そのコンセプトと試みからボクがものすごく心ひかれた作品は、今回の横浜トリエンナーレ出品作品のなかではこれにとどめをさす。それは、もちろんボク自身の出自(長崎だが、日本で最初にチャイナ街が作られた街だ)や、体験(アジア好きなボクはこの目で多くのチャイナ街を見てきた)がこの作品を心ひかれるものにしたこと、そして問題意識としてフィットしたということが大きいことは最初に断っておこう(もちろん会場から徒歩10分ほどのところに横浜中華街もある)。
その作品は「長征プロジェクト」と名付けられている。ロングマーチとして統括された6人のチャイニーズ系の作家によるアートプロジェクトだが(うち一人は匿名)、言うまでもなく「長征」という毛沢東の対日ゲリラ活動が意識されている。そして、その「長征」とは、このチャイニーズ系の作家たちにおいては、いまや世界中に散らばった中華世界(具体的には「中華街」)のあらたな意識化としてあるだろう。
中国は現在、驚異的な経済発展をとげつつあり、いわばアジアのリーダー権を奪おうとしているだけでなく驚異となっているらしい。おそらく外貨を稼ぎ出す大きな要因として、世界中に散らばった中華街の存在は無視できないものだろう。
知っているだろうか? 中華街のそのある意味閉鎖的でもあるパワーを?
チャイニーズ系の国家内国家「中華街」は、いわゆる「大陸」以上に香港、シンガポール、マカオ、台湾にとどまらず、日本、アメリカ、タイ、マレーシア、ベトナムそしてインドにもある。
「華僑」と呼ばれるそのおおいなる出稼ぎ集団のパワーは、「大陸」さえも揺るがす程のパワーである。歴史上にもおのおのの国に鞏固な足跡を残している。
で、今回横浜トリエンナールのアートシーンにおいても「中華世界」のすさまじいパワーを若い世代のアーティストたちが、客観視して提出していた。
そのようにボクには見えた。「長征プロジェクト」とは、大いなる「中華世界」の世界への進出なのだ。
で、そのプロジェクトの中心的な作家であり、ディレクションをしたのがル・ジェというアーティストであった(プロジェクトは1999年から続けられている)。その作品は、いや試みはアートが「大陸」の各都市を南から北京を目指してロングマーチをするものであったようだ。だが、それは同時に世界中の中華街の門の前でパフォーマンスをする記録をレトロな古い写真に似せたデジタル処理をした写真で丸く囲み、その中心にモデルガンを置くと言うヤオ・レイヅォン(台湾)の作品展示で、実にスリリングに提示して見せたものだった。
おぞけをふるうほどの「長征」となっていた。
もし、少しでも旅をしたことがある人間なら、ル・ジェを中心としたアート・プロジェクトの意図が過激なものであることに気付いたことであろう。
迷彩のなかで背景に隠ぺいされようとした獅子(チョウ・ジュージェ)。中国が生んだ宇宙観を反映するゲームである囲碁(匿名作品)。キャンプ用具とテントをゴミのように集積したその背景にそびえるヒマラヤ・エレベスト(シュー・ジェン)。
旅先で不思議なことにその味覚、調理法すべてにおいて中華料理はボクらにとって郷愁を覚える程の親しい食べ物である。インドであれ、ネパールであれ。旅先で出会う中華料理はボクらに、安らぎを与えてくれる。
「長征」とはなんだったのか?
いや、毛沢東語録とはなんだったのか?
様々なことを考えられさせ、帰りにボクは横浜中華街で中華風のソバを食べた(笑)。そう、濃厚なカレーに飽きたボクらが、無意識のうちにその料理を求めてしまうように……。
(つづく)
(写真)ヤオ・レイヅォン(台湾)の「天下為公行動――中國外的中國」。各国の中華街の門を写した写真の中心にモデルガンが置かれている。重い銃だった。ちなみに「天下為公」とは孫文のことば。その意義は中華街に現れているとヤオは言いたかったのだろうか?(公式パンフの解説にはそんなことが書いてあった)
ボクには逆に皮肉に思えた。中華街はどこにおいても国家内国家として閉鎖的だというのが、ボクの印象だから……。

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