X平成17年 愛・地球博(自然の叡智)の年にAOLで「趣味のブログ」をはじめました。AutoPageが進歩しますように。X
X(挑む!)新丸山ダム木曽川導水路完成を。 / 中京の愛知・岐阜に国家機関移転を。 / 『ものつくりイノベーション』を。X
X喜望峰の国で日本の「走るサッカー」は開花した。(日本はアフリカ開発会議(TICAD)主催国) / 領土譲らず日露友好X
X『1959.3.10ラサ蜂起』等の『人権犠牲者』を悼みます。 / 西域シルクロード東西文化の融合寛容大東文化復活!X
X支那(キタイ)北京(カンバリク)五輪と08憲章 / 復興オリンピズムTOKYO●SAPPORO! / (2025年)大阪・関西万博。X
X東京・三多摩横田飛行場鉄道物流を結びつけよう。 / 国際ハブ港をめざす横浜港の新しい南本牧ふ頭にメガシップ寄港を。X
X(風車のOPEN YOKOHAMA)「横浜開港の精神」を継承し、「愛市の鐘」の「地球都市横浜」を作ろう。X
X日本海(Sea of Japan)側の新潟県 越後妻有では、3年ごとに大地の芸術祭が実施されます。X
X「極限環境」の岐阜県 東濃研究学園都市の隣、花フェスタ記念公園(可児郡)近くに御嶽宿があります。X
X勤労青少年の日は毎年7月第3土曜日です。(平成31年標語)「若い芽を 育て咲かせる 社会の輪」X
X(人間開発は礎)『ヒューマンセキュリティー』によるセーフティーネット(安全網)を維持しましょう。X
X雇用支援機構アビリティ、能力開発セミナー生産性向上支援訓練求職者支援訓練を実施中です。X
X(65歳定年制導入を!)「雇用の正規化」は国民生活を安定させ、多くの社会問題を解決へと導きます。X

2015/12/31  22:08

横浜日野高校は進学校としてどうだったのかな?  人間開発(Human Development)
 (また時間調整して投稿します。正確な投稿時間は平成28年1月
 横浜日野高校は進学校としてはどうだったのかなと思い出してみる。
 私が入った時は本当に衰退期で、偏差値でいうと50くらいまで下がっていました。
 当時の先生方は気力をなくし「もう駄目さ」という人と、「まだまだ巻き返せる」という先生の二派に分かれている感じでした。
 校長があきらめず努力したため、そこからV字回復し偏差値55くらいまで3年で復活したと思います。
 「激戦区神奈川」の55ですから、たいしたものだと思います。
 私は入学成績がベスト10内だったので、入学時の懇談会で校長先生に母が直接話しかけられ、「すばらしい成績なので、ぜひこの高校で頑張っていただきたい!」だったそうです。
 私の方はそれを聞いて何か学校の名前を上げる道具にされそうで嫌で、さらにやる気が下がってしまいました。 
 しかし3年間でV字回復したのは「伝統校の底力」だったと思います。

 今でも違和感があるのは、横浜日野高校は伝統校であるため「精神力」をひじょうに重視するところがありました。
 ところが私はそういうのになじめないため、校風に合わないところがあったかもしれません。
 しかしその校風は今でも私に大きな影響を残しています。

 一流大学に大勢受かる高校だったし、私も日東専駒に匹敵した当時の大東文化大学に入った。
 いろいろ残念だったけどよかったかなと思います。

 横浜日野高校の「精神力」が一番の収穫だったのかな?高校に行くまでは武士道なんて関心なかったですから。そう言えば…たしかにそうですね!

【PR】1.持続可能な開発 / 戸締り用心火の用心
2.自由の鐘〜自由を宣言する、全土と全民に〜
3.TATIAGARE! / 復興!がんばっぺ日本!

0

2015/12/31  22:06

うちの両親は体罰はなかったですよ  人間開発(Human Development)
 うちの両親は体罰はほとんどなかったですね…厳しい私塾にあずけて自分たちにはできない厳しい教育をと考えていたようです。
 しかし赤の他人に自分たちにできないことをやってもらおうと思っても、それは意味がないし、結果は心と体の破壊と大崩壊の成績だったのだから。
 赤の他人に過大な期待をしてはいけないし、おかしな人のカリスマ性を信用してもいけないと思います。
 自分に子供ができたら教訓にしようと思ったのだけど、どうにもならないと思いながら年は暮れていきます。
 やはり口がうまくまわらなくなってしまったことが、女性とつきあう時の障害になっています。
 その他いろいろ。
 真空地帯を通ると、治らないことがたくさんあります!

【PR】1.福祉国家と持続可能な開発
2.自由の鐘〜自由を宣言する、全土と全民に〜
3.TATIAGARE! / 復興!がんばっぺ日本!

1

2015/12/31  2:21

私は「根性のない子」と思われていた・・・  人間開発(Human Development)
 私は小学校の頃暴力塾をやめたので、両親からは「根性のない子」と思われていました。
 そもそもお金がなかったのだから、塾なんて普通のところに通わせていればよかったのです。
 そしてそういうところにいくと成績がよくなりました。

 私は負けず嫌いではあるのですが、競争に勝った負けたが嫌いでした。
 勝つと「負けた子かわいそう」と思う性格で、その性格が両親にとことん嫌われていました。
 
 厳しい先生に根性を鍛えてもらえば、競争に勝ってうれしい子に変わるのではないか?と考えたようです。
 心と体が壊れて成績が過去最悪になっただけでしたが。

 別に自然に勉強してそれなりの成績をとっていれば、何も問題はなかったと思います。
 長じてルソーの思想にふれると、さらにそう思うようになりました。
 両親はそれなりに教養があったので、ルソーの思想をもちろん知っている人でしたが…。

 昔、学校の先生だったかな・・・・・・言われたことがあります。
 「君の親と面談するとやたらに“厳しく教育してください”と言われるのだが、君みたいなよい子厳しくしようがないんだよ、何であそこまでしつこく言うわけ?何かあったの?」と言われたことがあり、「そうですか…思い当たることはありません。よく親が言う言葉ではないですか?」と答えたことがあります。
 
 家に帰るとよい親なのです。
 親子関係も回復し大変良好でした。
 それなのに…あの時は…背中に寒気が走りました。

 よい両親なのですよ…でも一度思い込んでしまったことは…簡単には変えられないと思いました。
 「人の心」の難しさ、恐ろしさを本当に感じました。
 かと言ってそういう子を演じる気持ちもありませんでした。
 私は私であり、競争相手にあからさまに敵意を見せる人間にはなりたくありませんでした。 
 それが立派な態度だと思うのですけど。

【PR】1.福祉国家と持続可能な開発
2.自由の鐘〜自由を宣言する、全土と全民に〜
3.TATIAGARE! / 復興!がんばっぺ日本!

0


AutoPage最新お知らせ