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2015/5/23  21:50

我が家に石原慎太郎の本はなかった  人間開発(Human Development)
 我が家に石原慎太郎の「スパルタ教育」はありませんでした。
 その影響を受けた本を見たわけですが、我が家はどちらかというとリベラルな教育論が好みでした。
 しかし私が生まれた頃に「スパルタ教育」が発行され、世の中は批判しつつも大ブームでしたから、その影響を受けたのだと思います。

 韓非子に由来する、「慈母敗子(じぼはいし)」ということばがあります。
 小さい頃から甘やかされた子供は、大人になり自らが言われてきたことと現実のギャップに苦しみ、やる気のない負け犬になるということです。
 これは儒教の「仁を以って教育する」という考え方に対抗したものです。
 たしかに意味もなく甘やかすのはよくありません。
 一方で「仁のない人物」が暴力を振るったとしても、何の意味もありません。
 そんなことをするのなら、拷問官にでも任せればよいのです。

 私には子がいませんが、「仁をもって教育する」という考え方ですね。
 
 時には厳しくしても、それが正統な教育法だと思いますよ。

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2015/5/23  12:24

謎の多いスパルタ(ラケダイモン)  人間開発(Human Development)
 スパルタはアテナイと並ぶ都市国家でありながら、現在出土品が少なく古代ギリシア時代のスパルタの実情はほとんどわからないのだそうです。
 「ここに有力都市国家が本当にあったのか?」というほど少なく、都市再現図すらいまだに作れません。
 国も鎖国をしており、当時の人はスパルタ人に会うことも珍しかったようだ。

 ただスパルタ人が書き残した文がたまに出土し、スパルタ人は体力ばかりでなく、それなりに教養もあり国を統治することができる官吏制も持っていたことがわかっている。
 軍人教育については、鎖国をしているため伝説めいたものがある。
 実際には、陸軍幼年学校からはじまる士官教育に近かったと感じられる。
 スパルタ(ラケダイモン)の兵営は、陸軍士官学校の役割を果たしていたわけです。
 その制度は作ったリュクルゴスがスパルタでひじょうに尊敬され廟もあったということ、スパルタ人から見て不自然な制度ではなかったのです。

 スパルタが恐れたのは、その軍事技術の他国への流出だったのかもしれない。
 しかしそうして見ると、スパルタは軍人教育において士官学校のような制度を持ち、それがアテナイのギムナジウムに匹敵する人材を供給していたことがわかる。
 スパルタを支えたのもまた、今で言う士官教育であったのだと感じる。

 事実、スパルタが没落したのはテーベとの戦いに敗北したからだが、テーベの将軍はスパルタ軍の戦術をよく研究し、それを破る戦術を編み出し圧勝した。
 つまり鎖国をしていたため、長年よく軍事機密が保たれていたが、外国へ遠征し都市を支配するなどしたため、機密が保てなくなりよく研究され圧倒されたのである。
 その時の兵数の差はあまりなかったと考えられるので、スパルタ軍の強さは体力の強さではなく、その軍人教育の成果から来る戦術にあったと考えられるのです。

 テーベに敗れたスパルタはあっさり本土への侵攻を許し、基盤の農業奴隷を解放されてしまった。
 それだけでスパルタは一気に衰退したそうなので、基盤は脆弱だったようです。
 今でもギリシアの首都であるアテナイとは、実際には大きな差があったと感じられるのです。 

 ところでテーベには、神聖隊と呼ばれる同性愛者の部隊があったそうですが、実情はよくわかりません。
 テーベには成人男性と少年が同居する習慣があったようなのですが、どういう理由でどういうものであったのかはわかりません。
 保守系の作家さんがスパルタ教育や、はたまた同性愛を賛美したりしています。
 これは自らの軍国主義復活の考え方に、都合のよい考え方であったせいなのかもしれません。

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