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2019/11/18  20:27

今はたぶんネット活動が一番の婚活だよなあ  汽船(エッセイ)
 今の私はこれと言った婚活はしていないが、やはり今の時代はネット活動が一番の婚活ではないだろうか?

 婚活サイトを利用したことはあるけど、成果はさっぱりでした。

 出会い系サイトは利用したことがないな、やはりトラブルや犯罪の話をよく聞いたから。

 他のサイトに入ったら登録されてしまったのがあるが活動はゼロ、活動してくださいというメールは無視している。

 堅実なところでブログとかSNSとか、成果は出ないし間接的な婚活ではあるのだけど、やはりこれしかないかなと思う。

 ブログははじめて14年か、SNSは飽きがくるし過去の記事を読んで「こんなこともあったなあ」ということはない。

 やはりブログが一番いいな、ブログもだんだん寡占が進んできて、このブログも同じGMOのJUGEMは盛況だが、AutoPageは新規登録中止になって久しい。

 だんだんアクティブブロガーも減ってきている気がする、ただJUGEMは淡いデザインで、このAutoPageは強い色彩だ、私は南国的なAutoPageのデザインの方が好きだ。

 AOLダイアリーの時代からのブログデザインを大切にしている、今やこのデザインのhtmlについて思い出さないので、形を崩さないようにしています。

 今さら他のブログサービスに移行しようと思わない、AOLダイアリーは淡いデザインだったがAutoPageの技術支援を受けていたそうだ。

 言われてみればたしかに似ている。

 GMOの主力業務としてAutoPageを見直してくれないかな?

 そう願いながらアクティブブロガーを続けているのですけどね。

 もし結婚してブログをする暇がなくなったら、製本化してやめるかもしれないな。

 ブログに向けたエネルギーは家族ために使います。

 なんてね。 

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タグ:  汽船 エッセイ

2019/11/15  3:30

父は私の「優しさ」を評価していたのだろうか?  汽船(エッセイ)
 父と私は仲がよくもなく、悪くもないようなほどほどの距離の親子だったが、父は私のことをまわりがびっくりするくらい評価していたそうだ。

 ふだんの言動と一致しないので、今ひとつ信じられなかったのだが、本当のことらしい。

 いったい何を評価していたのだろうか?といろいろ思い出していたのだが、私の「優しさ」を評価していたのかもしれない。

 正直私は「優しい」ことでほめられたことがない、ほめられるようになったのは最近のことだ。

 だが学校の先生からもほめられていたことを、最近知った。

 優しさが嫌われて、暴力塾にあずけられたようなところもある。

 優しくても一円のお金にもならないし、何の役にも立たない。

 これが私の家の教えです。

 20年ほど前まではそうだった。

 ところがそれでいろいろなことが破綻してしまい、祖母は私の家に飛び込んできた。

 もし私が表面的とはいえ優しい人間でなければ、容赦なく叩き出していたと思う。

 だがもちろんそうはしない。

 父も追い出すような人間ではない。

 そういった優しい人間を評価する考え方が、父の家の家風なのだろう。

 旧家らしい「誠」を重視する考え方だったのでしょうね。

 ちょっと自慢たらしい話になってすみません。

 たまには父もほめませんと、夢の中で怒られます。

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タグ: 仁愛 汽船 エッセイ

2019/11/4  1:44

「美しい人」には「心」も含まれると思うが  汽船(エッセイ)
 最近「人間は見た目が9割」とかちょっとした流行ですけど、あまり信じられてはいないようですね。

 たしかに不快と不潔とか、人を嫌な感じにさせる人は人間関係もうまくいかないかもしれませんが、見た目よりも大事なのはやはり「心」だと思います。

 美男や美女、あるいは美人と言われる「美」の中で、一番の比重を占めるのはやはり「心」ではないでしょうか。

 美人でも性格が悪すぎると美人とは言われませんし、イケメンでも卑しい根性が知られると一気に人気が低下してしまうことがある。

 やはり「美しい人」は「心」が大事なのではないかな?

 歳をとるとやはりそう思う。

 バブル時代あたりからあまり「心」は重視しなくなったけど、やはり大事だと思いますよ。

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タグ: 仁愛 汽船 エッセイ

2019/9/29  1:50

美しい景色と体力づくりがしたくてワンダーフォーゲル部に入ったのだよね  汽船(エッセイ)
 何だか唐突に思い出してしまって。
 中学校の時に囲碁部で実績を残しながら、最後部内の人間関係があまりうまくいかなくなってしまい、校庭で一生懸命スポーツをしている人達を見ながら「いいなあ」と思っていた。

 体力はそれなりにあり、マラソン大会とかもそれなりによい成績だった。

 でも体力があってもスポーツをしなくちゃしょうがない、高校に入ったら何かスポーツをしたいと思っていた。

 でもマラソン大会がそれなりによい成績だったと言っても、陸上部で通用するほどではない、野球とかサッカーとかお洒落な競技は向かなそうだし、バスケットボールやバレーボールをするには小柄すぎる、やりたくても向くスポーツはないものだなあと思いつつ、また囲碁部をしようと中学時代の友人が声をかけてくれていたが、囲碁の絶対感覚のない私では、高校以降は無理だと思っていた。

 ある日、下駄箱から靴を取り帰ろうとしていたところで声をかけられた。

 「ワンダ?・・・何?」と聞いたことのない単語を言われ、それに興味を持ってついていった。

 聞けば自然を愛する人間が入る部活で、あまり特別な運動神経とか体格とかも必要がない、「一回山に行ってみないか!」と言われ、やってみようかなと思い決めた。

 小学校の時に蔵王山に行き、濃霧の中歩いていって御釜を見た。

 ナップザックを背負ってそんなにきつかった記憶もなく、自分でもできるかなと思った。

 本来は高校総体(インターハイ)の競技でもなく、競技とは関係ないのんびりした部活だったと思う。

 しかし幸か不幸か競技種目となってしまい、練習がきつくなった。

 それでもよい景色を見られるというのは、眼によいと思っていた。

 小学校の時に学校の窓から緑を見るのが好きでよく見ていたら、視力が両眼2,0になったことがあり、またそのようにして視力を回復したいと思っていた。

 自然を見ていろいろなところに行けたし、それはよかったのかもしれない。

 年に20〜30日休まないといけない、肺炎の後遺症の克服という点でも荒療治だったが成功だった。

 皆と努力して全国には行けなかったけど、競技成績もよかった。

 やはり本業の勉強ですよね、それなりにレベルの高い高校であることを考えればまあまあだったのだろうけど、先生にはすごい言われたし、中学時代の担任にたまたま会って車内で「何かやる気が出ないようなことでもあるのか?」という趣旨のことを言われたけど、あれはたぶん偶然会ったのではないと今でも思っている。

 会うことはありえても「ちょっと車に乗っていけ!」と有無を言わさず乗せられたのは、高校から中学に何か問い合わせがあったのだと思う。

 大学に行けるかどうかわからず、未来の見通しがまったく立たないとは言えなかった。

 北アルプス縦走で立山に行った時に、普通のお守りと学業のお守りを買った。

 あの時、大学に行きたいと強く思ったような気がする。

 ワンダーフォーゲル部に入って、たまたま霊山と呼ばれるところにたくさん行ったから、御利益があったのかもしれませんね。

 あの立山のお守り、いったいどこに行ったかな。

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2019/7/27  10:48

豊臣秀吉は勝新太郎が一番よかった  汽船(エッセイ)
 淀君は昔は小柄に描かれることが多かったのですが、最近は大柄だったと考えられているようです。

 しかし疑問があったのです。
 豊臣秀頼190cm以上というのは、いくら何でも大きすぎる。
 こんなの大きいと当時なら巨人症で、まともに歩くこともできなかったはずです。
 
 そこでいろいろ読んでいたら。
 どうも二人とも肖像画からの想像のようです。
 伊達政宗のように骨があり確認できたのと違い、他の人や想像や文献から導き出される。
 結局は面白そうな説が一人歩きするわけです。

 徳川秀忠夫人だった妹のお江の方が火葬された遺体から、小柄で華奢な女性であったと想像されているので、姉の淀君も小柄で華奢だったのではないか?と考えられている。

 豊臣秀吉は140cmほどと考えられているが、馬に乗った姿はかなり立派だったようだ。
 それと秀吉の顔だが、肖像画だと細面の上品な顔立ちだが、石田三成の子孫に伝わる像は、太った赤猿のようでかなり大柄だ。
 以前、勝新太郎が豊臣秀吉をしたことがあったが、この太った赤猿のようなイメージはこちらの方だと思われる。
 感じから見て身長はかなり大きく160cmほど、体重も力士のような体格だから70kg以上はあったと思われる。
 私はこちらの方が事実だと思っている。

 豊臣秀頼は肖像画からも色白だが、豊満な感じだったと思われる。

 すくすく育つ秀頼を、大きな赤猿のような豊臣秀吉と、小柄で華奢な淀君が暖かく見ていたという方が事実ではないか?

 だから私は豊臣秀吉は勝新太郎が最高だと思う。

 それと豊臣秀吉は天皇から賜った姓だから、「とよとみのひでよし」と読んだのではないか?という説だが、はなはだ疑問だ。

 鎌倉時代初期まではそうだったようだが、室町時代あたりになると貴族の近衛とかいう姓も、間に「の」はつけない。

 織田信長も「おだののぶなが」とは言わない。

 豊臣秀吉はたしかに。源平藤橘と並ぶ新しい貴族として天皇から姓を賜ったが、もはや「の」はつけられず、普通に呼んだと思う。

 「の」をつけたという、証拠となるような資料も一切ないようだ。

 いつ頃から「の」をつかなくなったのかというのはわからないが、五摂家ができた鎌倉時代あたりではないか?

 近衛、鷹司、九条、一条、二条の五摂家に「の」はつけない。

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タグ: 日記 記録 記憶


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