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2015/3/16  21:43

祖母は明るい性格だったそうです  適当(エッセイ)
 私事ばかり書いて申し訳ないけど、祖母は大変明るい性格だったそうです。
 事実上の長女でしたので、横浜の家は親戚が横浜見学に来る時の宿泊施設と化していたそうです。やはり若い娘さんたちは横浜見学をしたいので、よく来ていたそうです。
 戦争中はさすがにそういうこともできなかったのですが、地主の娘だからと言って何もしないことはなく、一生懸命困難な時代に対応していたそうです。
 ただ…お嬢様育ちだったせいか、人をあまり疑わない性格だったそうです。
 それが仇になってしまったという話でした。

 仕事一筋の祖父に対し、祖母は世界を広げたのかもしれません。
 そして家は繁栄し、祖母が家が離れても繁栄を続けました。
 たしかに祖母は、家を繁栄させた功績はあるのです。

 祖母は家を離れなければ、もっと長生きしたように感じます。
 やはり日本女性は、家で大切にされているから長生きなのだと思います。
 祖母を見ていてそれは本当に感じます。

 ところでマスコミで離婚をすると女はハッピーで男は奈落の底と言いますが、私の祖父母を見ている限りは逆だと思います。
 私の祖父母は好んでした離婚ではありませんが、祖父は生涯元気いっぱいでした。
 もともと横浜で一人で頑張っていたので、苦痛ではなかったのでしょう。
 ただ…風の噂で祖母が亡くなったと言うのを祖父も聞いたのか、その話があった頃から健康を害することが増えたように感じます。
 一途な人でしたから、離れても祖母を大切には考えていたのかもしれません。
 それを示した部屋も、実際にあったのですから。
 もはや返っては来ない時間とわかっていても、それを希望に生きていたのかもしれません。

 私は長年祖母を「あの人」と言っていたのですが、40歳をすぎて時もたったしもはや何もおきないと思うので、「祖母」と言えるようになりました。
 
 でも今でも…あまり好きな人ではありません。
 たぶん・・・似ているから嫌いなんです!

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2015/3/16  20:38

少し部屋の模様替えをして  日記(I love one day)
 来年度もここにいることになったので、気分変えて引っ越そうとも思ったのですが、お金がもったいないので却下、かわりに古くなったものなどを交換し模様がえ、春っぽくしたら一部女性っぽい雰囲気になってしまいました。
 花咲く年度にしようと思ったのですが、まあいいかな。
 いつのまにかモノが増えたので、整理して異動しやすいようにしよ。
 読んでいないDMやフリーペーパーの類が増える一方です。

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タグ: 自然 進歩 教養

2015/3/16  3:08

趣味を重んじる家  適当(エッセイ)
 たしかに祖母の家は、趣味を重んじる家であったのかもしれません。
 商売の役に立たないことはする意味がないという考え方があります。
 むろん本業は農業であったわけで、農業の知識をきちんと身につけ農業経営をしなければなりません。
 それは簡単なことではありませんでした。

 一方で人脈というのは大切であり、江戸商家は俳諧などの趣味を通じそれを広げていきました。
 贅沢ということではなく、必要であったから学ばせていたのだと思います。

 全国的に見れば大きな地主ではありませんが、会いはしないもののいろいろ話を伝えられることがありました。しかしただただ遠い感じしかしませんでした。
 小さい頃、「御当代がお前の趣味の話を聞いて、よい趣味を持つことはよいことだから一生懸命やりなさいと言っておられたぞ。」と言われても、会った人でなければピンときませんでした。
 
 もう私にとっても無関係な人達です。
 祖父と祖母の縁が切れていれば、もはや遠い人達です。
 旧家だからといって、特別つきあいたいとも思いません。

 祖母の家の家風は、「文化を重んじる家風」でした。
 それは…大切にしたいと考えます。
 そのくらいは残してよいでしょう。

(3/16(月) 最後の三行を加えました。)

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