2010/2/22

「隅田川」より  メモ

バックアップ用のメモ2つめ。

シテ「なふ舟人」
ワキ「何事ぞ」
シテ「あの沖に白き鳥は、都にて見ぬ鳥なり。あれをば何と言ふ鳥にて候ぞ」
ワキ「あれこそ沖の鴎よ。」
シテ「よし沖にては鴎ともいへ千鳥とも言へ、、この隅田川の白き鳥をばなど都鳥と答へ給はぬ」
                            (謡曲「隅田川」より)

シテの言葉はもちろん在原業平の「名にし負はばいざこととはむ都鳥わが思ふ人ありやなしやと」の歌を受けたもの。
ワキのとぼけた受け答えそして狂女といえども「哀れ」のわかる主人公だと思った。
歳時記のよると「百合鴎」とは「都鳥」のことで冬の季語になる。
春の季題には「梅若忌」があるように謡曲「隅田川」は俳句と関係の深いもの。


2010/2/22

俳句入門断片記事  メモ

バックアップ用としての記事です。

俳句入門らしく俳句と川柳の違いについて考えて見ます。
人によりこの考えは違うようですがあくまで私論です。

俳句と川柳を物にたとえると「川柳は卵の殻と黄身の部分、俳句は卵の白身の部分」だと思います。

川柳の場合、面白味や痛烈な風刺を詠みこみます。
たとえば、サラリーマン川柳などはどの句も今の時代を反映した面白い句ばかりです。

妻の後 三歩下がって カート押す・・・好々爺

スーパーなどでよく見かける姿です。
男性が優しくなったと言われて久しいですが「三歩下がって」の表現に優しさを通り越した滑稽味を感じます。

オレオレの亭主と知りつつ電話切る・・・反抗妻

今でも多い「オレオレ詐欺」を詠みこんだ句です。
奥さんは自分の亭主と知りながら名乗らないこと好いことに電話を切ってしまう。
「どうせ、亭主からの電話なんてろくな用事じゃあない」ということでしょうか?
「家の妻は出来ているからそんなことはない。」と言い切れる人が何人いるでしょう。また、自分の奥さんの電話を受けたとき「めんどうだ」と思わない夫も少ないと思います。

古くは「かみなりをまねて腹がけやっとさせ」や「「盗人を捕らえてみればわが子なり」などの親子関係を現してうなずけるものが沢山あります。

このように川柳は現在ある人間関係や社会現象を表現することを一つの手段とします
だから時事を詠む場合俳句よりも川柳の方が適してるのではないでしょうか。

川柳のもう一つの方法として人間の業のようなものを詠みこむ場合があります。
私が知るかぎり、時実新子などその代表だと思います。

夫(つま)を殺してゆらりゆらりと訪ね来よ
嫁ぎ来て十年恋はまだ知らず
包丁で指切るほどに逢いたいか
(「有夫恋」より)

彼女の主情は不気味なほどに冴え、読者を引き付けます。
しかし、彼女の句は、意味が理解できないというものはありません。
男の私でも何を言わんとしているのか十分に理解できます。

この表面の社会現象や人間関係が卵の殻の部分。
そして、新子作品の中の深い感情が卵の黄身の部分だと思います。

これに対して俳句ですが少し疲れたので明日にします。










2009/6/5

《インド》瞑想-南インドの古歌  メモ

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             瞑想

         南方の詩人は
         神の名を唱え
         平安を願う。

         「ああ、スリニヴナの神よ
          あなたの姿を思うと
          私の心は和らぐ」

         菩提樹の下
         風がそよぎ
         タンブーラの音が流れる。

                       by修司

*インドの民俗音楽の理論は難しくてさっぱりわからない。
 そのわりに、聴いてみると単純で心地よい。
 画像はCD「《インド》瞑想-南インドの古歌」より

2009/5/24

泉  メモ

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             泉
                 
       泉ポコポコわきだして
       バケツを持った洗濯おばさん
       網をかついだ子供らが
       みんな泉に集まってくる。

       いつから泉が湧き出したか
       だあれも知るはずないけれど
       毎朝毎朝おばさんは洗濯に来るし
       毎日毎日子供らは泉の底をのぞいている。

       泉ポコポコわきだせば
       みんなみんな集まってくる。
       なぜってきれいな冷たい水は
       みんなの命そのものだからさ。

                
                            by修司                                   


2009/5/11

・・  メモ

・・

長い間私はあなたをある場所で待っていました。
たぶん、ここで野風と名乗り俳句を作っていればいつかあなたが来てくれそうな気がしたからです。
ただ、黙々と待っていました。

最後のメールは「助けて」の三文字。
それも、私のフリーアドレスへ・・・。
気が付いたのは1ヶ月くらいたってからです。
急いで返信したけれどもあなたはアドレスを変えていました。

それから、ずっと待っていました。
ここで、俳句を作っていればいつかあなたに届くような気がしました。

でも少し疲れてしまいました。
あなたは来ないし、関係のない人に迷惑をかけてしまうし・・・。

私は野風の名は捨てます。

でも、いつかあなたと過ごした桜の木の下での話は忘れません。
あなたの後姿は忘れません。
また、あなたの「冬銀河」の句は忘れません。
そして、雑草好きも忘れません。

約束したアドレスは今でも残っています。
いつまでも残しておきます。



CY様へ  最後に使う・・・・・・・野風



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