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2016/3/27  21:21

イ・ジュンソプの絵よかった  文化国家(Kulturstaat)
 さきほどの日曜美術館で、1月に放送されたイ・ジュンソプの画業について紹介されていた。
 とてもすばらしかった。
 最近横浜トリエンナーレなどで、すぐれた支那や朝鮮の芸術家の作品を見ることは多いが、この画家についてはほとんど知らなかった。
 日本人の山本方子(やまもとまさこ)さんと結婚、日本で苦労し二児を育てた方子さんは90歳をこえた今もお元気であり、100歳の韓国の幼なじみの画家も力強く彼の画業について語っていた。 
 印象に残ったのはNHKの映像クルーたちを迎える、朝鮮人たちの表情である。
 ひじょうににこやかで誇らしげに語っている、「私たちの誇りを見ていってください」という雰囲気に好感が持てた。

 朝鮮戦争時に済州島で妻と二人の子供と共に苦労していた時、銀紙で線刻のような絵を描く手法を編み出し、銀紙画という独特な表現を編み出した。
 そしてイ・ジュンソプの絵のタッチには朝鮮の書道の影響も見られ、死後高度成長期を迎える中でその評価は高まっていき、今や韓国の国民的画家として評価されているとのことだ。

 今は北朝鮮の港町元山の富農の子として育ったが、朝鮮戦争時に行方不明となった親戚を捜すため残った母は行方不明に、済州島に避難したが妻と二人の子供と共に貧窮の中で暮らした。
 妻が病気となったため、妻と二人の子供を日本へ送り自らは朝鮮に残り釜山などで画業に励んだ。
 子供は三人いたそうですが、長男は幼くして亡くなってしまったということです。
 済州島の生活を描いた絵には長男も描かれており、そばに膝を抱え悲嘆にくれる妻方子さんと、画家と言われる男泣きに泣いている人物が描かれていました。
 朝鮮に残った画家は各地を放浪しながらデッサンなどを教え、時にはペンキで絵を描きながら腕を磨いていきます。
 そして京城での個展に成功しましたが、当局から愛を描いた銀紙画が春画と見なされ展示を許可されず、売れた絵の代金未払いなどもあり貧窮から解放されず、家族を朝鮮に呼ぶ夢も叶わず少しずつ酒量が増え病院で亡くなった、幼馴染の画家がかけつけた時に画家は病室におらず、聞けば霊安室にいると言う、家族がお見舞いに行けないので無縁仏として扱われていたのだ。幼馴染の画家が引き取り火葬にし、遺骨は半分を山にまき・・・・・・そして半分を墓地に葬った。
 万国郵便条約で国交はなくても手紙は届く、ところがその手紙も途切れがちになり、不穏な気配を感じた妻方子さんのイ・ジュンソプを思いやった手紙にはその美しい字とともに深く心をうたれた。

 白牛は朝鮮の象徴なのだそうである。
 それにいろいろな表情を持たせ朝鮮の苦難を表現した。
 私は民族を問わず硬骨漢が好きだ。
 富農ということでよき両班の伝統を持っておられたのだろう。
 腐敗した両班のような人が幅をきかす朝鮮にあって、寡黙に貧しい中で絵を描き続けたイ・ジュンソプの人生には深く心を打たれる、機会があればどこかで絵を見たいものだと思いました。

 面長の顔からイ・ジュンソプの日本でついた愛称は「アゴリ」、そして元山で妻を迎えるにあたって方子さんにつけた愛称は「南からきた幸福」という意味で「南徳」だったそうです。

 「アゴリと南徳」…微笑ましい雰囲気が浮かびます。

 画家を語った関係者の方々の御長寿を祈りまして筆を置きます。

(日曜美術館 分かたれた故郷 妻へ―画家イ・ジュンソプとマサコ)
 http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2016/0124/

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タグ: 文化 芸術 美学

2016/3/27  15:00

そして高校学区はなくなった  人間開発(Human Development)
 神奈川県の公立高校は9学区制が限界だったと思う。
 16学区制になり18学区制になり、そして全県学区になり廃止になった。
 理由は少子化で学区制の必要がなくなったからということだが、そもそも学区など必要なかった。
 あっても「学区外入学は認めない」などという過度な規制は必要なかった。

 あの頃の横浜日野高校が学区再編で洋光台駅周辺や、高校周辺の住宅地の大半が学区外になっていて苦戦していた。
 体勢を立て直して「真面目な校風」を武器に復活するまで時間がかかった。

 当時は「学区制度がそもそもおかしいんだ」と思わなかった。
 そう思えば気持も楽になり、「学区外(壁)のプレッシャー」に悩まされることもなかった。
 本当、小学校、中学校、そして大学1年で復活して…「何で高校の時だけ」…と思っていたんだけど、やっと心理的原因が見えてきた。

 学区制度は公立進学校を潰すために導入された。
 今となれば、まったく不必要な「壁」だったと思う。
 神奈川県はぜいぜい九学区制で限界であり、細かい壁は必要なかった。
 全県学区になり母校の定員も回復し、これから母校に福祉に興味があるよい子が集まっていってほしいと思う。

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2016/3/26  4:22

左方は見ていたのだが・・・  汽船(エッセイ)
 衝突事故の時に相手車が来た左方向は見てはいた。
 なぜそう言えるかというと、左方で接触しかかっていた車を見送ったからだ。
 その時に視線を手前に戻す時に見ている。

 すでに中央車線近くまできて後方の接触を防ぐため一瞬停まっていたため、右方を左方を気にしながら曲がったはずだが、左方が直前まで完全に視界を遮られていたため、あまり遠くまでは見ていなかたと思う。

 もう一つとしては、最初に諏訪大社春宮に行った時、最後に曲がった通りが寂しい感じがして「本当にここなのかな?」と思い遠くを見たら、手前にあるスーパーの周辺にいた人や車に気がつくのが少し遅れた。危険ではなかったが「あまり遠くを見過ぎるのも危険があるんだな。」と思った。
 遠くから近くに視線を移動させると、意外にすぐ手前にある人やモノを見落としてしまうことがある。
 遠くから一気にやってくる車はめったにないので、とにかく「自然な運転を心がけることだな…」とその時に思った。

 駆逐艦雪風みたいな感じで、勇敢に戦って撃沈されるよりも艦の維持を第一に考えるということもある。

 「やりすぎも注意」というのが今回の教訓かな。

 これまでもそうしてきてはいるのですが、「安全で自然な運転」を心がけようと思う。

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タグ: 自我 聚楽 宝船

2016/3/25  1:44

視界の外から来られるとどうしようもない・・・  日記(I love one day)
 自動車を運転していて、視界の外から高速で来られるとどうしようもないと感じることがあります。
 たしか春の夜桜を見に高山に行った時ですが、まだ咲いておらず「残念」と思いながら高速で帰るところでした。
 高速はまったく自動車が走っておらず、いつもと比べるとかなりゆっくりめで合流しようとしました。
 そうしたら突然、超高速でやってきた車がよけて通っていきました。

 たしかに合流する時は見えませんでした。
 相手はざっと160km/hくらい出ていたと思います。
 おそらく私が見えるはるか先から超高速でやってきて、合流がゆっくりであったため衝突しかかったのだと思います。
 しかし相手もそれだけの運転をするだけあって上手で、余裕をもってよけていきました。
 それ以来高速で合流する時は、自動車が見えない時でも必ず加速して合流するようにしています。
 ただそれとは別に後方を確認しながら合流しようとしたら、加速レーンに取り締まりの白バイがいて危うく衝突とかありましたけど…。
 あれはびっくりしたなあ…白バイ隊員降りてのんびりしているんだもの。

 年に数回ヒヤリとすることはあります。
 だいたい見通しの悪い道路で、加速した相手に接近した場合です。
 私が見落とし気味のこともありますけど、視界の外からあっという間に来られるとどうしようもないと感じることが多いです。
 あとは相手の自動車が周辺に風景に完全に溶けこんでしまい、気がつくのが遅れることもあります。

 見落としなんてしませんけど、まさかということもあるわけでして…どうすればよいのでしょうね。
 人間だからやはり99.9%の世界なのだろうな。

 岐阜県は山道が多い、ヘアピンカーブで交通事故がおこった時…実際の原因である中央車線をはみだした車はたいてい逃げてしまっています。

 あとは最悪の時、相手の命を守れる運転ができるかということ。
 先日の衝突事故の時は、かろうじてそれができたかなと思います。
 わかりませんけど…。

 それにしても、今頃病院のベットの上でうなっていてもおかしくなかったので、この幸運を大切にしたいと思います。

 可児大寺の「平成の大修理」のための募金に、五口(五千円)の喜捨をさせていただきました。

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2016/3/24  3:03

日記は自己修養にもなる  文化国家(Kulturstaat)
 日記は読書と同じで自己修養にもなります。
 ブログやSNSをするのは悪いことではない、いかにしてよいことに結びつけていくかということなのです。

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