2006/6/24

真実はあまりにありすぎて実際には「どこにも無い」のかも  しばいデイズ


相変わらず、「TAKE OFF」のレポ作成中で、
ときどき、参考にするため他の方のブログとかも読み漁ったりしています。

う〜ん。
ラーメンズにしろ、THE PLAN9にしろ、明確な理由や説明を求めたがる人が多いのは仕方ないんでしょうか?
私も含めて、「答え」を欲しがっている人が多いような気がします。
でも、「答え」を求める半面で私には、「答え」が本当に存在するのか、よく判りません。

人の気持ちなんて、あやふやで簡単に説明できるものではないですし、結局のところ他人のことは愚か自分のことだって判りません。
やってしまったことを「どうしてやったか?」と、訊かれたって、理由は1つではないし、説明するとなると、適当に見繕って相手に説明するしかないような?
目に見えるものだって、360度全ての角度から見えているわけでもないし。
舞台のある行動に明確な理由付けをすることって、本当に可能なんですか?
動機が1つだけなら簡単ですが、動機だっていろいろなものが絡み合って「これだ!」って答えは本人だって判らないのでは?
そもそも、深く考えないで、書いている場合だってありえます。
「この程度かな?」ぐらいの理由で書いていても不思議ではなりません。

特に舞台は、台本上書き足りない部分があるのは仕方ないし、そこは観た人が勝手に補うしかなくてそれを説明不足と云ってしまったら何もかも説明不足のような?
書いた本人が本当に納得できるような説明ができるのかそれすら怪しいような気がします。
見ているほうとしては確かに明確な理由や動機が判らないのは気持ち悪いけど、「判る」って思ったところで、勝手にこちらが「これが答えだ。」と思い込んでいるだけだし、それは思い込みに過ぎないということも頭の隅においておかなくては危ない。危ない。
結局のところ、「答え」はそれぞれ一人一人の観客の中にしか存在しないのかも。

だからレポに感想を書くのは、本当に難しいです。
この解釈は、私の解釈に過ぎなくて
これは私の「答え」だけど、決して作者を含め他の人の「答え」にはなりません。
と、逃げてみたりします。

…書いているうちに何が云いたかったのか判らなくなってきました。

wat mayhem「2cheat3」のなかで「演劇に意味をもたせちゃあかんで。意味なんてないんやから。」みたいなセリフがあったような記憶がありますが、そういうものなのかも。

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