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2016/10/9  3:12

いとこの思い出の一つ・・・  汽船(エッセイ)
 「聲の形」で記憶が刺激されていろいろ思い出すのですけど、祖父は健常者も障がい者も分け隔てない人でしたので、いとこのこともすごいかわいがっていました。
 よくいとこは「おじいちゃん」と言っていました。
 でも祖父がいない時でも言っているので、ひょっとしてと思って自分を指差したら「おじいちゃん」と言っていました。
 おやおやと思って「お兄ちゃん」と言ったら、「おじいちゃん」と言っていました。
 彼にとっては、自分に優しくしてくれる人はみんな「おじいちゃん」だったようです。
 ニコニコして言われてしまえば何も言えませんよね。

 まだ彼もあの頃は小学生、健常者であってもあんな感じだったと思います。

 家の代表だけ行ったので、私は彼を見送れませんでした。
 障がい者施設の方が来ていて、大勢で見送ってくれたそうです。
 それもまた・・・・・・念仏で勘弁してくれればなと思っています。

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2016/10/9  1:54

横浜松坂屋にあった眼鏡店の店員  汽船(エッセイ)
 かつての横浜松坂屋の中に眼鏡店があって、そこの店員さんがとてもよい人でした。
 私は眼科医の先生がおっしゃられた「眼鏡をかけると視力回復の可能性がなくなるかもしれない」ということばを信じて、5年もたてば回復の可能性がないことがわかっても、また0.1以下になることが怖くて眼鏡を授業中以外はかけなかった。
 大学でも同じで、忘れた時は耳だけすませて聞いていた。

 慢性頭痛は、そうですね・・・授業を聞いているとどこかかから音が聞こえてきて、ブーンという虫が飛んでいるような音が頭で聞こえる気がする。
 そうしているうちに頭が重くなり、頭の芯が痛くてたまらなくなる。
 だんだん先生が口だけ動かしているように見えて、姿もぼんやり見えてくる感じになる。
 痺れるような感じかな。
 家だといきなり頭がガーンとくることもあった。

 体を動かすことはできるものの、頭痛がおこっている間はほとんど何もできない。
 大学で眼の運動で、それが克服できることを知ったことはうれしかった。
 それでも完全回復ではなかった。

 横浜港湾カレッジに行って、ふと立ち寄った横浜松坂屋の眼鏡店の店員さんが親切で、それまでの価値観と違うことを教えられた。
 まず、今は「眼鏡をかけると視力が悪くなる」という考え方は否定されていること・・・そうなれば眼鏡をかけない方が危険であること。
 自動車を運転する機会が増えると、眼鏡を忘れてしまうと運転できないわけですから、ふだんから眼鏡をかけた方がよいとすすめられました。

 結局家で眼鏡をかけないのはあいかわらずでしたが、職場や外出の時は眼鏡をかけるように変えました。
 今パソコンを使っていますけど、右眼だけだと画面真っ白で文字もまったく見えません。
 正直、よくこの眼で裸眼で生活していたなと思っています。
 左眼の負担はすごく大きいと思います。

 高校でワンゲルに入った理由の一つも、「美しい景色を見れば眼もよくなるのではないか?」と思ったからです。
 あまり効き目はなかったけど、そんなふうに思っていたんです。

 右眼・・・乱視が治れば戻るんだけどな。
 子供の頃眼鏡をはじめて作る時・・・眼鏡店の人に「テレビばっかり見ていたんでしょ?」と言われて「違うんだけど」と思いましたね。
 母が眼鏡店の人に説明していましたけど、まったくわからない様子でした。

 あの横浜松坂屋の店員さんよかったな、おかげで今は眼鏡の自分が好きになっています。
 裸眼だけで生きたいとは今でも思いますけどね。

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