2008/6/3

誰が儲かっているのか  ひと言物申す!

ガソリンの高騰は、どうにかならないものか?
今月、とうとう170円台に突入した。
街中を走る車も、心なしか少なくなった感じがするし
実際にガソリンスタンドに立ち寄る車も、少なくなっているらしい。
軽油などはリッター60〜70円だったのが、気が付いてみると150円台になっていて
「ハイオクの値段か!」とツッコミたくなる。
これでは運送会社も、堪ったものではない(なんとか頑張って下さい、社長)。
これが「道路、道路」と云っていた、政治家達が望んでいた結果なのか?
今日はそんなお話。

このガソリン高騰の原因は、マネーゲームにあるという指摘もあるが
根本的なものは、先を見通す事が出来ない政治家の無能さにあるだろう。
このような事態を予想していなかったのか、それとも予想していたが
国民に全てを、押し付ける算段だったのか(後者の線もかなり濃いが・・・)。
何をするのせよ、常に後手後手の体たらくで、シワ寄せはいつも国民に来るのである。
まあ、この分ではリッター200円なんてのも、強ち冗談ではなくなって来たね(苦笑)。

さてここ数年、小さいガソリンスタンドが潰れているのをよく見掛けるが
このご時世においては、零細企業(こう呼んでいいのか)では立ち行かないのだろう。
それでは全てのガソリンスタンドが厳しいのかと云えば、実はそうでもないようなのだ。
現在、私の家の近所に、新しくオープンするガソリンスタンドが作られている。

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このご時世に商売になると踏んでいるから、出店するのであろう。
「蛇の道は蛇」なのかもしれない。
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2008/4/2

秘密基地  ひと言物申す!

世の子供たちは、春休みの真っ只中である。
我々、大人も春休みが欲しい・・・
あればあったで、給料が安くなるが(苦笑)。
今日はそんなお話。

先日ふと気が付くと、私の職場から見えるところに
昔でいうバラックみたいなものが建っていた。
近所の浮浪者が、家でも作ったのかなどと噂をしていると
職場の人が、子供たちが作っていたと教えてくれた。
よく見ると、何処からともなく集められたであろうパーツを
見事に組み合わせて、そこそこの居住空間を作っているようだ。
また作っている場所が、子供たちが住んでいるであろう団地からは
完璧に死角になっていて、「秘密基地」然としている。
ただ、裏(我々の職場)からは丸見えなところは、子供の浅知恵といったところか(笑)。

その「秘密基地」を見ていたら、昔自分も同じような事をしていたのを思い出した。
今ではその場所にはスーパーが建っているが、当時はだだっ広い資材置き場であった。
資材置き場でもほとんど草むらのような感じで、大人もあまり寄り付かなかったようだ。

材料は豊富である。
ブロックやコンパネを引き摺って来ては、2畳近い空間をこしらえた。
勿論、雨風を凌げる屋根もある。

しかし今思うと、とても危険な遊びであった。
ブロックやコンパネを組み合わせはしても
当然、コンクリか何かで固定などはしていない。
もし中にいる時に崩れでもしたら、大変なことになっていただろう。

いつだったか、基地に遊びに行くと見事に崩壊していた。
自然に崩れたのか、それとも資材置き場の大人がここで遊ばないように崩したのか。
それ以降は、「秘密基地」からは足が遠のいてしまった。

そういえば先月の27日に、小学生が生き埋めになる事故が発生したようだ。
少年が土を掘っているところが、確認されているので
もしかしたら穴を掘って、「秘密基地」を作っていたのかもしれない。
子供の行動力や想像力は尊重しなければならないが
基本的には思慮が足りないので、大人が大事に至らないように
見守ってあげなければならないだろう。
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2008/3/22

立場というもの  ひと言物申す!

世の中には、いろいろな立場の方がおられます。

社長とか部長などの、肩書を持っている方々。
世の中一般に、「先生」と呼ばれる職業の方々。
世の中の、役に立つような職業をされている方々。

そういう方々でも、それぞれいろいろな趣味を持たれていると思います。
今日はそんなお話。

仕事で街中を車で流していると、いろいろな職業の方を見掛け
また、その方達が乗っている車を見掛けます。
これは先日の話。
ある所を走行中、所謂知的障害者の人達を施設へ送り迎えする車を見掛けました。
どうやら車中には、送迎中の人達がいるようです。
「大変な仕事だ、ご苦労様」と、その時は思いました。
やがて、その車は他の車に紛れて、いつの間にか見えなくなっていきました。

それから数時間後・・・。
ひょんな所で、その送迎車に出喰わしました。
車中には人影はなく、どうやら送迎は終了しているようです。
「お疲れさん」と思う間もなく、ある店にその車は入って行きました。

その店は、なんと「コスプレ専門店」。
街道沿いによくある、あの手の店です。
人それぞれが持ち合わせる趣味や性癖に、ケチをつける気はサラサラないですが
幾らなんでも施設の名前が入っている車で、そのような所に横付けは
あまりにも無神経過ぎやしないか?
案外、車に書かれている看板は目に入らないようでいて、結構見ているものです。
その人の無神経のお陰で、他の働いている人まで同じような目で見られてしまいます。
場合によっては、同類にも・・・(笑)。
早くそういう目で見られず、そういう所で平気に買い物が出来る時代が
くればいいのですが(笑)。
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2008/3/17

自己防衛  ひと言物申す!

日本全国、常にどこかで事故が起きている。
私は仕事柄、常に運転をしているので、ヒヤッとした経験がかなりあるのだが
大概ヒヤッとする相手は、自動車ではなく二輪車が圧倒的である。
次の図を見てもらいたい。

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千葉県警が発表している昨年度の死亡事故を、状態別にまとめたグラフである。
自転車を二輪車にするか、歩行者にするかは諸説あろうが
二輪車に含むとすると、次のようになる。

1位 ・・・ 二輪車(自転車を含む) 36.2%

2位 ・・・ 歩行者  35.4%

3位 ・・・ 四輪車  28.3%


グラフから単純に推測すると以上のようになる。
私の経験上、上の結果はかなり信憑性が高い。
特に機動力のある二輪車の運転マナーはひどく、接触(事故)しないのが
逆に不思議なくらいだ。

例を挙げると、朝の国道6号線の上り
江戸川から荒川の間の区間の渋滞は、毎度の事であるが
毎回ヒヤヒヤする区間でもある。
この区間は2車線あるが、あまり広い道幅とは云えない。
そこを走行中の車の両サイドを同時に、二輪車が擦り抜けをしていく。
本当に狭い所を抜けて行く為、ハンドルを10cmも切ると接触してしまいそうだ。

また、これは具体的な場所の指定はないが
車が左折しようとする時に、よく出喰わすパターンである。
左折時に左の安全を確認し、ウインカーを出す。
この時点では、車の左側には二輪車の姿は見えない。
勿論、死角に入っている場合もあるので、念入りに確認は行っている。
ここまで確認してハンドルを切ろうとすると、車の後ろからスピードを上げて
左側のスペースに、飛び込んでくる奴がいるのだ。
左にウインカーを出している車の、左に入ってくる奴の思考回路を見てみたい(怒)。
こんな奴でも引っ掛けたら、人生もお終いである・・・用心、用心。

また側道や駐車スペースから本道へ合流しようとする時のこと。
当然、本道を走っている車と接触しないように、安全な車列の切れ目を探すことになる。
その出るタイミングを計っている、車の前を横断する自転車がやたらに多いのだ(怒)。
しかも車の後ろを通れば安全なのに、何故かわざわざ前を通るのだ。
コチラも歩行者には気をつけているので、なんとか当たらず済んでいるが
万が一、車列の切れ目を探すことに気を取られていれば、大惨事になってしまう。
何か自分だけは事故に遭わないと思っている、どうしようもない思考能力の奴らを
再教育する術はないだろうか?
このままでは事故の加害者が被害者になりえる、おかしな状況が発生してしまう。
ルールを強化するなり、資格取得を厳しくするなり
早いこと改善してもらいたいものだ。
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2008/3/12

大事なもの  ひと言物申す!

あなたの大事なものって、何ですか?

「お金」? 「家族」? 「恋人」?

人それぞれ色々あると思いますが、大事なものをちゃんと守っていますか?
今日はそんなお話。

大事なものを守るという行為は、生き物の本能だが
どうも最近の日本人は、この本能が薄れて来ているように感じる。
特に「親」「子供」に対する接し方には、少々疑問を感じずにはいられない。
親にとって子供は大事な存在ということは、疑いようのない事実であろう。
また子供は、そんな親の庇護のもとで成長していく訳だが
物心がつくまでは親に守ってもらわないと、成長も危ういものとなる。
特に幼児くらいの子供は何をしでかすかわからず、絶えず目を離すことが出来ない。

最近、特に目につくのは公道での親の子供との接し方である。
まず危険だなと思ったのは、幼児の手を取らず幼児の前を歩く親達である。

後ろに、目でもついているのであろうか?

あれでは、幼児の状況を把握出来ない上に
危険が接近しても、察知することは不可能である。
そして、こういう親に限って、何かあった時は
物凄い勢いで、相手を責めるのである。

次に感じたのが、手を繋いでいる場合での親と子供の立ち位置の問題である。
普通、守る立場の人間(親)が車道側を
守られる側(子供)が内になるように、歩く筈である。
私は子供はいないが、彼女とか連れて歩く場合は、自然とそうしている。
また自分の子供ではなくても、自然とそうなっている。
別に誰から教わったわけでもないが、自然とそうなるのは
本能の成せる技なのであろう。
そして、これは当然の行為だと思っていたのだが、最近の親はそうではないらしい。
手を繋いでいるのはいいが、子供に車道側を歩かせているのだ。

そんなに自分が大事か?・・・とツッコミたくなる。

最近、我が子に手を掛ける親が急増しているが
親が子供を守るという、本能が薄れてきているからなのだろうか?
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