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2018/7/5  22:07

バブルの頃は大学半入時代でしたので・・・  人間開発(Human Development)
 今が大学全入と言うのなら、バブルの頃の私達の時代は大学半入でした。
 今は大学全入時代ですが、実際に行くのは約50%です。
 私達の時代は定員が必要数の半数程度、実際に行くのは約25%でした。
 ですけどね、人数で見て大学+短大の数で比較するとほとんど変わらないのですよ、昔の短大卒の女性は今の大卒の女性とレベルは変わらないと思います。

 つまり少人数教育の効果を上げながら、大卒+短大の社会における必要数を何とか確保しているのだと思います。

 ですけど本来ですと大学・短大に進学できる学力のない人が混じるので、補習が重要となります。

 そのあたりの配慮もして日本はやっと戦っているのです。

 しかしそうすると単純労働者が不足します。

 それで外国人労働者を研修生の形で入れていく、その中には日本に帰化する人もいてだんだん外国系日本人が増えていくわけです。

 これは自然の流れで仕方ありません。

 日本は人口対策で失敗したのだから、それは受け入れないといけないでしょう。

 でもこれからでも遅くはない、何とか1億人と維持しましょう。

 一億日本、昔からそう言われていましたから、それが自然だと思いますよ。 

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2018/7/5  2:48

高校時代は「青の時代」でした・・・  自然(エッセイ)
 小中と大学はあまり後悔がないのですが、高校時代だけは後悔の気持ちがいろいろあります。

 ワンゲルとの出会いはよかったのですが、特に勉強で一度として調子がよく努力がかみ合ったことがなかったからです。
 高校入学直前におこった慢性頭痛の悪化、それの治療が許されない中、大学進学も見えない中やる気をなくしどんどん成績が悪化してしまいました。
 それでも進学校の中堅のところにつけていたのですが、本来の調子からはほど遠かった。

 慢性頭痛は走り込みをする時も頭に響き、かなり苦痛でした。

 道路のアスファルトが硬いとよく思いましたが、実際には慢性頭痛でそう感じていたようです。

 友人に聞いたら「そんなの感じたことがない」と言われましたから。

 ヨガや太極拳に取り組んで、でも本調子には戻らなかったのだよな。

 30歳をすぎて「ひどい時は両眼0.1くらいで裸眼でした」と眼鏡屋さんに言ったら、「そんなの無茶ですよ」と当たり前のことを言われました。

 授業中はかけていたのですけど、たまに眼鏡を忘れて困りました。

 慢性頭痛の治療を受けていれば、お医者様から治療薬をいただき適切なアドバイスを受けていたのではないか?と思われます。

 ただ、ワンゲルは続けられなかったかもしれません。

 少なくとも練習制限はかかっていたでしょう。

 そうなっていたら大会の好結果もなかったでしょうし、複雑な気持ちです。

 でも治療なしに回復するものではなかったと考えています。 

 母校の「真面目な校風」には学ぶことがあったかもしれませんが、成果はそれくらいでしょうか?

 高校時代は「青の時代」でした。

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タグ: エッセイ 自我 幸福


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