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2018/12/10  1:40

高校時代の勉強・・・潜在意識が動かしていたのかもね・・・  汽船(エッセイ)
 たしかに高校生活で、就職をするのであれば成績は中位でよい。
 そのあたり潜在意識が働いていたのかもしれない。
 高2の中頃で「大学に行ける」と曖昧ながら父から聞いた時、うれしい気持ちといつ変わるかわからない気持ちがあった。
 半信半疑で受験勉強をスタートさせた記憶がある。
 当時は家の経済的な理由で就職を選ぶことが珍しくなかった時代、IT革命前で専門学校はあまり存在感がなかった。
 専門学校といえば、服飾や料理などの関係に進みたい子が行くところだった。
 父は私が祖母のN家の血を一番継いでいると考えていたので、どんなに勉強の調子が悪くなっても体力さえ大丈夫なら、勉強しだせばそれなりの大学に行けると考えていたように感じます。
 ただN家は父から聞いているだけで親戚づきあいはなく、いまだ私にとって謎の一族です。
 埼玉の旧家ということなのでしょうけど。 

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2018/12/9  23:39

高校入試の時はベスト3に入っていたのかもね・・・  汽船(エッセイ)
 あまりにも古いことなのでどうでもよいのですが、校長が母にわざわざ声をかけて激励したというのは、まずなぜ学区の進学校を選ばずわざわざ学区外の高校を選んだのかの理由を知りたかったのだと思います。

 あと当時の校長は赴任したばかりで、前赴任地は別の進学校で名門復活のために横浜日野高校に来たと言われていました。
 その中で成績のよい子をピックアップする中で、私が目についたのだと思います。
 ベスト10内に入っているということでしたが、たぶん直近の入試ではベスト3に入っていたのだと思います。

 というのは・・・私は2年の1学期から内申点に入るということを知らず、囲碁部の人から2学期のはじめぐらいに言われ、それから勉強して成績を上げたため、その後はずっとよかったものの2年1学期の平凡な成績がけっこう足を引っ張りました。

 ア・テストと内申点でそれなりによかったものの、学区外で高校に合格するために相当勉強しないといかず、トップ校に合格してもおかしくないほどのレベルに達していました。

 最近になって気がついたのですが、本番入試では全体順位よりもさらによかった可能性が高い。

 ベスト3に入っていたので、校長が母に声をかけた可能性が高い。

 母は有頂天でしたが、私はそんなことうれしくもないし知りたくもありませんでした。

 ついこの間まで「商業高校に入って就職しろ!」と言われたり、「交通費の一番かからない高校にしろ!」、「どうしても学区の高校に行くつもりならもう面倒見ない!」と罵声を浴びせられていたのです。

 「何が何でも県立高校に合格しないといけない」・・・その一念で頑張っていたのです。

 その先は・・・大学に行けるかわからず、就職をするのなら中位の成績をとれば十分でした。
 まず高校1年はゆっくりすごして、それから考えたかった。

 知りたくもない余計なことを言われたので、無駄に肩に力を入りました。

 私は高校に入り、小学校の時の肺炎の後遺症で1年に20日〜30日は休まないといけない体を何とかしたかった。

 結果として体力づくりに力を入れることになりました。

 だからと言って勉強については、目的意識を失ったのでまったくやる気をなくし、定期試験の範囲なんか一度も調べないで高校生活を送っていたので、今でも「あれでよかったのか?」と思うことしきりです。

 でも進学校の進学実績の道具にされるのはごめんでした。

 ただ母が有頂天だったのは自分がほめられたからで、いつもクラスで上位の成績をとっていても成績がよいと思っておらず、「この子は頭が悪いから早く就職させたい」とずっと考えていた。

 あの時も笑いながら意外そうに「けっこうよい成績とっていたんだね」と言われ、ムッとした記憶があります。

 結局私も、心が壊れていたのかもしれません。 

 遠い昭和の話ですけど。

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2018/12/9  1:12

辻邦生さんの「春の戴冠」を読み終えました  読書人(4.23は本の日)
 日付が変わって辻邦生さんの「春の戴冠」ついに読み終えました。
 全4巻のロシアの長編小説にも匹敵する大作です。
 内容はイタリア・ルネサンスの絵画の巨匠、ボッティチェリ(サンドロ)を親友の古典学者フェデリコが回想し、コシモ、ロレンツォ、ジュリアーニをはじめとするメディチ家の人々、そしてカッターオネ夫人やその娘のシモネッタ・・・「メディチの春」を支えた人を中心に、その栄光と衰退を描いた作品です。
 サヴォナローナ・ジロラモについても、春の終わりを描くかのように書かれていました。

 1巻がなかなか読み終わらず、新潮社のボッティチェリの画集を買い見ながら読み出してから勢いがつきました。

 1巻の読了が11月26日で読み終えたのが12月9日ですから、いかに勢いがついたかわかります。

 平日は疲れていてあまり進まなかったので、自分でもびっくりしています。
 
 私はあまり辻邦生さんには関心がなかったのですが、北杜夫さんと旧制松本高校の同窓生だったそうであり、著書で何回かふれられていたので関心を持ち、それで読む気になったしだいです。

 北杜夫さんが少年漫画家のようであるならば、辻邦生さんは少女漫画家のような作風の方です。
 北杜夫さんのような力強さはないですけど、とにかくエレガントな小説を書かれます。
 「春の戴冠」の前に初期の作品の「廻廊にて」、「夏の砦」を読んでから進みました。
 この初期作品はロシア系の女性画家、北欧のタペストリーに魅せられた日本人の女性タペストリー作家が描かれています。
 同じように親しい人が回想する形で書かれています。

 なぜイタリアで文化の頂点に立っていたフィレンツェが、一人のドミニコ派修道士にすぎないサヴォナローナ・ジロラモに騙されたのか、以前魔女狩りに関する本を読んで、魔女狩りが理性による科学の発展により克服されたことを読みました。

 フィレンツェはたしかに、学問と芸術では世界の頂点に立っていた。
 しかしまだまだ科学の発展は十分ではなく、人々は多くの迷信に支配されていた。
 そのせいではないか?
 理性の光は、迷信の暗黒に弱いものだとあらためて思った。

 この作品は伝統ある文芸誌の「新潮」に長期掲載されたそうですが、巻を進めるにつれてわざとらしいもってまわった言い方がなくなり、無駄を削ぎ落としたような洗練された文になっていくことに、微笑ましいものを感じた。
 文芸ファンが感想を述べる中で文が磨かれていったでしょう。

 私は小説家と漫画家を比べる時、絵を描けるぶん漫画家の方がすごいのではないか?と考えがちでした。
 しかし文で表現をする才能と、絵で表現する才能はまったく別なのだそうです。
 そして人の思想や感情を表現するのは、文の方が優れている。

 文ばっかりのこのブログも無価値ではないと思いました。

 交通事故後遠出ができないので、休日は家で本を読むことが増え異常な量を購入しています。

 まるで中毒のようで、収まってほしいと思っています。

(修正)
 同級生というより同窓生と書いた方が正確なようです。
 すみません。

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タグ: 好文 読書 修養


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