追悼碑のある庭のお隣の家を「ほうせんかの家」と名づけ開放しています。  ● 毎週土曜日  13時から17時まで。  ● 順次、お料理を作ったり、映画をみたり、イベントを組みます。参加をお待ちしています。  訪問される方は、当ブログの予定をチェックして、来てください。 尚、日程が合わない方は、事前に申し込んでみて下さい。誰かが、あなたの都合に合わせれるかもしれません。  お待ちしています。   ===⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒   .   .   .   .   .   .   .   .   . 「関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘し追悼する会」のホームページも 参照下さい 「追悼する会の来歴など」や、「震災時の事件について」詳しく、わかり易く紹介させて頂いています。是非、立ち寄ってみてください https://housenka.jimdo.com

2020/8/5

横網町公園での追悼式の件  関東大震災韓国・朝鮮人追悼

報告2点

㈠ 都立横網町公園での
「関東大震災朝鮮人犠牲者 追悼式典」開催許可
 9月1日例年通り開催・しかし、コロナ対策で縮小です。
 当日、式典への一般参加中止されました。ネットで中継されます。


㈡ 東京都総務局人権部が「東京都のいわゆるオリンピック条例」に基づき「そよ風が主催する集会の発言をヘイト認定」しました。 


以下、
 @共同通信の角南圭祐氏の記事から、転載報告
   
 A追悼式典実行委員会が声明を発表しました。当日の式典のネッ配信の閲覧方法も掲載

@朝鮮人追悼式、一転許可へ 

 東京都、批判受け調整 
 東京都が関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式を主催する団体に対し、会場となる都立公園の使用を今年に限って許可せず、批判を受けていた問題で、都は3日、例年通り許可を出す方向で調整していることを明らかにした。主催団体は「さまざまな抗議の声が上がった成果だ」と評価。新型コロナウイルス対策として規模を縮小した上で、予定通り9月1日に実施する予定だ。

 日朝協会東京都連合会などの実行委員会は、虐殺された朝鮮人の追悼式を都立横網町公園で毎年実施。2017年からは保守系団体が公園内のすぐ近くで別の行事を開くようになり、実行委は「虚偽の主張とヘイトスピーチで追悼式が妨害されている」と訴えていた。
 これに対し、都はトラブルが起きていると判断。双方の団体に「公園管理上支障となる行為は行わない」とする誓約書を書かなければ今年は使用申請を受理しないと要求した。実行委が反発し、知識人100人以上が連名で誓約書撤回と使用許可を求める声明を出したほか、3万人の署名も集まった。

 都は一方で、この保守系団体の昨年の行事での発言についてヘイトスピーチだとする都民からの通報を受け、条例に基づき審査。「犯人は不逞朝鮮人だったのです」などの言動をヘイトと認定、今月3日に公表した。「別の集会に挑発的意図をもって発せられた差別的言動に該当する」としている。

 都公園緑地部の樽見憲介担当課長は取材に「実行委と協議し、ルールを守って平穏に実施する意思を確認できたので誓約書は求めない」と述べた。保守系団体にも誓約書を求めないという。



A2020年8月3日

9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会
実行委員長 宮 川 泰 彦


■東京都がついに「誓約書提出を求めない」と明言

7月29日、9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会(以下、当実行委)と東京都建設局の交渉が行われました。建設局はこの場で、「誓約書提出を求めない」と明言し、その日のうちに申請を受理しました。昨年12月以来の「誓約書」問題に一定の区切りがついたのです。これにより、今年の式典が無事に執り行われることとなりました。

建設局は昨年12月、2020年の追悼式典に向けた占用許可申請に対して、「横網町公園において9月1日に集会を開催する場合の占用許可条件について」と題する文書を当実行委に提示し、「公園管理上支障となる行為は行わない」「(集会で使う拡声器は)当該参加者に聞こえるための必要最小限の音量とすること」などの条件の順守を求めました。問題なのは、これらを守れない場合は「次年度以降、公園地の占用が許可されない場合があることに異存ありません」との誓約を求めてきたことです。

その背景には、この3年間、同じ横網町公園内で、追悼式典と同日同時刻に意図的にぶつけるかたちで右翼団体「そよ風」主催の集会が行われていることがあります。彼らは「不逞朝鮮人が震災に乗じて凶悪犯罪を行ったのが真相」などと虚偽の主張とヘイトスピーチを叫び、拡声器を追悼式典に向けて放送するなどの妨害を行っています。これによって「慰霊の公園」である横網町公園の静穏が破られてきました。建設局の「誓約書」要請が、この集会と追悼式典の双方を同列に規制することでこうした「トラブル」を回避しようと考えたものであることは間違いありません。しかし、ヘイトスピーチなどの問題を起こしている集会と何の瑕疵もない追悼式典を同列に規制することを公正と呼ぶことはできません。

そのため当実行委はこの要請を認めず、5月18日には撤回を求めて声明を発表しました(注)。その反響は大きく、ネット署名を呼び掛ける人々が現れて「誓約要請撤回」を求めて3万人を集めたほか、知識人127人と1団体が賛同する共同声明、自由法曹団東京支部による声明、そして東京弁護士会の会長声明が発せられるなど、様々な抗議の声が上がりました。この他にも、建設局や総務局人権部に抗議の声を届けた方は少なくないようです。

今回の「誓約書」要請の取り下げは、私たちの呼びかけに応えて様々な立場から抗議の声を上げ、奔走して下さった多くの方々の努力の成果です。心より厚くお礼を申し上げます。

また建設局は同日、10項目からなる、横網町公園使用に当たっての「注意事項」を示しました。内容はごく常識的なものであり、建設局は「追悼式典は例年通りに行うことができる」と明言しています。

この「注意事項」には「ヘイトスピーチ解消法の趣旨を踏まえ、いかなる差別的言動もしないこと」との項目もあり、これについては高く評価します。ただし、同法と東京都人権尊重条例によれば、建設局と総務局人権部には、公共施設である横網町公園において差別的言動をさせないように対処する責務があるはずです。集会主催者に注意するだけでなく、東京都が「慰霊の公園」における差別的言動を確実に防ぐため、実効ある取り組みを行うことを求めたいと思います。

■今年の追悼式典は一般参加なしのインターネット中継に

新型コロナウイルス感染拡大の勢いは今のところ収まる気配はなく、すべての行事において、感染防止対策が最大の課題となっています。当実行委では議論の結果、今年の式典行事については例年どおりに行いつつ、一般参加者の参加はご遠慮いただくこととしました。追悼の場を守るために声を上げて下さった方々、追悼碑の前で犠牲者に手を合わせたいという思いでいらっしゃる方々に対し、こうしたお願いをするのは心苦しい限りですが、何卒ご諒解ください。

ただし、今年の追悼式典は、集会などのインターネット中継の経験が豊富なIWJ(Independent Web Journal)のご協力をいただいてネット中継します。全国の皆さんに、PCやスマホでのご視聴を通して、追悼の場へのご参加としていただければ幸いです。録画番組も公開しますので、リアルタイムでご視聴できない方はそちらをご視聴ください。

チャンネルは以下の通りです。

9月1日(火)午前11時から1時間強。youtubeチャンネル「Movie Iwj」にて。
https://www.youtube.com/user/IWJMovie/videos?shelf_id=4&view=2&sort=dd&live_view=501 
(yahooやgoogleで「Movie Iwj」と検索すればアクセス可能)


3年後の2023年には、関東大震災100年、朝鮮人犠牲者追悼碑建立から50年を迎えます。虐殺犠牲者への追悼を捧げ、民族差別による暴力を「繰り返しはせぬ」と誓う場である朝鮮人犠牲者追悼式典と追悼碑を、今後とも幅広い人々と共に守っていきたいと考えます。引き続き、多くの皆さんのご支援、ご協力を訴えます。


→「女性団体そよ風」のホームページからも、確認できますよ。

以上
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2020/8/1

ある3世の独白  朝鮮人の体験記

この欄に2018年10月に掲載した記事を新たに紹介します。


友人から、紹介された記事を掲載します。
現代ビジネス 2016.9.2
ジャーナリスト新垣洋氏の記事です。
と、古いものですが、あの地震の直後の様子を知る為に、あるおじいさんの体験を紹介します。

ある在日3世の独白「私はなぜ、遠藤姓を名乗るのか」 関東大震災。こんな日本人がいた(現代ビジネス 2016.09.02)


新垣 洋 ジャーナリスト 


■「いつか話さなければならないと思っていた」

京都市伏見区に住む遠藤道雄さん(68)。本名は朴龍基。在日朝鮮人3世だが、ふだんは通名の「遠藤」を名乗って生活している。在日コリアンの歴史を少しでも知る読者なら、遠藤という通名が他にはない珍しい名であることに気づくはずだ。 
なぜ「遠藤」なのか。遠藤さんがその名の由来を知ったのは高校生の時、親戚が集まる法事の席だった。何とはなしに「なんでうちの通名は遠藤なのか?」という話題になったという。

すると叔父(遠藤さんの父親の弟)が、やおら神妙な面持ちになった。

「いつかお前たちにも話さなければならないと思っていた。今から話す内容は、お前たちの子どもの代にも伝えてくれ。その次の代にも伝わるように……」

叔父は、その約40年前に関東地方で大地震が起きたこと、地震後の混乱のなか、自分たちの父親、朴栄業がいかにして生きのびたのか、とつとつと話しはじめた――。

1923年9月1日の午前11時58分、関東一帯に激震が走った。関東大震災だ。約190万人が被災し、10万5000人あまりが死亡もしくは行方不明となる。

そして、今に語り継がれる局面が出現した。

「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「朝鮮人が暴動を起こしている」といった流言飛語がとびかい、それをうけ、各地で治安維持という大義の下、自警団が結成されはじめたのだ。道行く朝鮮人を捕まえては暴行し、虐殺した。


朝鮮人コミュニティでも「同胞が殺されている」という情報が行き交う。戦慄が走った朝鮮人のなかに、朴栄業がいた。日本の植民地下にあった朝鮮では仕事が得られず、生きる糧を求めて日本に渡って来ていたのだ。

朴栄業は、災禍のなか弟とともに命からがら逃げまどったという。どこまで逃げたのか、どこに行き着いたのか、それすら記憶にないほど無我夢中になって走った。記憶にあるのは、あたりが農村風景だったということだけだ。

精も根も尽き果て、弟とふたりで草の茂みに隠れていた時だった。一人の男が近づいてきた。ふたりを見つけ、言った。

「お前ら、朝鮮人か」

■「その名前では危ない」

栄業は「もうダメだ、殺される」と観念したという。ところがその男は危害を加えるどころか、食べ物を与えてくれ、地震後の混乱が鎮まるまでのあいだ家の中にいるよう言ってくれた。その男が「遠藤さん」だった。

数ヵ月が経過し、まちの殺気だった空気がゆるみはじめる。兄弟が辞去しようとすると、遠藤さんはこう言った。

「その名前では危ない。もし誰かに名前を聞かれたら、遠藤と答えればいい」

朴栄業はその後、「遠藤」として生きのびた。しばらくたった後、ふたりは命の恩人である「遠藤さん」の家をずいぶんと探し回ったそうだ。しかし見つからなかった。錯乱状態の中でたどりついた農村の正確な位置だけに、まったく思い出せなかったのだ。

それでも恩義を忘れたくはなかったのだろう、日本社会で生きてゆくために在日朝鮮人が用いる通名として、朴栄業は「遠藤」と名乗ることを決める――。

法事の席で叔父が披瀝した話を、高校生だった遠藤道雄さんは食い入るように聞いた。あるいはそれは「そんな人もおったんや」と自分を言いなだめるためだったかもしれない。

■「いつか殺してやる」

遠藤道雄さんは1948年、京都の遊郭街「島原」のどまんなかにある小さな木造家屋で生を受けた。今は観光地として栄える京都駅周辺の道から一本裏通りに入ったところにある島原の入り口には、かつての遊郭街の面影をのこす門が現在も残っている。

京都の在日コミュニティといえば、2005年にヒットした映画『パッチギ』を思い浮かべる人もいるかもしれない。地元の朝鮮高校に通うリ・アンソン(高岡蒼佑)や妹のリ・キョンジャ(沢尻エリカ)、アンソンの親友モトキ・バンホー(波岡一喜)、アンソンの弟分チェドキ (尾上寛之)らが日本の高校生らとの激しいケンカや、国籍を超えた恋愛、深い友情を織りなす青春映画だった。

映画では、アンソンたちが在日コミュニティのなかで貧しくも暖かみのある、相互扶助の精神が息づく世界で育っていることが読み取れる。時に結束し、団結し、みんなでパッチギ(乗り越える)することができている。

しかし、遠藤さんの境遇はちょっと違った。

「周りに朝鮮人がたくさんおれば助け合えたかもしれん。結束して立ち向かうこともできたかもしれん。でもここに朝鮮人はほとんどおらんかった。だから小学校ではさんざんいじめられた。“チョーセンチョーセン”とよってたかって言われ、担任の先生までわけもなく“チョーセン! お前は立っとけ!”と言うてくる始末やった。ほんま悔しかった。あれは忘れられん」

在日コリアンが一つの場所に集まり、集落を形成するケースが多かったのは、ひとえに生き抜くためだったと言える。

遠藤さんを人間不審に陥らせたのは学校だけではなかった。

「オヤジはまったく稼ぐことをせずケンカ、バクチ、女に明け暮れる極道モンやった。島原の暴れん坊と言われとってな、しょっちゅうヤクザとケンカしては血だらけになって帰ってきよった。

いつも近所の遊郭にいりびたっていて、呼びに行くのがおれの役目。店の外に出て来た綺麗なお姉さんに『お母さんが呼んでいます。父はいますか?』と告げると、格子の奥から『やかましい!』と怒鳴り声がかえってきた」

家の中でも“暴れん坊”だったのか?

「そうや。酷いものやった。おれの母親、自分の妻を、血だらけになるまで殴り続けるんや。おれが止めようとすると、七輪の上で沸々とわいてる熱湯を、やかんごと投げてきよった……。この男はいつか殺す、いつか殺してやると、何度思ったかわからん」

遠藤さんが見てきた世界は、「パッチギ」というより、在日の作家・梁石日が書いた小説『血と骨』のそれだろう。舞台は1930年代、朝鮮半島から日本にわたった主人公・金俊平は、極端に自己中心的で、妻子をよく殴り、次々に新しい女をつくり、その女をもよく殴った。

なにごとも暴力にものを言わせる凶暴さからヤクザにも畏れられた。梁石日が実父をモデルにした人物だが、筆者は遠藤さん父親の話を聞きながら、金俊平を思わずにはいられなかった。

遠藤さんは言う。

「在日の世界にああいう光景は珍しくなかった。自分たちの恥部だと、どこかで自覚してるから人前では、とくに日本人の前では、ようは言わんけどな」

社会の裏側で生きざるをえなかった人々の、偽らざる実相かもしれない。

■「遠藤」という名を誇りに思っとる

遠藤さんは、「遠藤という名を誇りに思っとる」という。

「こういう日本人がおったんや、ということを知らしめてやりたい」

混乱状態の中で朝鮮人を虐殺した日本人もいれば、助けてくれた日本人もいる。恩人のお陰でつながった命を、「ケンカ、バクチ、女」遊びに費やした極道モンもいる。

「人間は多面的な存在や。だから面白い。そういう多面性が見えていれば、ヘイトスピーチなんか恥ずかしくてできんはずや」

筆者には「遠藤という名前を大事にする、こんな在日朝鮮人もおるんやで」ということを知らしめたい、そう言っているように聞こえた。






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2020/7/26

続・会報。会員からのメッセージ紹介  関東大震災韓国・朝鮮人追悼



前号で振込用紙を同封させていただいたところ、2ヶ月の間になんと150人を超える方から、会報・購読料・カンパが寄せられました!
ありがとうございます。メッセージにも、励まされます。一部ご紹介します。

・3月にはじめて「ほうせんかの家」を訪ねました。展示が充実していて、ミニミュージアムでした。今度は友人を誘って、訪ねたいと思います。葛飾・Sさん
・多摩川河口まで13km、「自粛休校」中に歩きました。砂利採出と朝鮮人労働者のことも学びました。川崎市・Kさん
・昨年の追悼式には、長鼓をもって参加することができ、良い時間が過ごせました。揺るぎない信念のもと、真実を伝えることを継続していることに敬意を表します。府中市・Kさん
・コロナの「自粛警察」がいつ、他民族排外へ向くかわかりません。ヘイトへのカウンターや震災追悼式は、今までになく重要ですね。歴史を繰り返さないため、たたかいを継続しましょう。横浜市・Tさん
・いつも会報をお送り下さいまして、有難当ございます。益々活動の輪が広がっているご様子に触れ、本当にうれしく存じております。心ばかりですが、何かにお役に立てば有り難く存じます。墨田区・Iさん
・こつこつと積み重ねて活動されている姿。私も頑張ろうと思わせてもらいます。横浜市・Kさん
・川崎でヘイトに反対する活動をしています。本年7月より差別反対・人権条例が全面施行されます。条例ができたからといって、差別排外がなくなる訳ではありません。条例制定への活動の成果を更に強化していく決意です。川崎市・Sさん
・貧者の一灯というか、山椒の一粒ですが、紙代・カンパでよろしく願います。どうぞ皆様、お元気に身体に気をつけて暮らしてください。西東京市・Dさん
・ほうせんかの家にいつか行ってみたいです。去年水道橋の韓国YMCAではじめて貴会を知りました。37年も続けていらっしゃるのですか。西宮市・Uさん
・金村詩恩(かねむらしおん)さんの本に、小池都知事が追悼文を送らないとしたことについて、「朝鮮人虐殺の追悼式典に追悼文を送ることは、震災のときでもマイノリティの生命を守るという意思表示ではないか」と書いていました。さいたま市・Kさん
・あれもこれも中止になる中、9月5日の追悼式は絶対やりましょう。皆様もお身体お大事に、元気で頑張ってください。江東区・Oさん
・毎号会報から学ばせていただいています。ありがとうございます。今回紹介されている雑誌『坑路』は創刊号から購読しています。とても読みごたえがあるので、多くの人に購読してほしいです。富士見市・MさんKさん
・9月5日追悼式、無事に行えると良いですね。ご自愛下さい。四街道市・Oさん
・鄭千代さんの記事で、史料の読み方を改めて学びました。カムサハムニダ(原文は、ハングル)。世田谷区・Oさん
・少額ですが皆様のご奉仕の役に立てれば幸いです。歴史を正しく伝えるためにも、頑張ってください。江東区・在日人Jさん
・追悼式が行われることを願っています。台東区・Kさん
・活動に賛同し、僅かですがカンパさせていただきます。昨年慰霊祭に参加しました。今年も行きたいと思っています。小金井市・Iさん
・5月末、やっと田植えを終えました。皆様方の通信は、マスコミでは伝えないので、私にはありがたいです。新庄市・Iさん  

紙面の関係で、紹介できなかったメッセージもたくさんでした。
ありがたい言葉たちに励まされます。
ありがとうございました。

以上。


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