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2015/9/27  13:56

高校進学の時もう少し自信を持つべきでした!  汽船(エッセイ)
 書ける範囲で前半生を振り返る記事を続けています。
 
 高校の進学の時は親の命令で行かされた高校ということで、鬱屈した思いのまま行ってしまい、部活動以外は楽しめないまま3年すぎてしまいました。

 慢性頭痛ということもあったけど、よい成績をとろうという気持ちもなかった。
 「公立大学の推薦をとれば大学行かしてあげる」みたいなことを両親に言われ、さすがに無理という気持ちがあったし、私は友人たちの中でトップになりたいと思うタイプではなく、友人が頑張っているから自分も頑張るというタイプだったからです。
 それならどこに行くんだ?専門学校とも思って親に言ったけど、よい顔はしなかったしとにかく家にお金がない、目的意識が持てませんでした。
 家にお金がなかった原因はバブルです。
 父はバブルと共に収入があがる仕事ではなかったので、バブルが生活を直撃してしまったのです。それ以上は書けませんけど。

 ただ当時はそんなことを考えなかったけど、あの時の私の成績はア・テストと内申で届いていなかったとはいえ、学区外合格のために頑張った結果一発勝負なら学区トップ校に合格するレベルでした。
 受かるために無理してやっただけなので、うれしくも何ともなかったけど。
 先の見通しが立たなければ、そんなに成績なんかよくても意味がありません。
 先生の期待が鬱陶しく、そうなると白紙の答案でも出してやるか、酒でも飲んで定期試験でも受けるか、範囲も何も知らないで定期試験を受ければどうなるんだろう?とか考えて実行してしまうわけです。
 ただもし…「学区トップ校に合格するレベルにいるんだから、そのまま勉強して大学に行っちゃいなさい!」」と両親に言われれば、それが見通しのない嘘でもどんなにやる気になったのでしょう?
 慢性頭痛の治療も許されず、苦しい思いをしたことばかり思い出されます。 
 大学に入れば「就職」という目的意識がありますし、それが私を復活させたのかもしれません。 
 たしかにそうですね、中学と大学では目的意識があったけど高校ではまったくありませんでした。
 大学に行けることが決まってから努力して大東文化大学、当時の水準から考えて悪くはないです。

 でも高校にきちんと目的意識があって通っていれば、きっともっともっと楽しい高校生活だったと思います。
 中学の時「商業高校に行って就職して!」とか、「普通科高校に行くのだったら県立で親の負担が一番かからないところに!」、「学区外だと合格するかわからないよ」と言っても「ふん!」って態度をとられちゃうと・・・自分ではクラスでトップクラスの成績をとりけっこう「勉強ができる子」だと思っていたので、なおさらみじめでした。
 担任の先生も、私の両親の考え方はまったく理解できないようでした。
 昔は中卒や高卒で就職する人も多かったとはいえ、私は高校生活を目的意識がきちんと持てるものにしたかった。

 結局、父が亡くなり私の貯金を学費の1/4〜1/3くらいあてて大学に通っていたことを知り、「何だったんだ!」と思ってしまいました。
 それならあんな鬱屈した思いをしなくても、胸を張って堂々と高校と大学に行けたのじゃないか?
 全体としては自立していなかったとはいえ、父が亡くなって知った真実に愕然としてしまいました。
 よい高校に通っていたのに、そう思えなかった自分が悲しいです。

 母校の高校、全県学区になって待望の洋光台駅周辺を勢力範囲に加えました。
 人の流れはそう簡単に変わらないのかもしれませんが、本来の可能性を存分に見せ定員ももう少し増やしてほしいと思います。ガンバレ!

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タグ: 人生後半 聚楽 養老


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