2020/9/7

なんやら  

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……曰く説明のしがたい背景だが、柱に蛾。
柱じゃないか。戸か。
どの部屋をどう撮ったんだろう。

えーと、向こうに電気スタンドだろう? てことは向こうも室内。
でも、その奥の紫色のものやらなんやら、まったく分からない。
「スマホのカメラの調子が悪くて、光の加減がおかしい」と言ってたから、昼夜さえ分からない。


たぶんだが、電気スタンドとかは、窓に写ったこちら側。
夜、書生部屋の文机の窓の枠にとまった蛾を撮ったら、窓にスタンドの灯りに照らされた室内が写った。

でも、紫色のものやらなんやらはやっぱり分からない。















※ゾクホウ※
加筆の話2。

連載って、一回ごと何枚で書くのかというと、小説って、とてもアバウト。
「20〜40枚くらいで大丈夫です」とか言われる。20と40じゃ倍だけども。
行の間隔とか、文字の段組みで調整できるのだ。
(たまに、ある一作品だけ、ぎゅうぎゅうに詰まって載っていることがあります)。

漫画で「16pって言われてたけど、20p描けちゃって〜」とか渡したらおおごとである。

小説は、連作だと30枚でも80枚でもなんとかなったりする。
いや、もちろん、なんでも好き勝手な枚数が通るわけではない。
「桃子のワープ」は、やや長くなりそうだったので、三分の二ほど書けたところで担当にみせて、前後編にするか、一気に載せるかを相談した(一挙掲載になった)。

度合いによるけども、規定にあわせるよりも、その作品に必要な枚数で、というわけだ。
でもそれは文芸誌の話(純文学だけでない、エンタメの文芸誌、PR誌なども含む)。


小説がメインではない雑誌で連載される場合「必ず4ページに納めたい」と言われる。

短い場合は挿画を大きくするなどして対応できるが(それも度合いによるが)、一定以上長くなるのは「無理」だ。
毎回「〇文字×〇行」という制約で書く。

長嶋作品で、その制約で書いた作品は少ない。
『エロマンガ島の三人』が初で、あっと思った。

「オトナファミ」という、なんだろう、広義のカルチャー誌で、全二回のつもりで前篇を50枚くらい書いて渡したら「ぜんぜん入りません」と。
あくまでも4ページ取ったから、納めてほしいと。二話が三話になることは、構わないとも。

つまり、総合的に払うギャラは同じ。回数が増えるのは構わないが、一回のページは増えないでくれということだ。
弁当箱にこのオカズはこれくらい、この色を入れて、こういう栄養バランスで、というように、一回ごと、容積に対する按配が雑誌作りにはあるのだな、と了解した。

そうすると、50枚書けたうちの、ちょうど30枚くらいのところで切って、31枚目を第2回の冒頭に、ということは出来ない。

『まんが道』の二人が若い時にそれをやって失敗している。
初回6ページのつもりで書いたら実は4ページだったので、4ページ目の終わりだけ手直しして「つづく」にして送ったら、「君たちブツ切りにしただろう」と見透かされ、叱責をうける。
4枚ならその枚数でちゃんと山場を設けなければいけない、と二人は学ぶ。

『エロマンガ島の三人』も、連載第二回(本でいう第2章)の冒頭、場面が大きく転換されることになったのは「そのまま続けたら盛り上がらないから」だ。これは、連載場所という仕組みというか制約が、結果的に作品にいい効果を与えた例。

……『まんが道』があらかじめ教えてくれた戒めは大きいが、しかし、一度、連載でやってみたいのは、ブツ切りで「続く」ことだ。
「そのとき豊臣秀」で「つづく」になって、来月号をめくると「吉は立ち上がった。」というのをやってみたい。
「つづく」という言葉に誠実にしたい、というか。


で、9月25日刊行『今も未来も変わらない』は、久々の「文字数に制約のある」連載だったわけである。
というあたりで、これも続く。

(エロマンガ島の連載の話、前にもしたかも。「つづく」をブツ切りにしたいという話も、なんならムシバムでしたかも。重複すみません!)
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