難しいところなのですが、一句は何年もかけて成長させるものだとも思います。
今回はこれで完成とします。








2010/3/18

三分間俳句講座10  三分間俳句講座

三分間俳句講座10

一日に三分で記事を読んであと七分間俳句について考えてください。
一日十分で半年を目標に基本をマスターします。


さて、ここまで俳句の形と切れ字そして季語について簡単に話してきました。
こんどは、俳句は何をどう詠むかという事について考えてみましょう。

今を詠む

俳句は「今ある自分の目の前の事柄や気持ちを詠む」という考え方があります。
目の前の風景や今日の自分の気持ちなど日々微妙に変化するその変化を感じ取るのが俳句の醍醐味の一つです。

たとえば、私の家には大きな桃の木があり今は花が満開です。
この花がしばらくして散ってしまうと青々と葉が茂りその葉が秋になると落葉します。すっかり葉が落ちたあと枝だけの枯木となります。枯木といっても良く見て見ると新しい芽が吹いています。その芽がどんどん増えて新しい枝になり花をつけます。
この一年のサイクルの中で鳥が来たり、虫が来たり、蟷螂が卵を産みつけたりします。
そして、その木を見ている私がいて、私自身の気持ちも朝、昼、晩と微妙に違うかもしれません。

一本のがあり、あたかもその木に物語があるわけですが、その物語の中にまた別の物語があるわけです。
日々の微妙な変化を読取ることは、この物語を読み取ってゆくことだと思います。そして、今を詠むことはその物語の一番新しいページを詠むことだと思います。

練習・今日のご自分の気持ちの変化など考えてみましょう。








2010/3/16

三分間俳句講座9  三分間俳句講座

三分間俳句講座9

一日に三分で記事を読んであと七分間俳句について考えてください。
一日十分で半年を目標に基本をマスターします。

一句一季語

大抵の俳句の入門書は「一句に使う季語は一つ」と書いてあります。
これを、ルールのように書いてある本も多いです。

初心のうちは季語を覚えるためにも「一句一季語」を守ることは大切です。


しかし、厳密に一句一季語を守ることはわりと大変なことです。

だいたいそうすると「スキー場」で「アイスコーヒー」は飲めなくなってしまう」し「ビール」を飲んで憂さを晴らすのは夏だけになってしまいます。「熱燗」で「枝豆」が食べられないのは困ったことです。

私は歳時記はルールブックでは無いと、今は思っています。
季語は「季節」を現すものといいつつ「大石忌」(赤穂浪士、大石内蔵助の忌日、春)にはあまり季節感がありません。
そういった意味で慣れてきたら巧い季重ねや季違いを使うことも大切です。

自分が俳句について自信がついてきたら複数の季語を使うテクニックを身につけましょう。

しかし、まだ自分は初心者だと思うのならば注意をはらい「一句一季語」に心がけましょう。

自分が初心者で無くなったという目安は「スキー場でアイスコーヒーを飲む」とか「熱燗で枝豆をつまむ」といった行為を詠む場合でも、一句の中に詩心を入れることが出来るか、またはそんな句は詠まなくなったかどちらかの時だと思います。
(ちなみに「お前はどうなんだ」と問われれば、まだ初心者かもしれません)


練習・菜の花や月は東に日は西に・・・与謝野蕪村

  切れ字「や」の働きと季語との関係を考えてみましょう。











2010/3/15

三分間俳句講座8  三分間俳句講座

三分間俳句講座8

一日に三分で記事を読んであと七分間俳句について考えてください。
一日十分で半年を目標に基本をマスターします。

季語の本意

私が子供の頃、アイスクリームは夏だけの食べ物でした。
もちろん、一年中お菓子屋さんで売っていましたが、冬場は冷蔵庫の中が寒々しく、商品が手付かずの状態が続いているためか全体が凍っているような感じがしました。
親からも「アイスクリームは冬食にべるとお腹をこわす」と言われたものでした。
今思うと、冬にアイスクリームを食べるとお腹をこわすなどということは思い込みだったような気がします。
いつの頃からでしょう、子供たちはアイスクリームを一年中食べるようになりました。
また、ソフトクリームやカキ氷は喫茶店や専門店で一年中食べられますし、デパートやコンビニで手に入ります。

歳時記を見てみますとアイスクリームは夏の季語になっていて、手持ちの歳時記では「氷菓」で出ています。
「アイスクリーム・氷菓子・ソフトクリーム・アイスキャンディー」などの副題で出ています。
抜書きしてみますと『「夏の氷菓子の総称。果汁、糖蜜、クリームなどに香料を加えて凍らせて作る』(角川書店「合本俳句歳時記・第三版」)とあります。
一昔前、アイスクリームは夏場の暑さを凌ぐためのものでした。
しかし、時代や人の嗜好が変りアイスクリームは夏だけの物ではなくなりました。
それは、私が子供の頃、駄菓子屋で売ってた時代に比べて、現代は商品の販売方法が上手になったからかもしれません。

しかし、アイスクリームの美味しいのはり夏の一番暑い時期です。
このように時代や嗜好が変わっても、変わらない根本的な原理をさして「季語の本意」といいます。
全ての季語には「季語の本意」があります。
時にはこの歳時記を読みながら、季語の本意は何なのかと考えてみるのも面白いかもしれません。

練習・ラムネ店なつかしきもの立ちて飲む・・・鷹羽狩行

    上の句の情景を思い浮かべてみましょう。






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