追悼碑のある庭のお隣の家を「ほうせんかの家」と名づけ開放しています。  ● 毎週土曜日  13時から17時まで。  ● 順次、お料理を作ったり、映画をみたり、イベントを組みます。参加をお待ちしています。  訪問される方は、当ブログの予定をチェックして、来てください。 尚、日程が合わない方は、事前に申し込んでみて下さい。誰かが、あなたの都合に合わせれるかもしれません。  お待ちしています。   ===⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒   .   .   .   .   .   .   .   .   . 「関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘し追悼する会」のホームページも 参照下さい 「追悼する会の来歴など」や、「震災時の事件について」詳しく、わかり易く紹介させて頂いています。是非、立ち寄ってみてください https://housenka.jimdo.com

2015/1/1

あけましておめでとうございます。  つぶやき

ほうせんか訪問の皆さま
新年 明けましておめでとうございます。

2015年の始まりをいかがお過ごしでしょうか。


 2014年当会は91周年追悼式を無事に終え、ヘイトな社会に負けぬよう、いやいや、ヘイトを一掃すべく、2015年を迎えます。
 一つ、大きな変化がありました。追悼碑のお隣に住んでいました西崎が 引っ越しました。
遠くに行っても、碑を守るため日参して下さるようです。
今後、お隣の管理棟をどう運営するのか・・・相談してまいります。勿論、意見があったらお寄せください。
 追悼碑は相変わらず、街中で地域の方がたに愛され守られています。
良い形を、重ねられるように致します。

写真は 我が家のベェランダからの日の出朝日
特別 いい写真ではありませんが、写真の左方面に追悼碑があるのです。
朝、窓を開け 陽光を浴びながら 「今日も元気で楽しもう」と、思うのです。


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皆さまにとって、本年もすてきな年でありますようにヒツジヒツジヒツジ
みんみん
1

2014/11/6

参加者からのつぶやきです。  つぶやき

毎年、追悼式でプンムルをしてくださる方のお一人から、労学舎の「活き生き通信」へ投稿したものを送って下さりました。
 温かな気持ちを頂きました。
 いつだったか、仲間に言った自身の言葉を思い出します。
 「すてきな仲間に出会えるから、私はこうして、アチコチ出向いているのかもしれない。」

 全文をここに紹介します。


 去る9月6日,京成線八広駅近くの荒川土手で,『関東大震災91周年、韓国・朝鮮人犠牲者追悼式』が開かれました。今年で33回目になります。土手のふもとには、社団法人『ほうせんか』の人びとの尽力で、2009年9月に追悼碑が建立されました。この碑文には、誰が韓国・朝鮮人を殺したのかが記されています。被害を悼む碑はありますが、事件の原因に踏み込んだ、最初の碑です。
 91年前この八広の町は、荒川放水路の工事と、近くの町工場で働く朝鮮人労働者が、たくさん住んでいました。大震災の火の手が浅草そして押上から八広に迫りました。多くの避難民が荒川を越そうと、四ツ木橋に集中しました。その混乱状態の中で事件が起きました。
 「朝鮮人が襲ってくる」と憲兵や警官がふれ回りました。そして根も葉もない流言が飛び交いました。「朝鮮人が火をつけている」「井戸に毒を入れた」「爆弾を投げている」などと。9月1日の夜には日本刀や竹やりを持ち、恐怖にかられた日本人が自警団をつくりました。さらには軍隊が出動し荒川土手に機関銃を据え、連行してきた朝鮮人を撃ち殺しました。殺された朝鮮人は河川敷に埋められました。おぞましいこの歴史を私は『関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘し追悼する会』と、『ほうせんか』の調査報告から学びました。何年もかけた生存者の方々からの聞き書きです。
 
 この追悼式で風物(プンムル)という韓国・朝鮮の農村に伝わる祭囃子を、私たち『プンムルペウリト』は演奏します。かれこれ20年くらいになります。韓国・朝鮮の太鼓が好きで、どこからともなく集まった在日韓国人・ニューカマーの韓国人・日本人の仲間が『ウリト』です。河原で演奏を始めると、大きな踊りの輪ができます。沖縄のエイサーのようなものです。その輪に入るのを尻込みしているひとも、体は動いていたりします。演奏して嬉しかったのは、(遺族の)ハルモニが車椅子から立ちあがり踊りだしてしまったことです。みんな心配しながら微笑んでいました。
  
 李政美さん作詞・作曲の『京成線』は
《重くよどんだ川の水に
 四両の短い影映しながら 
 今日も走るよ京成線
 低い鉄橋のその下には 
 埋もれたままの悲しみ眠る》
 と始まります。 
 京成線は大震災の2か月前に開業しました。
 その4年前が三・一独立運動。「独立万歳」の叫びは朝鮮全土に広がりました。「独立万歳」を叫ぶ朝鮮人を、「不逞鮮人」と犯罪者扱いにした日本。大辞林によれば、「不逞」とは勝手に振る舞うこと。道義に従わないこととあります。よその国へ行って勝手に振る舞い侵略し、道義に従わないのは誰なのでしょうか。
 
 第二次安倍内閣がスタートした2012年頃から、新大久保で大阪の鶴橋で、「不逞鮮人を殺せ」とヘイトスピーチの一団が現れました。これが安倍首相の「日本を取り戻す」「日本が動き始めた」幕開けだったのででしょうか。ヘイトの一団は、知らないからそんなことがいえるのです。 
 私たちはもっと知らせましょう。私が『ほうせんか』の人びとに伝えてもらったように。ちょっと強めな私の決意は、「もう騙されないぞ」「騙させないぞ」70歳まで3年弱の私。勉強します。
 李政美さんの『京成線』はこう結びます。
 《顔も知らない、ハルモニ・ハラボジ
  いくつものアリラン峠越えて
  辿り着いたこの町
  京成線に乗って帰ろう
  この町もまたふるさと》
 反ヘイトスピーチの友だちは『仲よくしようぜ』のプラカードを高く掲げています。となりで私たちは風物を奏でています。   (10・12 東京 鈴木英雄)
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タグ: 追悼する心

2014/9/14

福島にさく ほうせんか  つぶやき

昨年、初参加の追悼式で貰った種から ほうせんかが咲いたよ〜〜〜のお便り。
今年も 追悼式に駆けつけて、おまけに チャンゴを叩きプンムルしてくださったAさんです。

避難先で 少しは憩いの足しになったのでしょうか…

写真のお便り ありがとうございます。

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