X平成17年 愛・地球博(自然の叡智)の年にAOLで「趣味のブログ」をはじめました。AutoPageが進歩しますように。X
X(挑む!)新丸山ダム木曽川導水路完成を。 / 中京の愛知・岐阜に国家機関移転を。 / 『ものつくりイノベーション』を。X
X喜望峰の国で日本の「走るサッカー」は開花した。(日本はアフリカ開発会議(TICAD)主催国) / 祝ロシアW杯ベスト16X
X『1959.3.10ラサ蜂起』等の『人権犠牲者』を悼みます。 / 西域シルクロード東西文化の融合寛容大東文化復活!X
X支那(キタイ)北京(カンバリク)五輪と08憲章 / 復興オリンピズムTOKYO●2020! / (2025年)大阪・関西万博。X
X東京・三多摩横田飛行場鉄道物流を結びつけよう。 / 国際ハブ港をめざす横浜港の新しい南本牧ふ頭にメガシップ寄港を。X
X(風車のOPEN YOKOHAMA)「横浜開港の精神」を継承し、「愛市の鐘」の「地球都市横浜」を作ろう。X
X日本海(Sea of Japan)側の新潟県 越後妻有では、3年ごとに大地の芸術祭が実施されます。X
X「極限環境」の岐阜県 東濃研究学園都市の隣、花フェスタ記念公園(可児郡)近くに御嶽宿があります。X
X勤労青少年の日は毎年7月第3土曜日です。(平成31年標語)「若い芽を 育て咲かせる 社会の輪」X
X(人間開発は礎)『ヒューマンセキュリティー』によるセーフティーネット(安全網)を維持しましょう。X
X雇用支援機構アビリティ、能力開発セミナー生産性向上支援訓練求職者支援訓練を実施中です。X
X(65歳定年制導入を!)「雇用の正規化」は国民生活を安定させ、多くの社会問題を解決へと導きます。X

2018/12/21  22:09

父の「ならぬことはならぬ」  自然(エッセイ)
 父の「人の道に反することをしてはならない」は、会津の「ならぬことはならぬ」に通じるようにも思う。

 あの「ならぬことはならぬ」は、日新館の「什の掟」の最後にあるもので、決まりをきちんを守りましょうということだが、とにかく「悪いことをしてはならない」ということだ。

 父らしいといえば父らしい。

 あまり自分の哲学は語らなかったが、頑なに人の道を守ろうとしたのでしょうね。

 あらためて、「ならぬことはならぬ」と言うことだったのでしょう。

(会津藩校 日新館 什の掟)
一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです

※什により、一つ二つ違うところもありましたが(「戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ」はすべての什にあったわけではないようです)、終わりの「ならぬことはならぬものです」は、どの什も共通でした。

https://nisshinkan.jp/about/juu

【PR】1.持続可能な開発 / 戸締り用心火の用心
2.自由の鐘〜自由を宣言する、全土と全民に〜
3.能開・生産性セミナー募集中! / 復興日本!

0

2018/12/20  22:43

父も祖父母の無礼に怒ったことがある  自然(エッセイ)
 こういうことは、よその家でもよくあることではあるのでしょうけど、正月に父は祖父母のあまりの無礼な言動と態度に憤り、帰りの車で「もう年始のあいさつには行かない」と言い出し、母が呆然となってしばらくの間、いろいろなところで懸命にとりなしていたことがあった。
 正直私は当時父がなぜ怒っているのかわからなかったが、積もり積もったことがあったのだろうと思う。
 ただ父は最終的には争いを好まない性格だったので、腹に据えかねることもすべて呑み込んでいた。
 そんな父は女性にひじょうに人気があった。
 私は子供だったのでわからなかったが、父はバブルになって変わってゆく祖父母に気がついていたのだと思う。
 そしていくら妻の実家とはいえ、深くつきあうことへの危険さを感じていたのだろう。
 そして父の危惧は祖父の死後に的中した。
 人の道に外れたことをしてもしばらくはうまくいく、祖父母にとっては父との友好関係が命綱だったのだ。
 それに気がつくのがあまりにも遅すぎた。
 父は、人の道に反することは決してしなかった。
 それは一見すると頑迷にも思えたが、今思うと正しいことだった。 

【PR】1.持続可能な開発 / 戸締り用心火の用心
2.自由の鐘〜自由を宣言する、全土と全民に〜
3.能開・生産性セミナー募集中! / 復興日本!

0

2018/12/20  2:34

人間ドックも終わって  日記(I love one day)
 昨年は12月の仕事納めに人間ドックに行ったのですが、今年は12月19日(水)に行くことができました。
 行く予定だった説明会がたまたま中止になったので、これを幸運と思い行くことができました。
 検査をするといろいろ体が大変ですが、やっと収まってきました。

 交通事故後はやはり遠出はできませんし、首都圏に行く機会も少ない。

 ウォーキングもあまりできないということで、かなり太ってしまいました。

 室内でできる健康体操はしているので、体は緩みきっていませんが、かなり危機的数字が並び、春の健康診断と比べると憂慮する状態になっていました。

 しかしながら18日(火)に交通事故関係の治療も一段落しましたので、自己規制もかなり解除されるので、健康回復に挑んでみたいと思います。

 ただ遠出しやすい時季はすぎ冬になってしまいました。

 左足の具合もまだまだです。

 今年はベートーベンの運命を聴きながら病院に行きましたが、昨年はトスカニーニ指揮の演奏を聴きながら行っていたなと思い出しました。

 ここで人間ドックを受けるのも最後かもしれないなとか、いろいろなことを思いながら行きました。

 今年は暖冬でいつも凍てつく冬の風景の中を行くのですが、今年はそれほどでもありませんでした。

 やはり健康の幸福が一番ありがたいですね。

【PR】1.持続可能な開発 / 戸締り用心火の用心
2.自由の鐘〜自由を宣言する、全土と全民に〜
3.能開・生産性セミナー募集中! / 復興日本!

0
タグ: 日記 記録 記憶

2018/12/19  19:32

柔道五輪金メダリスト猪熊功はなぜ自刃したのか(アドレナライズ出版 井上斌、神山典士著)  読書人(4.23は本の日)
 2020年の東京五輪が近づいてきているが、これは自決した東京五輪柔道金メダリスト、猪熊功の最期を記した本である。
 2018年2月26日読了となっているので、226事件の頃にあわせて読んだらしい。
 空前の寒さが続いていた冬だった。

 猪熊功は東京五輪の柔道で金メダルを獲得し、引退後は東海大学の松前重義に誘われ柔道部強化に力を入れ、東海大学の柔道部を日本一にするのに貢献する。
 その後は東海大学の関連会社の東海建設株式会社に入社し、実業の道を歩むがバブル崩壊で経営破綻、社長室で親友の合気道家の井上斌(いのうけたけし)の立ち会いで日本刀で自決した。

 もちろん日本の国民的英雄であるので、自決しなければ柔道の指導者として新しい道があったと思う。

 しかし彼は経営する会社の倒産と、銀行融資の保証人になっていることからくる自己破産に耐えきれなかった。

 最期まで経営支援を渋った東海大学への抗議もあり、自決の道を選んだ。

 松前重義を親父と慕った人として、別の人に仕えることなど考えられなかったのだ。

 彼は最期に武人としての誇りを守るため、自決への道を選んだのかもしれない。

 不名誉な生より名誉ある死を選んだのだ。

 自決の描写があまりにも生々しく、読みながら目を背けるようなところもあった。

 しかし猪熊功の精神力、無念の気持ちは深く伝わってきた。

 バブル時に猪熊功の判断で拡大路線を歩み、自ら保証人となり銀行から融資を引き出していた。

 松前重義とは阿吽の呼吸であったが、東海大学はもはや東海建設株式会社を関連会社と見なさず、猪熊功の私企業と見て支援しなかったのである。

 猪熊功としては東海大学のためにいろいろ無理して貢献してきた。

 土壇場の苦しい時に助けないというのは、裏切りに他ならず、武士のやることではないと考えた。

 超人的な体力を持つ彼は普通の自死では死にきれないと考え、立会人を選んだうえで日本刀での自決を選んだ。

 武士道を守ろうとしない者たちに、武士の死に方を見せたかったのかもしれない。

 ただ英雄の死としては、あまりにも無惨なように思えた。

 しかし猪熊功もまた、バブルで崩れ去ったモラルを前に、武士の死を見せ革命をおこしたのである。 

【PR】1.持続可能な開発 / 戸締り用心火の用心
2.自由の鐘〜自由を宣言する、全土と全民に〜
3.能開・生産性セミナー募集中! / 復興日本!

0
タグ: 好文 読書 修養

2018/12/19  18:03

バブル時・・・父と私の地道さは親戚から馬鹿にされていましたね・・・  自然(エッセイ)
 祖父母の商売も別に生き馬の目を抜くようなことをしてうまくいったわけでなく、長い時間をかけて儲からない事業をやめ、儲かる事業を残していった結果、不動産業と書店が残った。そうしていたらバブルという特需がきただけ、地道に働いていたのを天が見放さなかった。

 だがバブルになり苦労しないでも儲かるようになった結果、何か考え方が変わっていった。
 しかし祖父は借金経営が嫌いであったので、商売を広げなかった。
 
 自営業の経営者は融資を受ける時に保証人にならないといけない、破産法は出直しを奨励しているにもかかわらず、実際には保証人になることでほとんど無一文となってしまう。
 祖父はその怖さが身にしみていたのだと思う。
 つつましい生活も変えようとせず、最後に自分たちの年金がわりの収入を生み出す中規模マンションを建てることに力を尽くした。

 しかし周辺は違った、時代の雰囲気は「生き馬の目を抜くようなことをして一儲けしよう!」・・・それがバブルの雰囲気だった。

 そういった中で、祖父母はあからさまに父の地道さを馬鹿にしだした。
 似たような考え方の私も徹底的に馬鹿にした。
 父は悩んでいた、自分としては祖父母に礼を尽くし良好な関係を保とうとしているのに、祖父母があからさまに馬鹿にした態度をとる。
 母に、「お前が変なことを吹き込んでいるから、お父さんやお母さんがあんな態度をとるんだ!」と、八つ当たりしていたこともあった。
 父が私の前で怒る時は、「いずれお前の手で何とかしてほしい」と考えていることが多い、どのような態度をとっているのかよく知らなかったが、父は無念だったようだ。

 バブルの異様な雰囲気が、人間関係を壊していたような気がしてならない。

 バブルがなければ祖父母は地道な考え方しか受け入れなかったろうし、父や私を馬鹿にすることもなかったと思う。

 バブルの繁栄は今でもなつかしい、しかしあれは人の心を壊していたように思う。

 そしてその影響は今でも続き、一部の日本人の行動を見苦しくしている。 

 そんな気がしてならない。

【PR】1.持続可能な開発 / 戸締り用心火の用心
2.自由の鐘〜自由を宣言する、全土と全民に〜
3.能開・生産性セミナー募集中! / 復興日本!

0


AutoPage最新お知らせ