7日(水)夜、NHK2chで放送していた番組「
櫻井翔の“いま そこにいる人々”<命の現場>」
地域医療に携わる2人の医師の現場を櫻井さんが訪問し、地域医療のあり方や医師の胸の内を取材しています。1件目は、北海道の町立診療所に勤務する「家庭医」、2件目は、広島で「在宅医療」を展開する医師。どちらも私たちが「病院」と聞いたときにイメージする白亜の建造物は登場しません。その辺りからして、従来の病院での医療とは異なる、これからの(というか、既に実践されている)医療のあり方を提示することが主題のようです。でも、どちらかというと、新しい医療の可能性とかいうことよりも、患者やその家族に「人として」関わっていこうとしている2人の医師の言葉にひかれました。アイドルの名前を番組のタイトルに使うなんて、NHKらしくないなぁ〜、とか思って見始めたんですけど、NHKでなきゃ、作れない番組かもしれないし、櫻井さんの物腰の柔らかさ(?)が、この番組のパーソナリティーに向いているとも思えました。
まず、北海道の「家庭医」。「家庭医」とは、「家庭医療」を専門とする医師。患者の年齢や性別にとらわれず、広く一般的な病気を担当します。近隣に総合病院など無い小規模な町の診療所では、地域住民のニーズに応えるには、細かい診療科に分けることは無意味だという発想です。医師は、家族のことをひっくるめて診るようにしていると話していました。限られた医療環境の中で診療の質を向上させるため、生活環境や遺伝的なものに関する情報として、家族の情報を重要視しています。
医師は櫻井さんのインタヴューのなかで次のようなことを話していました。
「その人らしさをお聞きして、その人が話をする時、笑顔が出る瞬間に出会えることがうれしい。人が好きなんです。」
「限られているなかで最大限頑張って提供している医療を評価してくれている人がいる。そのことが頑張ろうということにつながる。」
広島の在宅訪問医のクリニックは、診察室はなく、オフィス。医師は、在宅療養している患者からの連絡を受け、訪問先の患者宅で医療行為を行なうという仕組みです。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の男性は、医師との関係を「医療行為をする時は主治医。世間話をする時は友だち。」と言っていました。医師は、「病気を抱えながら、普通の生活をする。それは在宅医療でしかできない。」と言います。
そして、患者の遺族のところへも訪問します。医師は、亡くなった患者の遺族に対するフォローも在宅医療の範囲と考え、患者の死を、その人ひとりの死ではなく家族をも含めたものとしてとらえ、家族と向き合っています。
医師は、櫻井さんのインタヴューにこう答えていました。
「救急医の時は無力感にかられたことはあったが、在宅医では無力感は、あまりない。」
「医療には、サイエンス(科学)をベースにして、アート(技術)を使う。もう一つ必要なのがヒューマニティ(人間性)。」
「人間はいづれ何らかの形で死を迎える。その人の思いを、いろんな人に残していっている。そこにその人が生きてきた意味がある。それに対して、医療人として、どのように手を差し伸べるか、そこに意味がある。」
「何もできなくても、その人に寄り添うことができればいいと思う。」
櫻井さんの「その瞬間は、医師としてではなく、一人の人として接しているのでは?」という言葉に、そうかもしれないと頷いていました。
いつもこういう「現場」に踏み込む番組を見るたびに思うのですが、診察中の診療所内や在宅訪問の現場の取材を受け入れていただくのは、大変だったのではないかと思います。一方で、在宅訪問などプライバシーに関わる場所に、照明、録音、カメラなど機材を抱えたスタッフも割り込んでいくのは、どうかしら、と思ったりします。ですが、それを承諾した患者・家族にも、視聴者に対して何かを伝えたい、感じ取ってほしいという思いがあるから、受け入れたのでしょう。その気持ちに、私たちも寄り添うことはできるでしょうか?

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