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2011/11/13  23:22

日本郵政はロイヤルメールの方向で  社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)
 日本郵政の経営改善の方向性が議論されていますが、参議院で自民党が優勢となり再公社化はありえなくなりました。
 今後は同じ郵便局で会社が違うということがなくなり、縦割りではなく横のつながりを復活させることです。
 民営化は株式会社化で終わりました。あとは政府が株式を保有していれば公共性は守れます。
 経営改善が進まなければ、ドイツポストやオランダのTNTポストを同じ完全民営化になるでしょう。
 問題が経営改善となり郵政選挙の時とかわってきているのです。

 郵便事業の利益は低下しつつあります。
 信書の重要性はなくなりませんが、国際小包事業へのさらなる進出やや郵便貯金事業において利益のあがる事業にしか投資できないようにするしかありません。
 もし民間企業から民業圧迫の批判が出たら完全民営化しかありません。
 
 いずれにしても郵便事業を守り万国郵便条約を守られることを前提に、完全民営化の道筋はあるのです。
 今は守られないから政府が株を持ち続けるしかありません。
 イギリスのロイヤルメール方式です。
 中途半端ですが今はそれしかないと思います。
 日本郵政が利益をあげられない理由は、強力な経営者がいないからです。
 公社への道筋た絶たれている以上、民間企業として郵便事業の公共性を守りながら生きていくしかないのです。
 イギリスのロイヤルメールを参考に、経営改善を進めていただきたいと思います。
 日本郵政のロジスティクス事業への進出の遅れは、日本企業の競争力低下を招くからです。
 横浜港と神戸港にはポートオーソリティー化が待っています。
 円高を最大限利用するためにも、日本の二つの港都のポートオーソリティー化と日本郵政の経営改善は待ったなしだと思います。
 TPP交渉参加でさらに革命を疾走させるしかないと思いました。

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2011/11/13  21:14

「美濃部達吉と吉野作造」(山川出版社)を読んで  日記(I love one day)
 ひさしぶりの読書感想文です。
 薄い本ですが、「美濃部達吉と吉野作造 大正デモクラシーを導いた帝大教授」(古川江里子著 日本史ブックレット 山川出版社)を読みました。
 民主党政権ができてから民主主義に関心があり、昔大学で学んだことのおさらいの意味もあって読みました。
 民主主義はデモクラシーの訳語ですが、もともとはイデオロギー的な意味はなく歴史を積み重ねる中でイデオロギー化したものです。
 たまに民主主義はイデオロギーでないとかいうのもいるので、デモクラティズムということばもあり、民主主義者のことをデモクラティストとも言います。
 いずれにしてもデモクラシーと民主主義は今の世ではイデオロギーです。

 この本ではわりと常識的なことしか書いてありませんが、美濃部逹吉が日本国憲法に反対したのは主権のない時代に憲法を作ることの是非や、自らの天皇機関説により民主主義が実現できたからであり、別に古かったわけでもエリート主義であったからでもありません。
 美濃部博士にとって第二次世界大戦における日本の敗北は、天皇主権説などという近代国家ではありえない誤った憲法解釈にもとづく政治にあり、大日本帝国憲法への信頼は揺るがなかったのだと思います。
 吉野博士は戦争を見ないですんだものの、ファシズム化の進む日本を憂いながら亡くなりました。
 美濃部博士は学問に大変厳しい方、一方吉野博士はキリスト教精神にもとづく大変親切な方であったそうです。
 しかし二人とも民主主義を求める点では同じだったのです。

 彼らは弟子たちが社会主義への道を歩み挫折し、その後ファシズムに協力し国家社会主義者となっていく中でも民主主義を守りました。
 あくまで「市民的自由」を重視される方であったのです。

 大正デモクラシーはロシア革命やドイツ革命といった社会主義革命から学んだものでありましたが、美濃部博士や吉野博士は君主制のなくなったことを憂慮し、強権的国家主義では日本の国体が危ういことを帝大教授して憂慮しました。
 その後の歴史は二人が正しかったことを示しています。

 私は二人が古かったとは思えません。
 なぜなら二人の思想を超越したと思われた社会主義革命は、誤りであったからです。
 「市民的自由」を重視した民主主義こそ正しかったことは歴史が示しているからです。

 特に日本の場合は自由民権運動以来民主主義の伝統があります。
 第二次世界大戦の敗北は天皇主権説に原因があるのであり、憲法が軍国主義的でだからであったわけではありません。
 戦時中の翼賛選挙の中であっても、国民はリベラリストたちを見捨てず当選させたのは、憲法が日本では独伊と違い生きていたからです。
 昭和天皇も憲法を守り普通選挙と中選挙区制は守られていたのです。
 昭和天皇は憲法を守る君主であり絶対君主ではありませんでした。
 天皇もまた民主主義を守ることにより、正しい道を歩まれておられたわけです。


 君主制と両立した社会主義としてはイギリスのフェビアン社会主義もありますが、やはり君主制には民主主義がよくあいます。
 民主党が政権をとれたのも「民主主義」を旗印としたせいに他ならないのです。
 大日本帝国憲法はプロイセン憲法のみを参考にしたのではありません。
 オーストリーのシュタイン博士は伊藤博文らに、「歴史と伝統にもとづかない憲法は根付かない」と歴史主義の大切さを伝えたのです。
 また博士はオーストリー人でありプロイセン人ではないので、オーストリーとプロイセンの双方について伝えたはずです。
 また起草者の一人金子堅太郎は、アメリカのハーバード・ロースクール出身で英米法に詳しい方です。
 つまり大日本帝国憲法には英米法のよさも入っているのです。
 大日本帝国憲法は日本の歴史と伝統にもとづき、当時の列強の君主国の憲法の長所を取り入れ誕生した憲法なのです。
 この本では大日本帝国憲法は定説中心なので低い評価でしたが、美濃部博士も吉野博士が守ろうとし、民主主義のバックボーンとしたのは大日本帝国憲法であったことを忘れてはなりません。
 今ようやく大日本帝国憲法のよさが見直されつつあります。

 日本国憲法では国防ができないということもありますが、民主主義を守るバックボーンとして大日本帝国憲法が見直されてもよいと思いました。 
 憲法を生かすも殺すもそれは結局「現実の政治」による運用次第なのです。
 人によってこの本から感じることはさまざまでしょうけど、私は今後も極右と極左の全体主義に反対し、「皇室と国民のための民主主義」を守らなければならないとあらためて思いました。
 

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2011/11/13  19:31

お江の方は家光を将軍後継者と考えていた  進歩主義(progressive)
 よく秀忠夫人のお江の方は長男家光ではなく、自分のもとで育てた忠長を将軍にと考えていたと言われるが、記録等を見るとそうではなく「家督は長男が継ぐべき」と考えていたのは間違いないと言われます。
 ではなぜそのような伝説ができたのかといえば、家光は後に心身症にともない発病した病によりこの世を去ったと言われるように、いささか将軍として病弱で繊細すぎるところがありました。
 お江の方は家光のそれが不安であるのと、徳川御三家のような地位を得られない弟忠長の将来が不安であったとも推定されています。
 お江の方は大変な賢夫人であり、春日局ばかりが偉かったわけではありません。
 家光が日光東照宮をあれだけ立派にしたのも、豪気というよりは不安でたまらず祖父の権威にしがみついた結果とも言えるのです。
 関西を威圧するための京への上洛にあたっての行列も、大変に華美で贅をつくしすぎたものであったと言われます。
 家康が久能山に蓄積した莫大な軍資金は、家光の代に大きく減り綱吉の時代には枯渇してしまいました。
 家康が見れば激怒するような行動を家光は結構とっているのです。
 島原の乱も自らは病気で江戸城で寝込んでしまい鎮圧は臣下まかせでいた。
 忠長が生きていれば島原の乱鎮圧の指揮は彼がとっていたでしょう。
 平和な時代であるからこそ家光は名君と言われたにすぎないと思うのです。
 ですがお江の方が家光を将軍にとは考えなかったというのは誤り、病弱で繊細な兄を強健な弟忠長が支えるのを理想としていたのかもしれません。
 兄弟の争いは将軍家を衰退させます。忠長が反乱の道をとらなかったのは彼が英邁であったからと言えるのかもしれません。
 平和な時代でなければ将軍後継争いの余裕すらなかったでしょう。
 本当にあの兄弟は気の毒でかわいそうな兄弟であったと思います。

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タグ: 自由 平等 友愛

2011/11/13  19:11

小平市産業まつり盛況でした  社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)
 小平市産業祭りは昨年以上に盛況でした。 
 とてもよかったです。私どものNゲージや風力発電、ロボットも盛況でした。
 小平市商工会の鉄道おもちゃ製作も盛況でした。
 それにしてもさすがは職工さんですね、一日で今後どのように職業体験を考えるべきかということでよい議論をされていました。
 たった一日実施しただけで、あれだけ観察できるのはさすがだと思いました。
 来年情熱がさめなかればさらによくなると思います。
 それにしても多くのすばらしい日本の三多摩の農作物を見て、たとえTPPに日本が参加してもアメリカの巨大農業会社からのダンピングでもないかぎり、日本が負ける心配はないと思いました。
 アメリカの農業会社がダンピングを仕掛けてきたら制裁をすればよいし、WTOにも当然提訴することになるわけです。あちらから見れば日本のJAは巨大国営農業公社です。相当な強敵と見ていると思いますし負ける不安はありません。
 日本はTPPに備えて強力な守りを二重三重に固めていればよいわけです。
 きついことを言えば、耕していないのに補助金や減反で金持ちになれる時代は終わったと言えます。
 真においしいものを作れる農家のみに未来があるのだと思いました。
 いろいろありまして、東やまと産業まつりを記事にするのを忘れてしまいました。
 最近は小平市産業まつりの一週間前の実施が慣例になりつつあります。
 農業分野がしっかりしているのが三多摩の地域産業まつりの特徴です。
 おいしそうなものが並び直売もされてとてもすばらしいと思いました。

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