詠勝鹿真間娘子歌一首(并短歌)
鶏鳴 吾妻乃國尓 古昔尓 有家留事登 至今 不絶言来 勝壮鹿乃 真間乃手兒奈我 麻衣尓 青衿著 直佐麻乎 裳者織服而 髪谷母 掻者不梳 履乎谷 不著雖行 錦綾之 中丹□有 齊兒毛 妹尓将及哉 望月之 満有面輪二 如花 咲而立有者 夏蟲乃 入火之如 水門入尓 船己具如久 歸香具礼 人乃言時 幾時毛 不生物呼 何為跡歟 身乎田名知而 浪音乃 驟湊之 奥津城尓 妹之臥勢流 遠代尓 有家類事乎 昨日霜 将見我其登毛 所念可聞
鶏が鳴く 東(あづま)の国に 古へに ありけることと 今までに 絶えず言ひける 勝鹿(かつしか)の 真間(まま)の手児名(てごな)が 麻衣(あさぎぬ)に 青衿着(あをくびつ)け 直(ひた)さ麻(を)を 裳には織り着て 髪だにも 掻きは梳(けづ)らず 沓(くつ)をだに はかず行けども 錦綾(にしきあや)の 中に包める 斎(いは)ひ子も 妹にしかめや 望月(もちづき)の 足(た)れる面(おも)わに 花のごと 笑みて立てれば 夏虫の 火に入るがごと 港入りに 舟漕ぐごとく 行きかぐれ 人の言ふ時 いくばくも 生けらじものを 何すとか 身をたな知りて 波の音の 騒く港の 奥城(おくつき)に 妹が臥(こ)やせる 遠き代に ありけることを 昨日しも 見けむがごとも 思ほゆるかも
勝鹿(かつしか)の真間娘子(ままのおとめ)を詠む歌一首(並びに短歌)
「“鶏が鳴く”東の国に、いにしえにあった(出来事を)今までに、絶えず言い伝えられてきた。葛飾の、真間の可愛い女の子が、麻布で作った粗末な着物に、青い襟をつけ、混じり気のないアサを、織り、裳(スカート)にして着用していた。髪の毛は、櫛で梳かさず、沓(靴)は履かずに出かけた。美しい立派な絹織物に、身を包み、両親に保護された若い娘らも、彼女には敵わないだろう。
(彼女は)“望月の”豊かな表情だ。(彼女が)花のように、笑顔で立てば、夏の虫が、灯火に寄ってくるように、(男たちは)港に入る舟を漕ぐように、(彼女の元に)行っては求婚する、と人は(彼女が評判の娘であったことを後世に)伝えた。
あまり、そんなに長生きできるわけではないのに。何のために、我が身のことをよく考えねばならないのか。波の音が、騒がしい港の(片隅の)墓所に、真間の可愛い女の子が眠っている。
遠い過去にあった出来事だが、つい昨日の出来事かのように、思われるのだ」
●真間:千葉県市川市真間町