イモリマスダの湘南小屋

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プロフィル

●釣歴:小学生〜39年: 前打・ウキ・投げ・餌・ルワー・船陸・投網・ワナ等何でもコイ! ●アウトドア歴:小学生〜39年: 野営・雪中野営・野宿・登山トレッキング・カヌー・イカダ・ヨット・ゲレンデスキー・山スキー・自然薯筍堀り・山菜野草採取栽培等 ●DIY趣味の大工仕事歴:中学生〜37年: 親爺が大工の棟梁(家業)だったので仕込まれた。 でも私は職人ではなく設計の道に進んだ。 しかし、職人の血が騒ぎ自ら作るのが大好き。 ●ボーイスカウト歴:小学生〜39年: 湘南地区藤沢エリアに関係している。 叔父がリーダーだったので子供の頃/小学生時に入団。 以後現在まで継続、RS後、CS・BS・SS隊の各副長。 藤沢8団でSS隊・VS隊の隊長が長く18年。 その後RS隊長・団委員長を経験。 日本ジャンボリー、世界ジャンボリーはスカウトでの参加。 ベンチャー大会では派遣指導者として参加。 BS湘南地区に関係。 第6回2004日本ベンチャー大会:6NVでは海のプログラム:ヨットセーリング・サーフィン等をプロデュース&総括。 各種インストラクターとしてスカウト活動支援指導。 鵠沼野営場管理担当幹事もやっています。

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ぺルテス病

私は、右股関節ぺルテス経験者です。完治だと(したらしいと?)自分では思っています。
私は、46年前東京オリンピックの頃、小学1年でぺルテス病になってしまいました。
テレビでオリンピックを見ながら、泣いていたことも記憶にあります。
発症当時はまだ、手術の方法が確立されてなく、り患3年後くらいに「手術という方法も可能になったけれど・・・どうする」
という話が、お医者の先生からあったことを覚えています。手術はしませんでした。
この病院では、私の他にぺルテス患者は2名おりました。

小学生当時、一番心強かった言葉・記憶に残っている言葉は、「この子は絶対に治る。」と、大勢の親戚が集まった前で私に言ってくれた叔母の言葉でした。
両親の言葉からも元気つけられてはいましたが、第三者の口から聞いたその言葉が一番勇気つけられました。
私は何か不安になると叔母のこの言葉を思い出し「必ず僕は治る」と信じて過ごしていました。


初期2か月入院かつギブス固定、激しい運動禁止・体育授業禁止・見学が小学1年〜6年まで。
小学校での遠足は、6年間一度も参加できず心臓系疾患の同年の女の子と一緒に学校の図書館で過ごしていました。
でも、小学4・5年くらいからは、隠れて遊び運動もしていました・・・親に見つかるとものスゴク怒られました。

中学1年〜中学3年までは、継続運動部活クラブ活動の禁止、体育授業はOK・通常運動と走ることもOKの3年間。
定期的な通院&毎月1回はレントゲンを撮っていました。
中学1年で、病気のことを隠してサッカー部に入部、1週間で病気のことが学校の先生たちに発覚、サッカー部を強制退部させられました。
しかし、通常の生活と運動は大丈夫なくらい回復していました。

ぺルテスが治まった感じの高校時代:お医者先生に許可をいただきハンドボール部に入部。
レギュラーになって嬉しかった試合中、右肩鎖骨骨折を続けて2回ほど・・・やってしまっています。
ユニホームのまま、ぺルテスで通い慣れた同じ病院に直行しました。
最初の骨折が治って安心した1か月後、続けて同じ個所の鎖骨骨折。
2回目骨折も、同じお医者さんでありましたから、呆れられました。
大変悲観しましたが、何とか元通り普通になりました。

30歳代になって、スキー滑降で右膝靱帯損傷もやってしまっています。
この時も、診療中に整形外科の先生とぺルテスのことを雑談したりしていました。
靭帯損傷では、2か月以上松葉杖使っていました。両足で走れるようになったのが、6か月後でした。
30代からのぎっくり腰・腰痛は右側のみで現在も継続中です。

私の体の損傷は全て右側、多分、右股関節ぺルテス病の影響だと思います。
左足と左腰を軸足にして右側の足腰股関節を守る・庇う癖がついてしまい、左側が強化され、右側は極端に弱いせいだと思っています。
左の足と腰の方が太いし、左足の方が3cmくらい長いですが、普通に歩け走れます。
ジャンプする場合は、長い間ずーっと左足側のみです。
おかげで、高校時代では走り幅跳びは得意種目になりましたし、跳躍滞空時間が人よりも長いみたいです。

右足で踏ん張ることを、今でも無意識のうちに避けています。
それに、右股関節を大きく開くことができないので、座禅・アグラができないのです。
正座しかできません。しびれには強くなりました。
16歳のころから今まで36年間は、普通に動け痛みもありません。
しかし、何らかの後遺症が老年になって発症してくるかもしれないですが、色々な経験を経たことで、多分気楽に乗り越えられると思っています。



り患当初の頃から2年間くらいは、とても不安でした。
痛みも薄れ、両足で歩けるようになると気が楽になりました。
投稿者:imorimasuda
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