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2019/12/20  23:26

「渋谷チルドレン(家田荘子著 講談社)を読んだ  読書人(4.23は本の日)
 前の本と同じような動機で読んでみたが、この本の発行は2003年(平成15年)で、バブル崩壊やアジア通貨危機の混乱やがようやく終わり、世の中は落ち着きだしていた頃だった。

 ただ景気はひじょうに悪かった。

 この本は2003年頃に、渋谷を浮遊していた少女たちを取り上げたものである。

 とはいえ「少女の猥談集」という感じに見えなくもない、携帯電話が普及し、それを片手に持った少女たちが増えた時だった。

 昔は中学、高校生と大人社会は隔絶されていた。

 それが携帯電話により、大人社会との接点が増えた頃だったのかもしれない。

 昭和時代で性の逸脱行為は、補導とかされてしまえば「退学処分」という時代だった。

 それがルーズになってきていた。

 それはこの頃は従来の一流企業や学歴社会が急激に崩れ、フリーターとかでも生きられる時代になっていた。

 このインタビューをした少女たちも、学歴よりも将来は手に職をつけたいという子が多かったそうだ。

 学校でのキャリア教育が、変わりだしていた頃だったのかもしれない。

 私のしごと館開館が2003年10月4日だったから、あの施設もまた時代の産物だった。  

 ただ少女たちも見栄で語る子もいるし、インタビューがすべて真実とは思えない。それは作者もそう思っていただろう、300人近くインタビューをして本に取り上げられたのは15人だ。

 きちんと「告白」した子に絞ったのだと思う。

 やはり家庭に問題のある子がやはり多い、そのあたりはどの時代も変わらないのだろう。

 しかしあの頃、社会が青少年の逸脱行為になぜあそこまで寛大だったのか?

 きっかけは、1990年(平成2年)に起こった、神戸高塚高校校門圧死事件だったと思う。

 15歳の女子生徒が遅刻間際に校門を通過しようとしたところ、教員がヘルメットも砕ける勢いで校門を閉め、頭を挟まれ頭蓋骨骨折で死亡した事件である。

 この事件以降、管理教育の見直しが行われた。
 
 それが、悪い意味でルーズになりすぎていた頃だったと感じる。

 異常な性教育が流行しだした頃でもあった。

 あの頃はいったい何だったのだろう?と思う。

 まだ子供の数が多く、ドロップアウトする子が多かった時代だった。

 昭和の価値観が長引く不況の中で色あせる中で、平成の新しい価値観が必要とされていた。

 その過渡期だったように思う。

 しかしバブルの頃と同じく、渋谷チルドレンのような状況は多くの青少年には関係のない世界だっただろう。

 今はどの少女も30代半ばだと思うが、うまく更生して生きているのだろうか?

 今は自分の娘に悩まされているのかもしれません。

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タグ: 好文 読書 修養


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