2005/2/28
二月で唯一のお休みが昨日でした。試験前でクラブもなく、のんびりと過ごせる一月に一度のチャンスだったのですが、やっぱりラグビーでした。一年間を締めくくる頂点を決める試合があったのです。日本選手権の決勝です。体格差があるため高校生は参加できないのですが、大学や社会人、クラブチームの上位チームで行われるトーナメントです。以前は大学日本一と社会人の日本一で頂点を争っていた時期もあるのですが、神戸製鋼が七連覇をしたあたりから、大学とやることの意義が問われるようになり、方式が毎年、見直されて行われているのです。
ご存じの通りラグビーは野球やサッカーに比べると、人気は今ひとつで、観客動員も難しい状態にあります。国内の日本一を決める試合です。本来なら国立競技場でやるところを、観客がそれほど見込めないということでしょうか、神宮球場のちょうど隣にある秩父宮ラグビー場で行われたのです。私は役員証でも入れるのですが、あえて指定席を確保して観戦に行きました。サッカーのJリーグ、バレーのVリーグに並んで、ラグビーではトップリーグというのが行われています。その上位チームが先週の準決勝で敗れ、決勝二年前の覇者NECと、古豪のトヨタ自動車です。個人的にはトヨタを応援していました。
ラグビーはウィンタースポーツです。シーズンは秋からスタートします。大学も社会人もリーグ戦を経て、正月をはさんで、それぞれの頂点を決める大会が開催されます。大学は四年連続で決勝は早稲田と関東学院、そして戦前の予想通り早稲田の優勝で大学日本一が決まります。社会人はリーグ戦を制したのは東芝府中でした。その後、トーナメント戦も東芝府中が取りました。ところが三冠を目指した東芝がまさかの準決勝敗退でした。
どのスポーツもそうなのですが、相手をどのくらい研究して試合に臨むかが勝敗を分けることがあります。戦術的にある面に偏るチームでは、事前に研究され、その対策を練られてしまうと、意外ともろいものです。情報戦をどのように制するかも、スポーツでは大切になります。それは高校レベルでも同じで、地区大会などでは相手の戦い方が分かっているので、事前にあれこれとアドバイスして試合に臨むことが少なくありません。そしてもう一つ、研究するのは相手だけではないようです。審判をも研究するのがラグビーなのです。基本的にラグビーは主審が一人で十五人のチームを見ますから、三十人を相手にするわけです。そうすると、実は見られない部分というのが確実に出てきます。これは実際に笛を吹いている私の実感です。審判によって、その見えにくい部分は異なります。それをチームに研究されてしまうのです。見えない部分の反則は吹けませんから、背中を取られてしまうと、その死角はたとえ反則が予測されても吹くわけにはいきません。審判の評価は、そこがいかに少ないかで決まります。
試合結果はラグビーとは思えないほどのロースコアで、NECが二年ぶりに優勝を果たしました。トヨタは最後まで攻め続けたのですが、ゴール前での決定打を欠き、追いつける得点差でありながら、わずか四点差に涙を呑みました。わずかに相手の方が試合巧者だったということですが、これが一年を締めくくる試合だっただけに、悔やまれるプレイもいくつかあることでしょう。みんなはこれから一年を締めくくるための試験に臨みます。しっかりと相手を研究して、予想されるものをしっかりと準備しましょう。わずかでも届かなければ、結果としてはシビアなものが突きつけられます。健闘を祈ります。

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2005/2/27
大きな4点差でした。ロスタイムに入っての連続攻撃がゴールラインを割ることができれば、その時点でトヨタの十何年ぶりかの優勝だったのに…トヨタに肩入れする理由は特にはないのですが、何となく応援をしていたのですよね。大崩はしないチームですが、フォワードが機能しないとなかなかバックスでも一発では取りきれないチームだけに、試合巧者のNECにしてやられた形ですね。
それにしても、下井レフリーのゲームコントロールの巧さが光りましたね。見ていて楽しい試合でした。日本一を決める試合が国立ではなく、秩父宮であったことは残念ですが、8割くらいは入っていたので、それはそれで良かったかなと思っています。これで社会人もシーズンオフです。

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2005/2/26
最後の試験を直前に控え、準備に余念のないことと思いますが、数人の生徒から今さらながら勉強方法について尋ねられたので、あくまでも「たとえばの勉強法」を紹介しておきますね。残念ながら私たち一人ひとりの能力は平等ではありません。能力に差があることを前提に考えると、同じ努力をしても成果は異なることは当たり前のこととしてとらえておく必要があります。だからこそ同じ努力をするのなら、より成果が上がる努力をすべきだと言えるでしょう。そのためには自分に合ったやり方を見つけることが大切です。さらに成果がそれほど上がらないやり方に固執せずに、工夫をしてみることも賢明なことだと言えます。スポーツでも、勉強でも我流が通用してもいないのに、謙虚に周囲の助言に耳を傾けられない頑固さが、その人の能力発揮の一番大きな障壁になっていることも少なくありません。今一度、自己流を総点検し、成果の上げ方を考えましょう。
ポイント・1 当たり前の基本に確認
この段階では分野によっては難しいのですが、基本的なやり方をバカにせずにやってみることです。たとえば語学系の学問、英語や古典などは手を動かすことは基本としては不可欠です。教科書に書き込んでしまったり、本文の書き写しという作業をめんどくさがったりしているようでは、語学の試験には対応しません。改めてノート作りの徹底をしてみましょう。手の作業が脳に与える刺激は、記憶に大きく関係しているというデータも出ています。手を汚さずに、頭に入れられるだけの能力を自分で確認しているならいいのですが、そうではないのなら、まずはノート作りからです。
さらに語学系における音読という作業も、高校生くらいになるとおろそかにされがちですが、基本の基本として効果的です。耳から音を入れるという作業、赤ん坊だってそれを繰り返して話せるようになるわけですから、語学を身につけたいと思ったら、その言葉を耳に入れる機会を増やしてあげればいいのです。英語も古文も漢文もすべてその方法が適用できます。自分でスラスラと読めるようになれば、自ずとその中身もイメージできてくるはずです。反対に読み慣れてきたところで、内容もイメージしながら読んでいく注意を払うと効果的です。内容がイメージしにくいところは、文法か単語が難しいところのはずです。それに気づければ、試験で聞かれる部分というのも、分かってくるはずです。問題の予想も、そう難しいことではないのです。
小学生のとき、かけ算の九九をどのように覚えましたか。多くの人は呪文やお経のように唱えているうちに覚えたはずです。ということは、反復作業がいかに大切かが理解されるはずです。漢字の書き取り、数学や化学の計算、そういうものはすべて反復作業で定着されるはずです。そういう基本をバカにせずに行ってみましょう。
ポイント・2 ターゲットを見極める
さて基本は身に付いている人は、次のステップに進みましょう。基本なしにここへジャンプすると、分かったような気がして、試験になると対応できないことになりますから、注意してくださいね。
定期試験の場合、必ず試験範囲が決められますね。試験範囲が決まると言うことは、勉強のターゲットが決まることでもあります。それを意識して、勉強することで、効率的に問題解答にたどり着くはずです。
特に理系の科目は、そのターゲットの特定がさらに容易になる場合があります。公式などがある場合には、その公式はどういうものであるか、という本質を見極めて、どういう場合にその公式を利用するのかを常に意識しながら、勉強をすることです。何を、どのように使うのかという使い道を考えずに問題を解いても、解答にはたどり着きません。試験範囲が決まって、使うべき公式が決まっているなら、使い道さえ間違えなければ答えにたどり着くようにできています。数学や化学については、以上のことを強く意識して、勉強してみましょう。問題を解いて、答えにたどり着くことも大切ですが、苦手な人はそのプロセス、過程を丁寧にたどることです。どこか作業の部分でつまずいていることが多いはずです。答えが出るか、合っているかということだけに、発想が偏らないようにしましょう。苦手な人ほど、安易に答えにたどり着くことだけに偏りがちです。
世界史などの地歴科目は、暗記科目と言われますね。たしかに覚えないと使えないものが多いので、そう言われることは否定しないのですが、ただ覚えればいいというものでもないですね。意味もなく覚えても、試験では使えないですね。試験の後に、覚えたつもりだったという人がいます。その人などは、意味も考えずに、ただ機械的に頭に詰め込んだだけだから結果として使えないわけですね。せっかく覚えたものが試験で使えないとしたら、その作業そのものが無意味に思えますよね。やはり暗記物もターゲットを定める必要がありますね。どの時代にも、歴史はあるトピックスに向けて、結果として因果関係を持って語られることが多いですね。つまり数学や化学のように、解答というある一点に向かって進んでいるように思えない歴史的事実を、たとえば第二次世界大戦ならそこに向けて、どのような動きがあり、何が原因で、どのような結果になったのかという、ある意味では数学の証明のように解き明かしていくことで整理してみるといいでしょう。そうすれば覚えるべきものも、自分にとって必要なものとして頭に入るでしょう。ノートを整理することで、それが見えてくるものです。
ポイント・3 自分を知る
最後に改めて自分の得意不得意、好き嫌いを見極めて、勉強の対策をしましょう。結局はどの科目についても、ある程度の成果を上げようと思うならば、ある程度の持続力が必要となります。ところが数学ならどんなに問題を解いていても苦にならないけど、英語の勉強をしようと思った途端に手が動かなくなるなどという人がいますよね。その人の場合、勉強の順序、時間を工夫して、数学ばかりをやっていて、英語が間に合わなかった、中途半端になってしまったということのないようにする必要があります。時間を区切ってみたり、自分が集中できる時間帯を意識して、そこに苦手な科目を持ってきたりということです。それから放課後に教室に残って勉強をしようと呼びかけていますが、もちろん周りに人がいると気が散ってしまう人もいれば、反対に自分の部屋ではどうも誘惑が多すぎて、なかなか手に付かない人もいます。勉強の場というのも、能率を上げる一つの材料になるかもしれません。
以前から話しているように、私はラグビーの仲間たちに勉強を教えることで、試験対策としていました。歴史などはあらかじめ自分用にまとめたノートを作ることで、ターゲットを特定していましたし、理系の科目は使うべき公式などを見極め、応用問題を解説することで記述対策になっていました。それぞれにあったやり方があるはずです。それを探すことで、勉強を通して自分という人間を知り、深めることになります。試験の点数に気持ちが向かっていいのですが、その先で知らずに身につけるものも少なくないのです。

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2005/2/25
時間というもののとらえ方、考え方はいつでも、どこでも変わらないのかと考えたことはないでしょうか。以前、現代文の教科書でも時間について考えたことがありましたよね。何を中心に考えるかによって、時間のとらえ方は大きく異なるのだという意見がありました。ところが私たちの現実の生活というのは、私たちが物心付いたときには、時計というものに牛耳られていたと言えそうです。時計の刻む時間を気にせずにいた時期も確かにあるのですが、今のあなたはどうしても時計を気にせずにはいられないですよね。そうしないと基本的な生活習慣というものが、構築できないからです。ただ規則正しく生活しているかと問われると、おそらく中心となるべき時間(たとえば学校に登校する時間など)を除けば、食事の時間、起床・就寝時間などは案外、ばらついているかもしれません。特に若い頃は睡眠時間を削ってでも何かに取り組んでいることも少なくありませんから、どうしても校外での時間は不規則になりがちかもしれません。
私も横文字は苦手なので、あまり大きなことは言えないのですが、日本人の英語習得の壁の一つに時制の問題がありそうです。現在の日本語には、時制の感覚が希薄なのかもしれません。私たちが日常的に話し言葉としてやりとりをすることを、談話と言うのですが、談話のレベルでは時間の表現はその話の「場」に依存しています。そのために古典のレベルでは確かにあった完了、過去といった助動詞の使い分けが、いつの頃からか曖昧になってしまったのです。今の私たちに失われた感覚ですから、古典の助動詞の定着も悪いですし、現代語に直す場合にも訳し分けができないために、何がどのように違うのかについての理解も十分ではなくなりますね。そうなれば、なおさら英語などで時制の一致や、現在完了や過去完了の構文理解も難しくなりますよね。
古典を学ぶと、言葉を通して日本の文化が透けて見えてきます。時制の助動詞がどれほどあるかということは、時に関して今の私たちよりも繊細な感覚を持っていたと言えそうですね。過去の助動詞で二つ、完了の助動詞は存続の意味を含むものを合わせると四つもあり、それを場に合わせて使い分けていたのですから。今の私たちの日本語は、語尾のレベルでは過去も完了も判然としませんね。どちらか一方の意味しかない場合もありますし、過去の意味も完了の意味も持ち合わせている場合もあるのです。そういう部分を気にしなくなってから、日本人は言葉を、そして文化を大切にすることもなくしてしまったのかもしれません。言葉は私たちの文化、私たち自身を形作る基本骨格だと言えそうです。そこに目を向けず、私たちはどうやって私たち自身を完成させていくのでしょう。
「先」という言葉を辞書で引くと、相反する二つの意味が出てきます。「これからのこと」なのか、「これまでのこと」なのか、時間軸はこの言葉に象徴されるように、ある時期に考え方が逆転します。それは西欧からの文化流入が激しさを増した時期からだとされています。その時期に私たちの祖先たちは、それまで大切に育んできた何かを手放してしまったのかもしれません。古来、月を愛でる文化が、太陽暦の採用で夜から昼に目を転じてしまったように。気づけば、時間に関する様々な言葉をどこかに落としてきてしまったようです。かつては完了という瞬間の点に目を向けた助動詞と、完了という点から存続という線につなげる助動詞を使い分けていたということは、それを理解していたということです。今のあなたにそれを理解する、時間の感覚ありますか。見直してみましょう。

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2005/2/24
ラグビー部の佐橋君が総合2位に入りました。1年生マネの高田さんも上位に入りました。
さらに我がクラスは、男子が佐野君と臼井君、女子は若林さんが総合10位以内に入り、壇上で表彰を受けました。

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