2011/2/21

鏡遊び  メモ

鏡遊び

小さな手鏡をもって
南向きの縁側からお日様の光を集める
手鏡に反射したお日様は
真っ直ぐな光線となって
塀を越えて森の大木の枝を照らす。

その枝を超えた手鏡の光は
雲を超えて、大気を超えて
宇宙にまで真っ直ぐ届くだろうか

小さな手鏡に集めた光を
お日様のもとへ届けることが出来るだろうか。


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2011/1/17

餅ピザ  メモ

昼食にお餅ピザを作る。
基本的にはネットで調べた作り方を参考にした。
その通りに作ると無難なお餅ピザができる。
先日作ってみたがまあまあだった。


でも、もう少し焼き方に工夫がほしいと思った。
そこで餅をレンジで30秒ほど温めてた、
柔らかくなった餅を、多めの油の上でゆっくり焼きながら、ひたすら餅が破れぬようにへらで伸ばしてカリカリ感を出そうと思った。

2つのお餅を直径20センチ位に伸ばしたところで、ピザソースを塗り、温野菜をのせスライスチーズをまんべんなく乗せた。
あとはチーズが溶けるまで蒸し焼きにすればよい。

生地の食感は外はパリとして中はお餅のとろりとした食感がでた。

でも、何か違う。なんだろう???

やはりピザはオーソドックスなものが一番美味しい、という事なのかな?

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2010/7/23

続き  メモ

昨夜は頭痛歯痛眼痛にて七転八倒する。
ようするに、顔面半分が今まであまり経験したことのない痛みに支配される。

しかし、彼のほうがもっと苦しかったのだろう。
夜、1時を過ぎた頃、何もなかったように痛みが引いて眠れる。

早朝、鳥を葬る。

啄木鳥の森に小さな墓を建て
墓穴は小さく深くコゲラの巣

2010/7/22

教えてください。  メモ

7月22日、散歩の途中に巣から落ちたらしい雛鳥(といってもかなり大きいですが、巣立ちの練習に失敗した奴だと思います)を連れて帰りました。
飛べなくなっているのでこのままでは死ぬことは間違いないと思い、いっそ苦しまないように踏み殺してやろうとも思いましたが、家に連れて帰りました。
とは言うもののどう世話したらよいか全然分かりません。
どうか教えてください。

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2010/7/1

かたつむり  メモ

かたつむりつるめば肉の食い入るや・・・永田耕衣

蝸牛の交尾についてネットで調べてみた。
「一般に、かたつむりは雌雄同体です。」雌雄同体って何なのか分からないのでこの言葉も調べてみた。「雌雄同体(しゆうどうたい)とは、一般に、雄の生殖器官と雌の生殖器官を一個体に持っているものを言う。」ここまで調べたら頭が痛くなってきた。要するに一匹の蝸牛は、太郎でも花子である、ということなのだろうか?そして蝸牛には太郎のものと花子のものがあるということなのだろうか?ここまで考えたら少し気分が悪くなってきた。

何故そんなことにこだわるかと言うと耕衣の句の最後の「や」が詠嘆の意味なのか疑問の意味なのか、はっきり読み取れなかったからである。多分この「や」は疑問をあらわす係助詞だと思う。「蝸牛が交尾するとその肉はお互いの肉に食い入るのだろうか?」という意味だと思う。もしこれを詠嘆の「や」として解釈すると「蝸牛が交尾しているのでその肉が食い入っているよ」ということになる。
そう考えたときに耕衣の眼前の蝸牛は係助詞の読み方で行くと交尾していないし、詠嘆の読み方で行くと交尾中ということになる。

「俳句は目の前の出来事をの自分の目で捉えて詠む」という考え方からゆくと詠嘆でなくてはならない。でも、「蝸牛の交尾ってそんなに分かり易いものなのか」という疑問もある。そうするとまたネットで画像など探すのだが蝸牛の交尾はあまり見たくもないような気もする。

もしかすると耕衣自身こうやって蝸牛の生態について考えながら作った句ではないかと思えて来たりする。そうすると最後の「や」は疑問の係助詞で間違いないことになる。
根源俳句なるものを唱えた耕衣ならそんなことも考えたのではないかと思う。
深い俳句である。



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