X平成17年 愛・地球博(自然の叡智)の年にAOLで「趣味のブログ」をはじめました。AutoPageが進歩しますように。X
X(挑む!)新丸山ダム木曽川導水路完成を。 / 中京の愛知・岐阜に国家機関移転を。 / 『ものつくりイノベーション』を。X
X喜望峰の国で日本の「走るサッカー」は開花した。(日本はアフリカ開発会議(TICAD)主催国) / 領土譲らず日露友好X
X『1959.3.10ラサ蜂起』等の『人権犠牲者』を悼みます。 / 西域シルクロード東西文化の融合寛容大東文化復活!X
X支那(キタイ)北京(カンバリク)五輪と08憲章 / 復興オリンピズムTOKYO●202X! / (2025年)大阪・関西万博。X
X東京・三多摩横田飛行場鉄道物流を結びつけよう。 / 国際ハブ港をめざす横浜港の新しい南本牧ふ頭にメガシップ寄港を。X
X(風車のOPEN YOKOHAMA)「横浜開港の精神」を継承し、「愛市の鐘」の「地球都市横浜」を作ろう。X
X日本海(Sea of Japan)側の新潟県 越後妻有では、3年ごとに大地の芸術祭が実施されます。X
X「極限環境」の岐阜県 東濃研究学園都市の隣、花フェスタ記念公園(可児郡)近くに御嶽宿があります。X
X勤労青少年の日は毎年7月第3土曜日です。(平成31年標語)「若い芽を 育て咲かせる 社会の輪」X
X(人間開発は礎)『ヒューマンセキュリティー』による、セーフティネット(安全網)を維持しましょう。X
X雇用支援機構アビリティ、能力開発セミナー生産性向上支援訓練求職者支援訓練を実施中です。X
X(65歳定年制導入を!)「雇用の正規化」は国民生活を安定させ、多くの社会問題を解決へと導きます。X

2008/2/25  6:16

鎌倉城を支えた横浜地域  文化国家(Kulturstaat)
 先日からけいはんな学研都市が奈良市郊外であり、奈良市全体を含めて構成自治体の総人口は120万人を超え、今後新平城京というのにふさわしいと書いてきました。

 一方横浜は現在東京郊外で東京の外港であることは言うまでもありませんが、南に目を向ければ鎌倉の郊外でもあることは意外に知られておりません。
 鎌倉は鎌倉城と言われるとおり、三方を山に囲まれた要塞都市でした。
 そのため経済都市として栄えるためには、外に向けて広げていかなければなりませんでした。
 そのために目をつけられたのが横浜や湘南地域でした。
 横浜には北条市に対抗する有力御家人はおらず、平野がどこまでも広がっておりました。鎌倉幕府への忠誠心の強い地域だったのです。
 現在の金沢区の六浦には鎌倉の外港が置かれ、源頼朝の大倉幕府は六浦から山を越えた街道沿いに置かれました。
 そして鎌倉内ではあるものの、北条泰時は鎌倉城内を離れた横浜よりの北端の大船に眠っております。
 そして鎌倉街道が横浜市内をはしっているのです。

 藤沢などの湘南地域も一遍上人の遊行寺があり鎌倉圏内ですが、旧武蔵国方面では横浜がそうだったのです。

 かといって横浜が今の繁栄を当時から持っていたわけではありません。やはり栄えたのは明治以降であり。今の中心部が栄えだした頃から横浜の栄光がはじまりました。
 関内地区は中州であり運河が縦横にはしっておりました。

 昔からの浜っ子の感覚ですと、「都市の中に港があるのではなく港の中に都市がある。」というのが実感なのです。

 「港と一体化した港湾都市」というところですね!

 話は戻りますが鎌倉はあくまで城であり、横浜や湘南地域の周辺地域が鎌倉住民の食糧や街道の管理を支え、主要港は現横浜市内の六浦であった事実はもう少し知られてもよいようにも思います。

 鎌倉と横浜は縁が深いのです!

 昨年モンゴルの偉いお坊様が、元寇の犠牲者の霊を弔うため鎌倉円覚寺までこられお経をあげていかれました。鎌倉もまた世界遺産に向けレッツゴーです!!!
 
0

2008/2/24  12:43

ハングルクの労働博物館とモスクワの総合技術博物館  文化国家(Kulturstaat)
(同日再投稿 タイトル名等少々変更)
 昨日から今日にかけてブログ記事の資料を求めいろいろ調べていたら、ハンブルクの労働博物館について国際交流基金がリンクを貼っていました。大変興味をかきたてられて調べてみました。
 ハンブルクと言えばドイツ最大の港湾都市でキール運河のすぐ横、横浜との関係も深く横浜通りもある友好都市でもあります。
 マンハイム市にある州立技術と労働の博物館については再三触れておりますが、ハンブルクは民間企業からの働きかけでできたミュージアムであるそうで、博物館なので公立ではあると思われますが、どういう運営形態なのかはっきりしたことはわかりません。

 豊富な産業写真とディスプレイによる職業の展示、あと経営経済学的視点で労働そのものを研究し、男女を問わず労働そのものを展示するという趣旨のようです。
 その豊富な産業写真のコレクションは、写真家の間ではかなり有名なようです。
 はっきりしないのですがおそらく開館は1997年、ホームページは2008年に開かれたばかりのようでまだ整備中のようです。
 図書館もありイベントもたびたび開かれているようです。
 マンハイムの州立技術と労働博物館については、労働体験を重視する展示で知られますが、ハンブルクの労働博物館については、職業と労働についての資料展示を中心とした静的展示に特色があるように思いました。
 展示には“静的展示と動的展示”があり、職業は静的展示と結びつき労働はより動的展示と結びつくと私は考えております。
 どちらの博物館も負けず劣らずおもしろそうに感じられました。

 ちなみにハンブルク港は横浜港との友好港ですが、マンハイムのあるバーデン・ビュルテンベルク州は神奈川県との友好州であります。ちなみにハンブルクはドイツのハブポートであり一都市で一州で、首都ベルリンと一都市一州と同じです。

 ドイツの博物館の設立母体は州ですが、当然博物館は社会教育施設で営利施設ではなく、それは国益に適う事業として考えられ連邦予算からの補助が行われております。自己収入アップについてはともかくとしまして、先進国で博物館を営利事業として考えている国はありません。

 それと以前から気にはなっているのですが、モスクワに総合技術博物館(工業技術博物館)というものがあります。英語名がポリテクニカルミュージアムといいます。私どもはことなの発祥は英国ですが、ポリテクセンターやポリテクカレッジということばを使い、理論と実践の両方に強いテクニシャン・エンジニア(実践技術者)を重視します。
 ロシアも英国あたりから学んだのだと思いますがポリテクニックを大変重視します。
 これはレーニン夫人のクルプスカヤからはじまっていると教育学の本で読んだことがありますが、ロシア帝国時代からの伝統的なものでもあるのでしょう。

 そしてどの博物館にも専門図書館があります。

 怖れながら申し上げますが、私は以前の私のしごと館の説明の「ものつくりの総本山」ということばが、どこからきたのか気になっているのです。ロシアの総合技術博物館は「ソ連時代の重厚長大技術の総本山」とあるサイトで紹介されています。誰かの耳打ちがそのまま口に出たのだとも思われ、偶然の一致だと思いますが・・・ナショナルミュージアムを指すことばとして使われることばでもあるのでしょう!そう思わせていただきます!

 もし総合技術博物館を作るのであれば、前例もあり楽なことであったでしょう。
 しかし職業総合情報拠点を作ると言って、政府決定と国会承認を受け設立しているのであり、それと違うものにしてしまえばルール違反となります。もちろん時代の流れにあわせて目的を増やしてゆくことはありますが、設立してすぐに方向性を変えてしまうと最初からそれが目的であったと思われ騙したと考えられ、「廃止?当然だ!」にたしかになりかねません。マスコミの誘導に引っ掛かってしまったのかもしれません。「そういう一面もある」ということにすぎないと思います。

 私のしごと館は、あくまで職業労働博物館でなくてはならないのです。

 「科学と仕事」というテーマで企画展をすることは可能でしょう。しかし職業の静的展示と労働の動的展示をうまく組み合わせていかないと、趣旨に則った博物館はできないように思います。

 科学と仕事をいかに結びつけるか?科学文化と伝統文化いかに融合させるか?それがけいはんな学研都市(新平城京)にある私のしごと館に課せられた永遠のテーマなように思いました。

 これからきっとさらにおもしろくなると思います!

 鉄道もあと数キロメートルですのでしっかり敷かれ、けいはんな学研都市中心部はさらに発展することでしょう!

 運営費に見合った経済効果はさらにあがっていくと私は信じます!


(ハンブルク 労働博物館)
http://www.museum-der-arbeit.de/

(モスクワ 総合技術博物館(ポリテクニカルミュージアム))
http://eng.polymus.ru/

(この記事も現在のトップ記事につなげさせていただきます。)
0

2008/2/23  12:38

けいはんな学研都市中心部に地下鉄駅を!〜そして新祝園駅へ!〜  文化国家(Kulturstaat)
 今、本当に勝負所だと思います。
 学研都市全体の構成自治体総人口が120万人を超えているにもかかわらず、けいはんな学研都市の中心地であるけいはんなプラザ、国立国会図書館関西館、私のしごと館、けいはんな記念公園まではバスでしか近寄れない現実です。
 私なりの考えですが、学研奈良登美ヶ丘駅から最後の仕上げをどのようにするかということです。
 まず人口が高の原駅と学研奈良登美ヶ丘駅地域まで増えているので、「高の原駅が近いし・・・」ということになるのでしょうが、私としてはけいはんな記念公園を経由して新祝園駅に抜けるルートがよいと思います。
 そして木津川台駅周辺は操車場等で交通分岐点にしてはいかがでしょうか?
 すでに宅地開発がほぼ終了している現実があり、少しけいはんな記念公園が丘のようになっている現実があれば、トンネルを掘るしかないと思うのです。

 問題は地下がどうなっているかです。

 たしかに遺跡はありませんが、地下水脈があるのかもしれません。

 けいはんな記念公園周辺は、バブル時代は新都市交通を走らせる話もあったのですが、今はとてもではありませんがそれは無理です。
 LRTを走らせる方法もあるかもしれませんが、それも今更という気がします。

 地下鉄であればいざという時防空壕としても使え、けいはんな学研都市中心部に地下坑道を構築しておくことは将来都市が大規模化した時大変な意味を持つと思うのです。
 都市防空壕として、都市中心部に地下鉄があることはごく当たり前の発想だと思います。

 まず謙虚にけいはんな記念公園まで思ったのですが、地下鉄は入口と出口がなければ話になりません。そして学研奈良登美ヶ丘駅-けいはんな公園-新祝園とつながれば、阪神地区と京都と奈良がスムーズにつながるのです。新平城京はさらに発展するでしょう!

 中心部に地下鉄があれば、そこが中心だとはっきりわかるとも思うのです。

 新祝園駅でJR学研都市線との接続もよくなっていくでしょう。

 けいはんなプラザの交通の便が悪いままですと、二次破綻の可能性も否定できないのです。京都、大阪、奈良までのアクセスがよくなれば、あそこにオフィスを置く会社もうなぎのぼりで増えてゆくと思います。

 そうなってこそ、木津川にほど近い親水性を活かした都市設計ができると思うのです。

 私のしごと館に図書館(メディアテック)を復活させられるかもしれません。

 高の原駅は学研奈良登美ヶ丘駅と同じ奈良市にあるので、けいはんな学研都市の中心部が完全に奈良市に偏ってしまうので、私としては賛成できません。

 もし新祝園が精華町で、けいはんな記念公園前も精華町の問題がもしあるのであれば、ほんの少し南の木津川市の木津川台に駅を作る方法もあると思います。

 とにかくけいはんな学研都市中心部に地下鉄を持ってこなければ、新平城京がさらに発展する基盤がなくなってしまうと私は信じます。

 ハワイ出身のオバマ氏ではありませんが、周辺自治体も「アロハ精神」で譲り合わないといけないと思います。

 タウンミーティングの必要があるかもしれませんが、グズグズしているとけいはんなプラザが二次破綻しますし、私のしごと館やショッピングセンターも消滅し、さびれた中心部に国立国会図書館関西館だけ残る自体になりかねないので、急ぐべきだと思います。

 最後に関西科学大学が申請書類の不備で開学失敗したそうですが、奈良学園様も今度は成功してほしいと思います。

(参考)
(けいはんな学研都市ポータルサイトBサイト(研究/産業) けいはんなの立地施設と土地情報を知る)
http://www.kri-p.jp/portal/ritti/index.html

(近鉄けいはんな線)
http://www.kintetsu.co.jp/shinsen/index.html

(近鉄京都線 K'S NAVI)
http://www.kintetsu.co.jp/railway/rosen/A50003.html

(学研都市線で行こう!!)
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/gakensen/

(奈良県 学研・大学連携室 けいはんな学研都市なんでも大百科等)
http://www.pref.nara.jp/gakken/index.html


(追加)
  私のしごと館は、日本の職業文化衰退を憂える国民世論により政府決定と国会承認により設立された遊園地ではないナショナルミュージアムです。この記事やトラックバックでつなげてある記事は、初代館長の辻村江太郎先生や建築家、協力してくださった各界の方とは何の関係もございませんが、鰍ッいはんなの民事再生法適用にも見られるとおり、今はけいはんな学研都市においてもきわめて大切な時期と考えますので、トップ記事にトラックバックさせていただきます。今後も新平城京でもあるけいはんな学研都市の発展とともに、日本の職業文化発展に大いに貢献すると思います。心ない噂により多くの誤解ばかりとなり、私も世間の白眼視を受け、生きるのが嫌になる思いをたくさんしてしまいましたが、それも一所懸命仕事をした結果であり、これからでも皆様の御理解をいただければ幸いであり、また御理解が得られることを信じます! 
0

2008/2/23  2:50

やはり近鉄けいはんな線は、けいはんな記念公園まで来てほしい!  文化国家(Kulturstaat)
 やはりですね、私なりの結論を言いますとけいはんな記念公園前まで地下鉄形式できてはいかがでしょうか?
 けいはんな記念公園であれば私のしごと館、けいはんなプラザ、国立国会図書館関西館すべてに徒歩で行くことができ、阪神圏からのアクセスもさらに容易になります。
 そこからさらに必要なら新祝園駅まで伸ばせばよいと思います。

 あそこは丘になっていたはずなので、地下鉄形式がよいと思います。
 もうすでに宅地開発されてしまっているので、地下に行くより他はないように思います。
 お金がかかるのでしょうか?
 高の原駅がたしかににぎやかです。
 しかしやはり絶対にけいはんな学研都市の中心部に、絶対に絶対に鉄道を通すべきだと私は思います。 

 これが私なりの研究の結論です。



(けいはんなプラザ)
http://www.keihanna-plaza.co.jp/index.html

(けいはんな記念公園)
http://keihanna-park.jp/

(近鉄けいはんな線)
http://www.kintetsu.co.jp/shinsen/index.html
0

2008/2/22  6:13

新平城京の「科学文化と伝統文化の融合」  文化国家(Kulturstaat)
 昨日「新平城京の使用例はないかな?」と思い調べてみました。平城遷都1300年事業をめざす「新・平城京」の使用例がありましたが、これは平城京跡の整備を中心とする事業のことだそうです。

 「新平城京」の使用例としては、1994年に亡くなられた故奈良市長の鎌田忠三郎先生が好んで使われたことばだそうです。この方は剣禅一如の文武両道の方であったそうで、戦後苦しむ奈良市民に「新平城京」を唱え街づくりに邁進されました。

 そういえばけいはんな学研都市を構想された、故奥田東(おくだあずま)京大総長も奈良県の畝傍の方であったそうで、奈良とけいはんな学研都市は切れない関係にあるのです。奥田東先生は1999年まで生きておられたそうですから最後の夢であったわけですね。

 けいはんな学研都市は科学都市の部分だけ指すことが多いのですが、やはり構成自治体全体を見るべきだと思います。先日書きましたとおりその視点で見ればすでに人口約120万人に達しているのです。都市や都道府県の境界線にこだわらなければ、まさに「未来をめざす新平城京」そのものではないでしょうか?奈良市の郊外であるわけですし、けいはんな学研都市の科学文化と奈良市の伝統文化の融合が、未来の奈良のみならず、日本をリードする一つの文化圏となりうるのではないでしょうか?

 新しい文化を作るときそのバックボーンとなる伝統文化は必要で、平城京文化こそそれなのではないでしょうか?また木津川市は近代的港湾都市ではありませんが、木津は平城京を支えた主要港でした。少し木津川までは距離がありますが、人々の親水性も生かせる空間だと思います。港の形は今はありますが、木津川市を港町としてみるとけいはんな学研都市中心地区はインナーハーバーにも見れるのです。すばらしいことではないでしょうか?

 残るはけいはんな学研都市中心部に通じる交通問題だと思います。地図を何度も見たのですが、奈良市に奈良登美ヶ丘駅があり巨大ターミナルとなりつつあります。近鉄けいはんな線はそこまでなのですが、けいはんな学研都市中心部まで、けいはんな線からも京都線からも3キロ程度しかありません。

 理想を言えばけいはんなプラザのすぐ傍にまで地下鉄方式でができればよいのですが、こちらもかなりの巨大ターミナルの高の原方面の南沿いに鉄道を敷く案があ有力らしく、地図でもそこは空白地帯になっております。すでに宅地開発されているところが中心部は多く、自然を守るためにも防空壕のためにも地下鉄形式になるかもしれませんが、難しい調整があるゆえにまだ議論が進まないのでしょう。しかし本当にあと一歩まできているのです。民間企業にリスクがあることはお願いできないとはいえ、市民の方の議論が一日も早く進んでほしいと思います。

 そうすれば鉄道とバスの輸送力は違うので、けいはんな学研都市中心部に大量の人を流れ込むようになると思います。

 私のしごと館の機能を最大限に発揮できる状況になると思います。

 新平城京の新しい中心部のターミナル作りはあと一歩のところまできております。私のしごと館や国立国会図書館関西館ができたあたりから、けいはんな学研都市の人口増加に加速がつきました。皆さん期待していると思うので、ここで私のしごと館がこけるわけにはいかないと思います。

 新平城京は故鎌田忠三郎先生の薫陶を受けられた方が好んで使うことばのようです。奈良市役所は平城京跡のすぐ傍にあります。新平城京の発展は東国から見ても大変楽しみなことだと思いました。

 キーワードはおそらく、「科学文化と伝統文化の融合」だと私は思います。

(参考 奈良市都市計画マスタープラン)
http://www.city.nara.nara.jp/www/contents/1149036969238/files/mp_01.pdf

(お詫び)
 学研奈良登美ヶ丘駅は奈良市でした。
 ちょっとした勘違いでお詫びの上修正させていただきます。
0


AutoPage最新お知らせ