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2011/12/13  23:34

いずれにしても乃木将軍の作戦で正解です!  国軍(National Army)
 いずれにしても旅順要塞戦は乃木将軍の作戦で正解です!
 当時すでに塹壕戦が中心の時代に、真っ先に高地を奪取してもそれは要塞からの砲撃等の格好の餌食となるだけです。
 まず要塞を攻撃しそれで落城すればよいが、しなければ少しずつ陣地を構築しいて要塞の包囲を厳重にし、二○三高地等の丘の奪取をめざすべきなのです。
 高地からの砲撃で旅順艦隊は撃滅できないが、動きは完全に封じることができます。
 旅順艦隊の動きを封じれば、要塞は完全に孤立無縁となり落城は時間の問題となるわけである。
 児玉源太郎は総参謀として前線の視察に行き、乃木将軍に適切な作戦を助言しただけ、乃木将軍の命令なければ兵士は戦わないので指揮権まではとれない。
 それはあくまで伝説にすぎず、戦後の陸軍悪玉論でとかく作戦についてとやかく言われるが、日本陸軍は優秀な作戦で旅順要塞を陥落させているのです。
 当時の要塞戦の悲惨さを考えれば、日本軍一万六千人の死傷者も冷たいようだが多いとはいえません。
 ましては陸戦には素人の秋山参謀が優秀な提案をしたとも思えないのです。

 海軍は陸軍への対抗意識からもっともらしい伝説を作ることがある。
 たとえば二二六事件で海軍は陸戦隊派遣まではよいが、戦艦長門等の砲門を開き赤坂の反乱兵を威嚇した。
 実際発泡するつもりであり、もし発泡していれば戦艦の巨砲で帝都東京を艦砲射撃するのと同じことになっていたのです。
 大変軽はずみなのですが、そのようなこともすぐれた作戦のように伝えるのは海軍の悪い伝統なのです。
 実は第二次大戦の大本営発表の捏造報道も、大半が海軍のものなのです。
 第二次世界大戦は支那事変を収集できなかった陸軍に開戦の責任があるとはいえ、海軍も陸軍とそう変わらない体質であり、別段どちらがよかったとか悪かったとかいうことはないのです。
 日本陸軍も大モルトケからドイツ軍の伝統を引き継いだ、近代的なすぐれた陸軍であったことをは忘れるべきではないのです。
 日本陸軍は悪玉ではありません。
 第二次世界対戦の大本営発表での捏造は海軍関係の方もひじょうに多いので、私は海軍善玉論をまったく信用していません。
 今でも国軍の中心は陸軍であるべきだと考えているのです。

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2011/12/13  21:24

二○三高地と一夜城の効果!  国軍(National Army)
 二○三高地とは何だったのでしょうか?
 当初、満州現地司令部は二○三高地をあまり重視していませんでした。
 旅順港を砲撃するには、高い丘よりも占領しやすく砲台を設置しやすい丘がよく、二○三高地はそれに向いていなかったからです。
 ではなぜ二○三高地が大切になったのか?それは象徴となったせいだと思います?
 また要塞周辺で一番小高い丘を占領したことは、要塞のロシア兵士の士気をくじくのに高い効果があったらしいのです。
 小田原攻めの時の、石垣山の一夜城と同じ効果があったらしいのです。
 旅順港のロシア艦隊は作戦には用いることができなくなったものの、故意に港に沈めて軍艦を守ったため、陸上からの攻撃による撃沈はできませんでした。
 それでも二○三高地は大切であったと日露共に認め、世界の戦史家もそれを認めている。
 それは二○三高地が旅順の戦いの象徴となったせいに他なりません。
 戦略上の価値よりも、象徴としての価値の方が二○三高地ははるかに高かったのだと思うのです。
 海軍の秋山参謀は英国等へ留学した英才、東郷平八郎、加藤友三郎、島村速雄といった指揮官をその知識で支えましたが、彼を孔明のように言うのは誤りだと思います。
 余談ですが、山本五十六を取り立てたのは島村速雄です。
 かれは土佐の出身で豪放な正確であり、五十六と変わった名前が気になり問うたところ父が五十六歳の時に生まれたからだと言う。島村も五十六の時に生まれた子供がいたので大いに気に入りかわいがられたそうです。
 山本五十六は日本海海戦で軍艦日進に乗船し、左手の指を二本失う重傷を負いました。  

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2011/12/13  1:44

清水寺の「今年の漢字」は「絆」  福鬼(ふるさと茶話)
 昨年の職業大東京校のクリスマスイルミネーションの漢字でもあったのですが、「今年の漢字」に「絆」が獲ればれました。
 職業大の学生さんは、チリの鉱山に閉じ込められ「絆」の力で助かった人達を見て思い浮かんだ漢字だそうです。
 新聞でも地域版で取り上げられました。
 東日本大震災で「絆」は日本人の合言葉になりました。
 14日の夕方から点灯式ですが、今年もよいお天気になりますように。

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タグ: 東京 三多摩 茶話

2011/12/13  0:32

坂の上の雲「二○三高地」を見て  国軍(National Army)
 先ほどNHKオンデマンドで見ました。
 旅順要塞戦はあれほどの激戦であったにもかかわらず、日本軍の戦死者は1万6千人、ロシア軍は1万人と言われております。
 セヴァストポリ要塞を争ったクリミア戦争では、敵味方あわせて約20万人もの兵士が亡くなっております。
 まら第一次世界大戦の天王山となった独仏のヴェルダンの戦いでは、ヴェルダン要塞をめぐり両軍あわせて70万人以上の犠牲者を出しております。

 乃木将軍もステッセル将軍も、兵士を大切にする将軍であったのが意外な戦死者の少なさに出ていると思います。
 乃木将軍は日本の武士道とドイツ騎士団の騎士道を融合させ、近代的な軍人精神にあった武士道を作りました。
 ステッセル将軍もスラブ魂の化身のような男でした。

 参謀長の伊地知幸介も、決して無能ではなかったと思います。
 乃木将軍もドイツ留学においていろいろ学んだことがあったと思います。
 じっくり敵の弱点をさぐり、弱点を見つけたら工兵をうまく使い要塞を攻撃する。その結果が戦死者の少なさなのだろうと感じます。

 二○三高地も兵士や物資が異動する鉄道からかなり離れており、最初にそこだけ占領しても、要塞が弱体化していなければ反撃を受けてしまいます。
 まず要塞を攻撃し少しでも弱体化させなけば勝利はなかったのです。

 児玉源太郎は総参謀長として、日清戦争の川上操六の後継者にあたる地位にありました。
 乃木将軍のかわりに児玉参謀長が指揮をとってうまくいったというのは、少々うがちすぎな気がします。
 司馬作品は戦後の流れで海軍を過大評価する傾向がありますが、陸上測量をする専門家を陸軍参謀本部が握っていることを考えれば、二○三高地がどのような丘なのかは陸軍の方が熟知していたと思います。
 二○三高地の重要性を海軍に言われて陸軍が気がついたというのは、司馬先生には申し訳ないのですがありそうにないです。
 実際陸軍は周辺の丘もよく熟知しており、現地軍は無理に二○三高地を占領しないでも別の丘を占領すれば目的を達せられることがわかっており、現にそうしていました。
 天王山として二○三高地は象徴的な意味を持っていたにすぎないのです。
 児玉源太郎総参謀長は後方から見ていて、すでに要塞は十分に弱体化しているのに、なぜ二○三高地にもっと兵力を集中しないのだ?と考え、それを乃木将軍に進言したことにあります。
 乃木将軍は愚将でも何でもないし、川上操六と乃木希典というドイツ留学組を代表する二人の生き残りとして、立派な役割を果たしたのです。
 児玉総参謀長の行為が越権行為とは思えないし、現地を督戦してはいけないということもありません。
 乃木将軍を児玉総参謀長は立派に支えたのだと思います。

 乃木将軍はドイツ留学経験者として科学的思考のできる人物です。
 要塞戦についても当時の日本の戦力で最高の戦術をとっております。
 わずか1万6千人で旅順要塞を陥落させたことは、もっと高く評価されてもよいと思うのです。

 乃木将軍の武士道と、ステッセル将軍のスラブ魂は本当に立派だったとあらためて思いました。

 またテレビでも少し出ていましたが、乃木将軍もステッセル将軍も本当に兵士を大切にされたのだとも思いました。
 史実として見解の相違はあっても、芸術作品としてはすばらしい出来前でロシア軍兵士の役者もすばらしかったです。
 ロシアの役者さんの協力に本当に感謝したいと思いました。

 収録は終わっているようですが、よい作品としてゴールインしてほしいと心より祈ります。
 

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