2020/9/9

ほぼ、木の感触  

接写。
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木の表面のような蛾。
レース地のようだが……これはゴワゴワしたタオルか!(←心眼で見抜いた! 的なカッコいい風に)


干してあるんだな。テラスの物干しに。








※ゾクホウ※
9/25発売の新刊『今も未来も変わらない』書影がamazonセブンネットに出ました!

ずっと、ウェブの告知リンクはamazon一辺倒だったが−−別にamazonを支持しないということではないが−−もっとフラットに接しようと思いまして、公式サイトではe-hon、セブンネット、amazonをなるべく均等にリンクするようにしていきます。

セブンネットは、セブンイレブンを受け取り先に指定できます(支払もそこで)。

e-honは、全国津々浦々、大抵の書店を受け取り先に指定出来て、支払いも書店で現金ででき、しかも売り上げがその書店に入ります。「地元の本屋を応援したい」「でもネットで迅速に注文したい」という人にぜひ、オススメしたい。活用者も増えてるみたい。


それはさておき。
(加筆の話は置いといて)書影がなぜこんな風になったかといいますと、という話をします。

僕が希望したからではないのです。
とかいうと、この書影を気に入ってないみたいに聞こえるが、気に入ってます。
気に入ってることと、エクスキューズをしたいということは両立する!

……そういえば「えー、なぜこんなことになったかといいますと」という言葉を、少し前にも言ったなあ。

谷崎賞の授賞式だ。

当日、一応、まっとうなスピーチの原稿を用意していた。しかし、谷崎賞に喜んで、いささかはしゃぎ気味になった担当らが「長嶋有ののぼり(デイリーポータルZの企画で作ったもの)」を谷崎賞仕様にしたものを作成して、会場入り口や、僕がスピーチする際には背後にまでバーンと掲示した。

「それでは長嶋さん、受賞の言葉をお願いします」のとき、当然のように背後でスタッフがササーッとのぼりを立て始めた。そんな受賞者いねえ。
用意してきたスピーチの文言を置いて、僕は切り出した。

「えー、これは、なぜこんな(おかしな)ことになったかといいますと……」

このあとも「なぜこんなことになったかといいますと」を何回いう作家人生なのだろうか。
いや、装丁気に入ってますよ。ほんとほんと。


装丁話、次回に続く。
(先週のラジオで、池田澄子さんの句集の装丁のシックさの話題に思わず出た僕の述懐も、思い出して楽しんでいただければ幸いです)。
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2020/9/8

オールウェットタイプ  

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布巾もあるが、ペーパータオルもあります。
アシナガグモがピンボケなのはヤスローのスマホのカメラの調子が悪いせいです。

ペーパータオルのやぶれ方が雑なのは、慌てて引っ張ったからじゃなくて、湿気でペーパーがパリっとしてないんだと思う。



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脇のずんぐりしたプラモデルは、80年か79年か、それくらいのもの。小学時代に作るのをみていた覚えがある。
ミグか三菱か、僕にはわからない。

「SD」という言葉はまだ出てなかったが、卵型に極端にデフォルメするおもちゃが流行った。これとかチョロQとか。
既存の「デザイン」に対して、面白くかわいいし、子供心にも気が利いたものにみえたし、大人にもウケてた気がする。

アラレちゃんやドラえもんなど「頭身の低い」人気者が続々と出てきて、一挙に「SD日本」になっていった。





ゾクホウは次回。
関係ないが故人の一周忌をしのびます。


秋澄みて遺跡掘る人背を丸め 新井勝史(あら丼)

秋澄むや背を丸め句を作る人 凡


……一周忌、昨日だったか。おとといだったか。
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2020/9/7

なんやら  

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……曰く説明のしがたい背景だが、柱に蛾。
柱じゃないか。戸か。
どの部屋をどう撮ったんだろう。

えーと、向こうに電気スタンドだろう? てことは向こうも室内。
でも、その奥の紫色のものやらなんやら、まったく分からない。
「スマホのカメラの調子が悪くて、光の加減がおかしい」と言ってたから、昼夜さえ分からない。


たぶんだが、電気スタンドとかは、窓に写ったこちら側。
夜、書生部屋の文机の窓の枠にとまった蛾を撮ったら、窓にスタンドの灯りに照らされた室内が写った。

でも、紫色のものやらなんやらはやっぱり分からない。















※ゾクホウ※
加筆の話2。

連載って、一回ごと何枚で書くのかというと、小説って、とてもアバウト。
「20〜40枚くらいで大丈夫です」とか言われる。20と40じゃ倍だけども。
行の間隔とか、文字の段組みで調整できるのだ。
(たまに、ある一作品だけ、ぎゅうぎゅうに詰まって載っていることがあります)。

漫画で「16pって言われてたけど、20p描けちゃって〜」とか渡したらおおごとである。

小説は、連作だと30枚でも80枚でもなんとかなったりする。
いや、もちろん、なんでも好き勝手な枚数が通るわけではない。
「桃子のワープ」は、やや長くなりそうだったので、三分の二ほど書けたところで担当にみせて、前後編にするか、一気に載せるかを相談した(一挙掲載になった)。

度合いによるけども、規定にあわせるよりも、その作品に必要な枚数で、というわけだ。
でもそれは文芸誌の話(純文学だけでない、エンタメの文芸誌、PR誌なども含む)。


小説がメインではない雑誌で連載される場合「必ず4ページに納めたい」と言われる。

短い場合は挿画を大きくするなどして対応できるが(それも度合いによるが)、一定以上長くなるのは「無理」だ。
毎回「〇文字×〇行」という制約で書く。

長嶋作品で、その制約で書いた作品は少ない。
『エロマンガ島の三人』が初で、あっと思った。

「オトナファミ」という、なんだろう、広義のカルチャー誌で、全二回のつもりで前篇を50枚くらい書いて渡したら「ぜんぜん入りません」と。
あくまでも4ページ取ったから、納めてほしいと。二話が三話になることは、構わないとも。

つまり、総合的に払うギャラは同じ。回数が増えるのは構わないが、一回のページは増えないでくれということだ。
弁当箱にこのオカズはこれくらい、この色を入れて、こういう栄養バランスで、というように、一回ごと、容積に対する按配が雑誌作りにはあるのだな、と了解した。

そうすると、50枚書けたうちの、ちょうど30枚くらいのところで切って、31枚目を第2回の冒頭に、ということは出来ない。

『まんが道』の二人が若い時にそれをやって失敗している。
初回6ページのつもりで書いたら実は4ページだったので、4ページ目の終わりだけ手直しして「つづく」にして送ったら、「君たちブツ切りにしただろう」と見透かされ、叱責をうける。
4枚ならその枚数でちゃんと山場を設けなければいけない、と二人は学ぶ。

『エロマンガ島の三人』も、連載第二回(本でいう第2章)の冒頭、場面が大きく転換されることになったのは「そのまま続けたら盛り上がらないから」だ。これは、連載場所という仕組みというか制約が、結果的に作品にいい効果を与えた例。

……『まんが道』があらかじめ教えてくれた戒めは大きいが、しかし、一度、連載でやってみたいのは、ブツ切りで「続く」ことだ。
「そのとき豊臣秀」で「つづく」になって、来月号をめくると「吉は立ち上がった。」というのをやってみたい。
「つづく」という言葉に誠実にしたい、というか。


で、9月25日刊行『今も未来も変わらない』は、久々の「文字数に制約のある」連載だったわけである。
というあたりで、これも続く。

(エロマンガ島の連載の話、前にもしたかも。「つづく」をブツ切りにしたいという話も、なんならムシバムでしたかも。重複すみません!)
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2020/9/5

第2クール突入!  

ムシバム、ヤスロー撮影編だよ! しかも蝶!
ムシバムは18年といってるが、室内で蝶を撮影するのに六年近くかかった。
その後も、二年に一枚とれるかとれないか。
つまり皆さん、沸くところです。

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「朝飯の味噌汁にとまったジャノメチョウ」だそう。
……なぜか僕が撮影しないとき、蝶がとれる気がする。蛾でなく。

味噌汁に用いるようなお椀は、ないのではなく、一人だと、直近に使った器で食べるほうが楽なのだ。










〆切を終えたので
※ゾクホウ※
加筆をする、しないという話。

雑誌に載せた小説を単行本にする際、加筆をする場合がある。
推敲しなおすというより「書き足りない」、だから「加」筆だ。
推敲して手直しするのは「改稿」。
単行本の巻末の「初出掲載」に「加筆、改稿しました」とわざわざ分けて記載しているのは、違う行いなわけだ。

連載中は「書き足りない」と思うことが多い。でも〆切があるからまずは出して、あとで単行本で加筆しようと。
でもまあ、単行本にするころにはメンドーになっていて、「ま、いいか」となる。
初秋のころ、昼間は汗かいて「今日は風呂入るぞ」と思うが、夜になると汗がひいて「ま、いいか」というあの感じが近い。

有名なのは(僕が僕のことを言ってるだけだが)『ねたあとに』の「タンカ」の章段。
タンカという遊びで一章割く予定で、伏線もはってるのに連載時に果たされなかったのを、単行本で加筆するぞ、と思っていたが、「ま、いいか」と。

『ねたあとに』は、第一章の前に「前年」のクロコさん来訪をプロローグで加筆するアイデアもあったが、これは編集者が「不要」と言って、納得してやめたりもした。

『もう生まれたくない』も、時間をかけて大幅に加筆する意欲があった。
フィクション然と進めていた話だが、最後には作者と思しき人が登場し、親戚の死を思って終わるはずだった。題名は、僕の親戚が生前ボソっといった言葉がもとになっていた。
これも編集者が「不要」と。
「大幅加筆」より「時間をかけて」という部分が嫌だった気配が(編集に)あった。すぐ出しましょう、と。

僕は(楽なので「ラッキー」とも思ったものの)版元には長いほうが喜ばれると思っていたので意外だった。このころもう、小説界のトレンドは分厚い長編ではなくなっていたのだ。


『三の隣は五号室』は「アンデル」連載時の本文で「加筆予告」をした珍しい作。第9話「メドレー」を全住人分書くことができず「単行本時の加筆を待たれたい」と(よくそんな本文通ったな)。

で、これも単行本時にはメンドーになっていた。
でも「タンカ」のときと違って「予告」しちゃってる。舌打ちである(僕が)。

加筆せず、本文に「お詫び」の文言を載せるのはどうだろう、と編集担当に水を向けた。
「なお、連載時に予告していた●●、××、〇〇の三名分の加筆であるが、みてのとおりかなわぬままの刊行となったことはまったくの遺憾であり、ここに謹んでお詫びしたい」と。誠意をこめて書けばいいんじゃないか、と。
「つきましては特製ステッカーをプレゼント、あて先はこちら!」と。
「なんでそういう文章だけはスラスラ出てくるんですか」と編集。
結局、単行本の加筆は舌打ちしながら間に合わせた。

で、いよいよ今月刊行『今も未来も変わらない』ですが、これも「加筆」しました。

そういえば初出記載の「加筆」のテキストには「**+月号掲載作を加筆」「掲載作を大幅加筆」の二種類がある。

『パラレル』のとき、自分では大幅に加筆したつもりなのに、担当に「こんなの加筆したうちに入りませんよ」的にいわれ、大幅以前に加筆自体を銘打ってもらえなさそうなところ、そんなの嫌だ(苦労したんだから)と、なんとか「加筆」は銘打ってもらったのだったが、でも、どこからが「大幅」かということは、いまだに分からない。

(『パラレル』は今思えば「改稿」をむしろいうべきだ。設定などが初出と変わっているし)


で、今作(『今も未来も変わらない』)は、主観では「中幅」加筆、中幅改稿。


これに加筆するのは、「あのことを書き足りない」ということとまた少し違う理由があったわけだが、またこの次に。

あ、『今も未来も変わらない』は9月25日刊行が決定。お値段は1500円+税!
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2020/9/4

バッタと車  

ヤスロー編の前に、妻が撮ってくれたのがもう一枚(シートベルトのやつ以外に)ありました。

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閉じたミラーの下にくっつくバッタ。若いバッタだな。

車(の外側)には、羽根のある虫はあまりとまらない気がする。
バッタが多い。
数年前の「エミさんのボルボ」にとまっていたのもバッタ系だったはず!


「俳句ホニャララ」で、浸水で雨宿りしたガソリンスタンドでも大量のバッタが(水を避けて)タイヤに取りついていた(この連載は書籍にはなったが、Webはもう消されてしまっていて、写真の閲覧もできないのだった)。


嘉門達夫は「緑の中を走り抜けてくバッタがおるで」と替え歌を歌った(『プレイバックpart2』の)が、そこに妙なシックリ感があるのは、(真っ赤な)ポルシェ=車とバッタが同居してるような、親和性を感じるからだ。

……そんなのムシバムやってる人だけだよ!







※ゾクホウ※
語りたいが〆切に追われてまして、また別日に。
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2020/9/3

凡編完  

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虫の名を教わったのに、まるきり忘れてしまった。
父ヤスロー、手の皺が増してきた気がする。

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ポートレートも。
毎年山小屋の維持、お疲れ様です。

山小屋の様子はヤスローの公式ツイッターでもご覧になれます。山小屋内だけでなく、近所の景色や、レコードコレクションなども。お店(ニコニコ堂)の情報もあり。ぜひフォローしてね。



さて、本年のムシバム、ここまでがほぼ、凡コバ夫の撮影によるもの。
明日からは父ヤスロー撮影編に突入します。まだまだあるよ。








※ゾクホウ※
もまだまだ続く。
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2020/9/2

新・人気スポット  

ムシバム18年やってて、一番更新が少なかったのは2005年。
今回はコロナで、それよりも短くなるかと思ったが、もう05年を超えてます。
(序盤でコケておくと、後の年がラクだな。低調でも、05年よりは出来てるって、ずーーっと思える)。

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アシナガグモがさかさにとまる、このブラシはなんのブラシでしょうか。

答え:ヤスローの入れ歯洗い用です。

入れ歯を磨くブラシについて、ヤスローはかなりいろいろ試しているらしい。
「入れ歯用」ブラシではダメなのらしい。

これまでで一番よかったのは「墓石の、戒名とか彫ってるところを磨く用」だそうです。
ブラシって、そんな細分化されてんのか。

写真のこれは、その墓石の彫ってるところ用ではないらしい。なんて言ってたっけな。

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毛が二面あることと、丸い持ち手がヒントになるかしら。
(分かった人、コメントください。正解したらなんかあげます)。

同じ物品に二種類の虫が別々の日にとまるのも珍しいっちゃ珍しい。

……入れ歯を洗う前に、入れ歯洗いをちゃんと洗ってるだろうな。




今日はこのあとTBSのラジオに出ます。なのでゾクホウはおやすみ。
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2020/9/1

ロートルバム  

夜の台所。
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またアシナガグモか、と思われそうだが、これはガガンボ。
台所の壁の、布巾干しの、布巾と布巾の間に。

ガガンボがまず、けっこう久々。

昔は、ウスバカゲロウ、アシナガグモ、そしてガガンボがカマドウマの次に煙たがられる、夜の「新御三家」みたいな印象があったが、三人ともけっこうベテラン。

あと、こういう一点から何本か放射状に広がる壁の布巾干しを、最近みない(気がする)。
三角コーナーとかみなくなっていったように、これもなにかに代替されていったか。

布巾自体はさすがに(カビてくから)まめに取り換えてます(取り換えたのは雑巾に)。












※ゾクホウ※
長嶋有第17作品集『今も未来も変わらない』中央公論新社より9月下旬刊行!

今作のみどころとして「題名」をたっぷり味わえる、がある。

僕は小説本文を書くのはぜんぜんウキウキしないのだが、題名をつけるのは好きだ。
もちろん、似合わないときはつけないのだが(『もう生まれたくない』のように章が区切られていても、なんとなく似合わないときは章題をつけない)、つけられるときはなるべくつける。

連載は「各話ごとに題名をつけられる」のが醍醐味だ。「ぼくは落ち着きがない」「エロマンガ島の三人」のときは、つけそびれてしまったと少し悔やんだくらい。

で、今作『今も未来も変わらない』は、題名大幅増! 全24話なので過去最高の24個も題を味わえます(ボツにした題もカバー裏に載るので25個!)。鼻血出る。
個々の題もいい(自分でいう)し、題の並びも味わいどころ。

そんなところ、と思う人もいようが、大事に思ってくれる人もいる。
『問いのない答え』の各話の題名の並びの妙(「光」「帰る」と字数を一字ずつ増やして三話で「マジカルサウンドシャワー」とギアをいきなりトップにした、その音楽性)を分かって感想をくれた読者が実際にいたのである。……その人一人だけだったりして。(そしてこの自画自賛は何度かあちこちでしてるかもしれない。すみません)。


……しかし、そういう緩急でいうなら、単行本の題名の並びが、ここのところムードが似てしまっているのだった。次の本では漢字二文字とか、カタカナ一語の題名を置きたい。



次回は「加筆」ぶりについて。
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