イモリマスダの湘南小屋

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プロフィル

●釣歴:小学生〜39年: 前打・ウキ・投げ・餌・ルワー・船陸・投網・ワナ等何でもコイ! ●アウトドア歴:小学生〜39年: 野営・雪中野営・野宿・登山トレッキング・カヌー・イカダ・ヨット・ゲレンデスキー・山スキー・自然薯筍堀り・山菜野草採取栽培等 ●DIY趣味の大工仕事歴:中学生〜37年: 親爺が大工の棟梁(家業)だったので仕込まれた。 でも私は職人ではなく設計の道に進んだ。 しかし、職人の血が騒ぎ自ら作るのが大好き。 ●ボーイスカウト歴:小学生〜39年: 湘南地区藤沢エリアに関係している。 叔父がリーダーだったので子供の頃/小学生時に入団。 以後現在まで継続、RS後、CS・BS・SS隊の各副長。 藤沢8団でSS隊・VS隊の隊長が長く18年。 その後RS隊長・団委員長を経験。 日本ジャンボリー、世界ジャンボリーはスカウトでの参加。 ベンチャー大会では派遣指導者として参加。 BS湘南地区に関係。 第6回2004日本ベンチャー大会:6NVでは海のプログラム:ヨットセーリング・サーフィン等をプロデュース&総括。 各種インストラクターとしてスカウト活動支援指導。 鵠沼野営場管理担当幹事もやっています。

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懐かしいことを思い出させてくれた

某m○○iのコミュニティにボーイスカウト関連:ジャンボリーの思い出というものがあった。
そこに書かれている内容を読んだところ、懐かしい思い出・強烈な記憶が蘇ってきた。

そのコミュに書き込んだことを、自分のBLGにも、補足追加をして記載しておくことにした。


1971年第13回世界ジャンボリー・朝霧高原:今から36年前のBS隊・中学3年生で参加した時のこと。
日本で実施した世界大会なので一応日本派遣隊という名称でもあった。


当時としては、滅多に無いことでありましたが、富士山に台風が直撃し停滞、当初の暴風雨は避難せずに乗り切った後の深夜、再び豪雨が・・・朝霧高原は湖状況:窪地は川のようになりました。
自衛隊と米軍のトラックに押し込まれ、着の身着のまま、自衛隊毛布を配給され真夜中に避難せざるを得なかったことです。

そのトラックには、アメリカとオーストラリアのスカウトたちも一緒に乗っていました。
トラックでどこかの暗くて広い倉庫のような場所に運ばれて、人数名簿確認された後、今度は緊急避難手配されてたバスに乗り、夜明け前に富士宮の体育館まで連れていかれました。全員、連行された捕虜みたいなみすぼらしい格好だったと思います。何しろ、日本のスカウトは全員半ズボンにランニングシャツで裸足で靴を履いた格好でした。まだTシャツなんか入手できない時代でしたから・・・
アメリカのスカウトはTシャツを着ていましたが・・・
このバスではフランスのスカウトたちと同席し運ばれ、体育館に収容されました。

私が所属した室町33隊では、シニアスカウト・ローバースカウト・隊長・副長補の人達はサイトに残っていましたが、ボーイ年代と引率の副長が一緒に避難しました。

深夜、寝ていたら、寝返りをうった際、手と顔がピチャピチャします。
エアマット面スレスレまで水が流れていました。

大量の水がサイト全体を覆い流れ、浅いところで20cmくらいの深さがあり、食堂マーキーの下土面は水面になってしまい靴がプカプカ浮いていました。
窪地が川に変貌、上流からは他隊の装備が流れてきました。
上流側隣サイトのアメリカ隊個人装備・荷物を流れの中から回収したりしました。


暴風雨・台風時でも避難しなかった英国派遣隊の逸話は、この13回世界ジャンボリー時13WJのことが最初であったような記憶があります。
それ以来、英国派遣隊はよほどのことが無い限り避難しないスピリッツとなっているのではないでしょうか。

13WJのレポートの詳しい報告は、以下↓のHPにあります。
http://www.biwa.ne.jp/~kobataka/scout/13wj/mail/index.htm
*このHPからの抜粋ですが・・・

1971年8月7日には、皇太子夫妻の会場訪問の際、暴風雨時も避難せずに、頑張り通したイギリス隊や韓国隊などが、足元がぬかるむ中、ご訪問を受け、話題となりました。
新聞によると、「イギリス隊は、暴風雨の中、イギリス本部より、激励電文を受け取った。そこには、ベーデン・パウエル卿の名言の一部が加えられていたという。」

天気のいい日にはだれでもキャンプはできる。
 悪天候のとき、気持ちよくキャンプすることこそ真のスカウト

という逸話です。




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閉会式のアリーナ遠景とSAYONAの文字が浮かび上がった写真。
昔だから白黒写真があるわけ。



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上の写真は、隣のアメリカ隊がインディアンに扮するイベント時、衣装を露天でパンツ丸出しで着替えている時のもの。
ふんどしみたいな格好を平気で人目にさらしていたので、不思議そうなカブスカウトたちの視線と・・・恥ずかしそうにみている右側の女の子の視線にもご注目ください。
下の写真は、暴風雨が去って避難所から帰ってきた日の笠のかかった富士山。
ボロテントの脇には、泥だらけになった色々な物が干してある。



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上の写真は、私達の所属隊「室町第33隊」
各SHQには日本の歴史:各時代の名前が付けられていた。
下の写真は、隣のアメリカ隊と仲が良かったので最後に一緒に撮影したもの
(嵐の中、上流から流れてくる彼らの装備を必死に回収したので、下流側のサイトの私達と特別に仲が良くなった)



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私達の班の写真。
後ろに立っているヤツは後に、GKSI大学卒業後「春風亭小朝師匠」のマネージャーになった。(ドジばかりで小朝師匠に呆れられ、テレビ番組にも師匠から突然呼ばれて出てきて顔を出したからわかった。)

前列に座っている笑顔の眩しいヤツは、中学卒後・高校に通いながら、あの有名な「ジャニーズ事務所」(郷ひろみさんたちと同時代の頃)に所属していた。
ジャニーズに行きますから、スカウト活動に出るのが難しので休隊したいと、当時言っていた。テレビの若手歌番組:バックダンサーのようなシーンに度々出ていた。

まあ、私も2003年にテレ朝の「タモリ倶楽部」に出演したから、この班員の内3名がテレビ出演経験がある・・・珍しい確率だと思う。



↓上記の写真他が18枚だけあります。
http://www.photohighway.co.jp/tp/25_f.asp?key=2093827&un=164626&m=0&pa=&Type=25
投稿者:imori masuda takao

私の場合、土筆は花粉症に効いた〜

つくし飴は舐めていませんが・・・

良質の太くて胞子が詰まっている頭の土筆料理を、1日1回小皿1枚づつ、5日間食い続けました。
私には効果があるようです。

今年は「土筆が枯れるまで採取し食い続けるぞ!」と・・・強く思っています。


ただし、私には効きましたが〜〜

   他の人にはどうか?
         
         わかりませんが・・・
投稿者:imori masuda takao
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