2005/12/5
かつて日本には「水と安全はただ」という言葉がありました。蛇口をひねると水が出て、その水はそのまま飲むことができるというのは、どこの国でも当たり前だというわけではありません。特に東南アジアなどではミネラルウォーターは買うものであり、必需品です。日本では蛇口をひねると、そのまま飲むことのできる水が出てきます。それでも最近はあまりに消毒が効き過ぎて、決しておいしい水ではないために、浄水器を付けたり、わざわざ飲料用にはミネラルウォーターを購入したりする時代になりつつあります。
同様に日本は世界一治安のいい国として考えられてもいました。アメリカのように自分の身は自分で守るというものではなく、互いに支え合い、相手を傷つけることをせずにいることと、警察の検挙率の高さ故に抑止力がはたらいて犯罪が決して多くはなかったのです。ほとんどの人が日常生活の中で自分の身に危険が及ぶとは思わずに、暮らしていたはずなのです。もちろん今でも自分の身に何が降りかかるか分からないなどと言う強迫観念の中で生活をするわけではありません。それでもここのところ頻発する事件を考えると、私たちの日常が決して安全だと断言できるものでもないことも自覚しないわけにはいかないようです。
学校という場所も基本的には安全な場所でなければなりません。それが脅かされたのは数年前、大阪での事件でした。外部者が進入し、無差別に子どもたちを襲いました。それまで開かれた学校という流れがありましたが、それ以後、学校のセキュリティが強化されることになります。現実に本校でも入り口に警備員の詰め所を作り、外部者は事務室で必ず受付をし、許可書を下げることになりました。これですべて外部からの侵入を防げるとは言いませんが、ある程度の牽制効果はあるでしょう。学校をそこで学ぶ者にとって安全で快適であってほしいということを実現するために、何かしら対策を講じなければならない時代に入ったようです。それでもそれは学校での中に限ります。
一歩、学校から出た場合には、自分の身を自分で護らねばならないようです。先週、先先週に続けて起こった下校途中の児童を狙った殺害事件は、それがいかに難しいかを物語ります。狙われた彼女たちは、彼女たちでなければならなかったわけではありません。たまたまその場に居合わせてしまったということが不幸なのです。栃木の事件は分かりませんが、広島の事件ではどうも殺害された児童が、特に相手を警戒をしていなかったのではないかと考えられます。警戒心のない幼さにつけ込んだ凶行だけに、許せないのです。学校の行き帰りという、決して避けられない道すがらを狙った点でも問題です。
あなたの通学路は大丈夫だと言い切れますか。言い切れればいいのですが、残念ながら何が起こってもおかしくない状況にあると言えそうです。それを疑って生活するのは寂しいことなので、変に神経質になる必要はありませんが、トラブルを回避できるのあれば回避した方がいいに決まっているのです。その努力はすべきですね。学校の行き帰りで危険だと思われる場所は避けたいですね。自分の安全を誰かに委ねられる時代は終わったのかもしれません。警察は多くの場合、どうしても事件後の対処に追われている場合が多く、予防という面でどれほど効果的な行動ができているかとなると、少々首をひねらざるを得ない状況です。まずは自衛を心がけるべきでしょう。自分だけはそう言う目には遭わないと考えるのは結構ですが、それがそう言う目に遭う最初の一歩なのかもしれません。

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