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2019/8/10  19:43

論語を大切に思いましたよ  人間開発(Human Development)
 そういうことがあるので、私のしごと館の時も両親に話せる範囲で話し、自分は潔白であることを説明しましたが、おそらく一言も信用していなかったと思います。

 父なんか笑いながら「証拠がなければ大丈夫」と話し、私に「何だそれは!」と怒られて、すごすご逃げていましたから。

 話として不自然だし、よほど頭のおかしい人間を除き、信じられるような話ではない。

 そういう時に救いになったのは論語でしたね、どんな親でも育てていただいた恩義がある、それを考えれば「孝」を何よりも大切にしなければならない。

 そして「至誠」があれば解決できないことはない。

 誤解は誤解として、「わからない人があっても気にかけないのが君子」と論語にも書いてある。

 そう、小さなことではないか?

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2019/8/10  18:51

やめたあと一度塾に行きましたよ  人間開発(Human Development)
 どうも記憶があいまいなのだが、暴力塾をやめたあとに一度母と塾に行ったような記憶がある。
 やめて数カ月後で、つまりあいさつに行ってくれないので、母親としても面子が立たない、今さら何もしないから、1回だけでもあいさつに行ってくれないか?ということだったと思う。
 私は肺炎後も経過観察が続いていたが、成績は急上昇していた。

 成績がよくなることはわかりきっていたのですが、母親は驚きを隠せませんでした。

 何もなかったですね、形だけあいさつをしたのですが、塾の日ではなかったので中は閑散としていて、「みんなどうしているかな?」と思ったくらいでした。

 しかし、その後もしつこかった。

 中学に入って隣の音楽教室に行かせたりして、いえ楽器を演奏するんじゃないんです。
 ア・テストの音楽の勉強をしていて、楽譜の読み方がなかなかわからないという話をしていたら、知りあいの音楽の勉強している娘さんが、数ヶ月だけど教えてくださるということで、悪くないかな?と思って決まってから場所を聞いたら、暴力塾の隣だったのです。

 「騙したな!」と思いました。
 
 楽譜の読み方は実際に勉強ましたが、楽器の演奏を伴わないので、こんなあいまいなの嫌だなと思いました。

 ただお姉さんが優しい人で、一切ふれませんでした。

 塾に行っていて帰る時に聴こえていたピアノの演奏の主に出会えて、少しうれしかった。

 「隣で何をしていようと私には関係ないわ、私は美しい音楽が好きなの。」という感じでした。

 わからないところがわかり、よいところもありました。

 塾はもう生徒が集まらず、開店休業のような感じでした。

 おそらくなのですけど、「あの子はああ言っているけど、先生に感謝していないわけがない、また近くに通わせればきっと感謝しだし、親にも感謝するはず。」そんな感じだったのかな?

 でもそのような態度は皆無だったので、がっかりした様子でした。

 無意識の底から急に出てくる憎悪というのは、けっこう怖いものです。

 ふだんの意識には出ていないだけに。

 無意識が人間の意識を操るというのは本当なのでしょうか、人間というのはわかりませんね。

 無意識ほど怖いものはありません。

 私の無意識には何があるのでしょうか?

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タグ: 教育 憎悪 無意識

2019/8/10  3:31

私は病床で虐待の被害を懸命に訴えたのだが  人間開発(Human Development)
 これは私の人生の中でも、もっとも辛いことの一つなので、あまり書きたくないのだが、これも世の中の虐待問題の解決になる参考になるのではないかと考え、書くことにしました。

 しかし、文でいくら表現しても、実態を痛みなしに表現することは難しいと思います。

 私は小学校の頃、暴力塾に通い虐待を受け、また変質者から暴行を受けたりしてついに心身のバランスを崩し、肺炎になり1ケ月療養しました。

 幸い入院するほどではなく、ひたすら自宅療養でした。

 さすがに両親も優しくしてくれました。

 暴力塾に通わないでよいので、体の痛みもだんだんなくなってきて、意を決しました。

 虐待の事実を両親に訴えたのです。

 これまでは両親に少し何か言うと、そのまま暴力教師に相談してしまうので、さらにひどい虐待を受ける悪循環が続いていました。

 訴えても何にもならないので、懸命に我慢していました。

 そのくらい両親は暴力教師を聖者にように崇めていたのです。

 元教師ですから母親にも建前だけは立派なことを言います、それを狂信するので「あんなに大事に思ってくれる先生に、あのようなことを言うとはとんでもない子供だ!」というわけです。

 しかし肺炎ともなれば、子供心にも生命の危険を感じます。

 私は懸命に被害を訴えました。

 ですがやめるとも言いませんでした。

 常識があれば、きちんと被害を聞けば教師を詰問し子供を守るべきところでしょう。

 ところが私の親は暴力教師にすぐに相談します。

 当然報復しようと思いますから、猫撫で声で懸命に塾に復帰するように促します。

 私は病床で多少不安でしたが、まだ両親を信じていたし、病気が治れば元の愛ある両親に戻って、本来の成績にも戻れるし友達とも遊べると思っていました。

 ところが、病気が治りかけ床上げが近づいた時に事件が起こりました。

 突然母親が「これから先生に謝りに行って、来週から塾に行かせる!」と言いだし、いきなりものすごい力で手を引っ張り外に連れ出し、嫌がる私を引きずりコンクリートの道を歩きだしました。

 呆然としました。

 私の虐待の訴えを一言でも信じていれば、決して起こさない行動です。
 つまり話を聴いていたふりをして、一言も信じず暴力教師に子供がいかにとんでも事を言っているか訴え、うまく騙して行かせようとしたが、私が一切応じないので暴力に訴えたわけです。

 すごい力でした。
 母は病弱でそんなに力はありません。
 ところが何かに取り憑かれた人間は、ここまで力が出るのかと驚きました。
 塾までは15分以上かかります。
 そこまで引きずっていこうとするのですから、驚きました。

 小さな頃、あれほど温かく感じた母の手、その同じ手に生気を感じませんでした。

 すごく気持ち悪く感じました。

 私は握りしめている手を振りほどきました。

 金切り声を上げる母を見て、すごく情けなく悲しい気持ちになり、そのまま酷寒の道路に座り込んで泣き出してしまいました。

 そのまま泣かれては世間体が悪いので、家の戻し病床に放り込んでいきました。

 夜に父にすごい声を上げている、母の声が聞こえました。

 数日たって母が「やめてもいいから、先生のところにごあいさつに行きましょう」と、猫撫で声で言いましたが、一切応じませんでした。

 「あんなに先生も期待してくださって、お前のことをよく言ってくださっているのに、何で言うこと聞こうとしないの」と脅したり、通じないとわかり哀願したりしましたが、一切応じませんでした。

 気持ち悪いとしか感じませんでした。

 母は祖父母にも聞きましたが、子供の頃からとてもよい子で優しい娘だったそうです。
 母は暴力教師に悪く思われるのを怖れていたのでしょう。

 何とかやめましたが、肺炎ですので長い経過観察があります。

 学校の水泳の代表になったりしましたが、体はすっかり病弱になってしまいました。

 ことばを一時的に失ったりもしました。

 ですけど、奇妙なことがあるのです。

 母はその塾の教師が気に入らない児童を虐待することを知っており、以前その被害を訴えた子を、その子の親から相談を受け連携してやめさせたそうです。

 ところがすぐに私を入塾させたのです。

 教師は当然そのことを知っているようでした。

 今思い出すと、私の前でいろいろ言っていましたから。

 親に復讐できないから、私に復讐しようとしたのかもしれません。

 父は後日、「変な塾に行かせて結果が出ないことはわかっていたし、無理して行かせることはないのではないか?と話したのだが、すごい剣幕で言うことを聞かなかった。」と話していました。

 母は表面的には元に戻りましたが、まったく変わらない母がいます。

 それは私が病床で懸命に被害を訴えても、大きくうなずいて一言も信じない母です。

 私に対して表面的には変な塾に行かせたことを反省していますが、裏では「あの子には根性がない」と言っており、周辺を呆然とさせていたそうです。

 それはふだんの意識にはないが、無意識の底からたまに出てきて意識を操るのです。

 何とかして、言うことを聞かない子供に復讐したい。

 それが「商業高校に行ってとっとと就職しなさい!」となるわけです。

 自分の言うことを聞かなかった子が、進学校に行って大学に行くなんてとんでもない、何とかして根性がないできの悪い子であることを証明しないと、自分の暴力塾に行かせた行動が否定され、自我が大きく蝕まれるからです。

 それはふだんの意識にはない、あくまで無意識にあって操っていると思われます。

 そしてそれはおそらく、原初的な経験からきていると思います。

 「暴力をふるう男は怖い」というものです。

 しかしそれはその暴力塾を頼った、他の親も同じだったと思う。

 教師にとっては、若い女にすぎない小さな子の母親なんて、簡単に騙せるのですよ。

 私にはそのような感覚はないけど、教師は聖職ですから。
 
 聖職の信用を利用すれば、どんな悪いことでもできるのです。

 大変なことがあったけど、それを克服するものがあるとすれば、それは家族愛であり「愛」というものです。

 そして「誠」が大切です。

 「誠」があれば、何でも克服できるのだと思います。

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タグ: 人間資本 教育 虐待


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