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2018/12/29  21:30

火坂雅志の「忠臣蔵心中」を読む  読書人(4.23は本の日)
 忠臣蔵の小説を読みながら最後にこれを読もうと思ったのが、火坂雅志の「忠臣蔵心中」だ。
 作者の火坂雅志は「天地人」で直江兼続を書き、NHKの大河にもなったが2015年に58歳で亡くなっている。
 平成を代表する歴史作家が、どのような忠臣蔵を描いたのか興味があった。

 この小説は少しひねっている、早稲田大学の図書館で昔の本を読んでいたら、「堀部安兵衛と近松門左衛門が兄弟である」という伝承があることを知った。

 近松門左衛門は長兄、次兄は京都で医者をした岡本一抱(為竹)という人で、その弟こそ堀部安兵衛であるということ。
 そしてそれを記した人が滝本誠一という日本経済史家であり、研究をする中で知ったことを書き留めていたということ、著書で「余の憶測又は虚構にあらざる」と明言しているので、根も葉もない話ではないということで、この小説を書いた。

 そしてもう一人吉良側の人間として、吉良義央の娘阿久利と結婚し「何羨録(かせんろく)」という釣書を書いた、津軽采女を紹介している。

 今回の場合も「世間と戦う」ということを小説に書き、やはり「価値革命」であることは受け入れている。

 それは津軽采女が引越し祝いで吉良上野介の本所の屋敷に赴いた時のこと、津軽采女もこの強欲な老人に好感を持てず、浅野内匠頭に同情的であり帰りに籠の中でを考える。

 作家は、「内匠頭どのも、きっとそうだったのだろう。あれは、吉良どのを斬ったのではない。吉良どのの言う世間というものを斬ったのだ」と、津軽采女に述懐させている。

 他にこの小説の中で、いかにも平成らしいやりとりがある。

 近松門左衛門が大阪でなじみに遊女小蝶とやりとりをしたところだ、「おれは、ときどき考えるんだ。この浮世で生きていくことは、いっそ死ぬより苦しいことなんじゃないかとね」と言い、小蝶が「わかるような気がいたします」と応じるところだ。

 小蝶は苦海の中で生きる女、福井の小浜出身ということになっており、近松門左衛門も福井の鯖江市で育ったので、気心が合うことになっている。

 小蝶は・・・これは遊女の決まり文句のようなことではあるが、こんなことを言う。

 大坂の蜆川(しじみかわ)の流れを見ながら。
 「物の数に入らない、こんな小さな流れでも、果ては海に通じているんでこざんしょう。蜆川みたいに汚れた身の私でも、いつかきれいな海に出られるんでしょうか」と語る。

 そして、赤穂浪士の橋本平左衛門が遊女お初と心中事件をおこす。

 純粋な気持ちがあって美しい恋があり、それが実らなければ命がけの心中事件をおこす。

 汚れた自分が本当に人を好きになり、幸福な人生へとたどりつけるのか、不安に感じたのかもしれない。

 遊女お初は死ぬにあたり、白無垢の花嫁衣装のような服を着ていた。

 この世では結ばれないでも、あの世で必ず結ばれましょう。

 そのような誓いを感じさせ、幸福な顔をして血まみれの部屋の中で亡くなっていた。

 忠臣蔵も心中物も、純粋な心を持った人を賛美するというところで一致している。

 近松門左衛門は、忠臣蔵があった元禄15年は一作も書いていない。

 そして近松門左衛門は人形浄瑠璃の脚本として、「碁盤太平記」という作品を書いている。

 これが、後の「仮名手本忠臣蔵」の元となっているのである。

 近松門左衛門と堀部安兵衛が兄弟であったというのは、昔からの伝承の域を出ない話なのかもしれない。

 しかし近松門左衛門が忠臣蔵にシンパシーを感じていたのは、確実なことだと思う。

 そしてそのシンパシーがつながるところに、「曽根崎心中」などの心中物がある。

 昭和の吉川英治や大佛次郎が書いた重厚な忠臣蔵と比べて、平成の火坂雅志の書く忠臣蔵は何か力強さがなく平成風の雅な雰囲気が漂う。

 平成はシンプルで価値観がはっきりしていた昭和と違い、白を黒と言い黒を白と言うような小理屈が流行した。

 そういった小理屈は、いつかは消えるものである。

 火坂雅志は刀を筆に持ち替えた近松門左衛門に、忠臣蔵にシンパシーを感じる力強さを見る。

 そこに「作者の氏神」である近松門左衛門の、堀部安兵衛の言う「武士の一分」と同じ「作家の一分」を見ていたのではないか?

 この作品は火坂雅志の忠臣蔵を舞台を借りた、近松門左衛門へのファンレターなのである。

 たしかに昭和の吉川忠臣蔵、大佛忠臣蔵と比べると、平成の火坂忠臣蔵には今一つ迫力がない。

 どこか舞台の脚本のような作品ではある。

 しかし「忠臣蔵をこのように描く方法もあったのか!」と、ひじょうに関心させられた。

 決して駄作ではない、名作とは言えないが佳作であり、平成を代表する忠臣蔵だと思う。

 もし火坂雅志が生き続けていたら、さらに重厚な忠臣蔵を書いたのかもしれない。

 あまりにも若すぎる死でした。

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タグ: 好文 読書 修養

2018/12/29  15:57

今年の仕事が終わり痛みがとれるのを待っている  日記(I love one day)
 昨日が仕事納めであり、今痛みがとれるのを待っています。
 治療は終わったのですけど、慢性痛でありあいからわず首に湿布をして眠ることが多く、夜なかなか眠れないことも多い。

 仕事納めになれば気合が失せどうしても痛くなる。
 今年は平日痛み止めを使いながら努力し、休日は遠出もせず痛みがとれるのを待つような形になった。

 途中、牽引については意見が分かれ、「効果がある」という人と「効果がない」と言う人が専門医でもいるということがわかってきた。
 2〜3ケ月は首を傷めたから牽引するしかないが、もうこれ以上は必要ないと自分でも感じていた。

 正直、接骨院で低周波を数ヶ月受けたい。

 治療の導入部で間違えたような気がしないでもないが、レントゲンで検査しないとわからないことが多かったし、軽い交通事故ではなかったので仕方ない。

 怪我に祟られた1年でした。

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