あなたは、「小狐丸」という伝説の名刀をご存知でしょうか?
その刀の名を知っているあなたは、能や謡曲を知っている方でしょうか?
能、謡曲の『小鍛冶』という作品にその名刀が出てきます。
あるいは、その刀を知っているあなたはゲームマニア、ゲーム好きでしょうか?
人気のコンシューマーRPGシリーズの『ファイナル・ファンタジー11』や、『真・女神転生U』や『真・女神転生if・・・』などのゲームに、主人公たちの使う武器のひとつとして登場します。
私の場合は後者です(笑)。
私もそういったゲーム、RPGには目がなくて(笑)、それで小狐丸のことを知りました。
それはそうと。
能も、謡曲も、そしてゲームの場合でも。
それらの元ネタになっているのは、今回紹介する相槌稲荷明神……名刀・小狐丸と名刀匠・三条小鍛冶宗近の伝説です。
それは、だいたい以下のようなものです。
昔、粟田口に住んでいた名刀匠・三条小鍛治宗近は、一条天皇(980〜1011年)から刀剣を造るように命令を受けます。
名刀を造るためには、宗近だけでは無理で、優れた相槌(刀匠が刀を鍛える時、師が槌を打つ合間に槌を打つ相方のこと)が必要でした。
しかしそれだけの相槌をつとめることのできる相手がいなかったので、宗近は困り果てて、稲荷明神に助けを求めて祈りました。
すると不思議な少年が現れ、「必ず立派な刀を打てる」と明言して稲荷山へと消えていきました。
宗近が帰宅し、身支度を整えて祈っていると、稲荷明神の化身(あるいは使者)である狐が現れて相槌をつとめ、見事な刀ができあがりました。その刀の表には「三条小鍛治宗近」の銘を、裏には「小狐」という銘が刻まれました。
こうして名刀・小狐丸が完成し、無事献上することができました。
宗近は稲荷の社殿を建てて、稲荷の神霊を手厚く祀ったと伝えられています。
その時の社殿が、今回紹介する相槌稲荷だとも言われています。
前回記事で、粟田神社の摂末社・鍛治神社の時にも、刀匠・宗近の話を少ししましたが。
この三条・粟田口の辺りに宗近の邸宅があったと言われています。
前回記事の続きとして当初の目的だった「青蓮門院門跡の雪景色」をとりあげる前に、鍛冶神社にも関係の深い相槌稲荷をとりあげることにします。