過足柄坂見死人作歌一首
小垣内之 麻矣引干 妹名根之 作服異六 白細乃 紐緒毛不解 一重結 帶矣三重結 苦伎尓 仕奉而 今谷裳 國尓退而 父妣毛 妻矣毛将見跡 思乍 徃祁牟君者 鳥鳴 東國能 恐耶 神之三坂尓 和霊乃 服寒等丹 烏玉乃 髪者乱而 邦問跡 國矣毛不告 家問跡 家矣毛不云 益荒夫乃 去能進尓 此間偃有
小垣内(をかきつ)の 麻を引き干し 妹なねが 作り着せけむ 白栲の 紐をも解かず 一重結ふ 帯を三重結(みへゆ)ひ 苦しきに 仕(つか)へ奉りて 今だにも 国に罷(まか)りて 父母も 妻をも見むと 思ひつつ 行きけむ君は 鶏(とり)が鳴く 東(あづま)の国の 畏(かしこ)きや 神の御坂(みさか)に 和妙(にきたへ)の 衣寒らに ぬばたまの 髪は乱れて 国問へど 国をも告らず 家問へど 家をも言はず ますらをの 行きのまにまに ここに臥(こ)やせる