X平成17年 愛・地球博(自然の叡智)の年にAOLで「趣味のブログ」をはじめました。AutoPageが進歩しますように。X
X(挑む!)新丸山ダム木曽川導水路完成を。 / 中京の愛知・岐阜に国家機関移転を。 / 『ものつくりイノベーション』を。X
X喜望峰の国で日本の「走るサッカー」は開花した。(日本はアフリカ開発会議(TICAD)主催国) / 領土譲らず日露友好X
X『1959.3.10ラサ蜂起』等の『人権犠牲者』を悼みます。 / 西域シルクロード東西文化の融合寛容大東文化復活!X
X支那(キタイ)北京(カンバリク)五輪と08憲章 / 復興オリンピズムTOKYO●2020! / (2025年)大阪・関西万博。X
X東京・三多摩横田飛行場鉄道物流を結びつけよう。 / 国際ハブ港をめざす横浜港の新しい南本牧ふ頭にメガシップ寄港を。X
X(風車のOPEN YOKOHAMA)「横浜開港の精神」を継承し、「愛市の鐘」の「地球都市横浜」を作ろう。X
X日本海(Sea of Japan)側の新潟県 越後妻有では、3年ごとに大地の芸術祭が実施されます。X
X「極限環境」の岐阜県 東濃研究学園都市の隣、花フェスタ記念公園(可児郡)近くに御嶽宿があります。X
X勤労青少年の日は毎年7月第3土曜日です。(平成31年標語)「若い芽を 育て咲かせる 社会の輪」X
X(人間開発は礎)『ヒューマンセキュリティー』によるセーフティーネット(安全網)を維持しましょう。X
X雇用支援機構アビリティ、能力開発セミナー生産性向上支援訓練求職者支援訓練を実施中です。X
X(65歳定年制導入を!)「雇用の正規化」は国民生活を安定させ、多くの社会問題を解決へと導きます。X

2007/9/22  12:50

テロとの戦いは空しい!フジモリ元大統領強制送還決定!  国軍(Reichswehr)
 テロとの戦いとは空しいものです。フジモリ元大統領のチリからベルーへの強制送還が決まりました。もうすでにペルーに空で運ばれているころだと思います。
 ペルーのガルシア政権は、大地震への対応の悪さですでに求心力を失っておりますが、それだけ南米社会において日系人への風当たりが強いということだと思います。
 アメリカ合衆国よりも差別意識が強いのが南米白人社会なのです。
 結局恩義を感じない国は、最後にこのようなことをするものなのです。
 アフガニスタンとイラクの暴力革命論者を追い出したところで、あの国の国民は恩義など何も感じないと思います。

 イスラム革命論者の暴力主義者がテロリストなわけです。バーミヤンの大仏も破壊しましたが、基本的にはアフガニスタンとイラクの国内問題で、我々と関係ありません。
 ただ少しずつ議会主義者が増えればそれでよいと思います。

 チリとの経済連携協定(EPA)も無駄になりましたね。チリは日本からのメッセージをきちんと受け取らなかったようです。ペルー観光支援もずいぶんやったのに、テロリストの人権などとは、ペルー国民を大量虐殺した彼らにどのような人権があったのでしょうか?村の農民を殺害しその切った首でサッカーをするような狂信集団に(フジモリ氏の著書より)、どのような戦い方があったというのでしょうか?あれは内戦だったのです。

 彼らを殲滅しなければ、今でも大勢のペルー国民が殺され、市民は恐怖に震え、革命は南米各地に飛び火していたかもしれません。議会主義をとらない暴力主義者をペルーとチリは支持したということであり、「テロはすばらしい!」と両国は世界に宣言したのです。サッカーのマラドーナも「フジモリは嫌いだ」と言っていましたが、彼はチェ・ゲバラから大きく離れた殺人集団の現状を知らないだけなのです。

 苦肉の策ではあったわけですが、フジモリ元大統領は二重国籍者で日本国籍も持っておりますので、今後恩赦と日本への帰国を忍耐強く呼びかけていけばよいと思います。

 私はフジモリ大統領へのペルー国民の仕打ちがあるので、「テロとの戦争?あほらしいわい!」と思ってしまうのです。大抵の国は「テロとはすばらしい!革命戦士だ!」と考えております。日本のメディアでさえ多くの人がそう思っているのです。

 辛抱強く、テロと戦った日本人フジモリ元大統領の恩赦と帰国を呼びかけるべきだと思います。

 私だってテロは怖い、誰だって怖い、それだからこそそれと戦った人を大事にし、幸福な老後をすごしてほしいと思います。

 フジモリ元大統領の恩赦と帰国を個人として求めたいと思います。
 
(9/26(水) チリとの協定は自由貿易協定(FTA)なのですが、知的所有権なども含む経済連携協定(EPA)でしたので、お詫びの上修正させていただきます。)
0

2007/9/21  5:52

私のしごと館へのスポンサー、広告と後継者問題について  お知らせ
 私のしごと館ではスポンサーや広告を常時募集しているとのことです。主力としましては私のしごと館のホームページや、情報紙への広告なのですが、その他にスポンサーになっていただきますと、私のしごと館内に展示ができるという魅力的なものがあります。

 横に「商店街再生を考える」というブログのリンクがありますが、このブログの管理人の岩澤孝雄先生は、交通、物流関係で多くの著書もあり、うちの短大図書室にもたくさん本が置いてあります。以前ブログで、「後継者に悩む商店街は、社会資本としてキッザニアのような施設を利用し、それを積極的に活用すべきである」ということが書かれていました。

 当然こういったことには公共機関として、私のしごと館が活用できます。展示については安全面でしっかりしてさえいれば、自分達の思うような展示ができますし、自分達が連れてきたディスプレイ業者にやらせても何も問題はないと思います。

 後継者に悩む地場産業、商店街、また先端技術関連の新産業地帯の企業誘致の広報にももってこいではないでしょうか?今のところスポンサーを見ますと企業のみですが、地域の経済団体や同業者組合でもまったくかまわないと思います。

 あれだけコンテンツがあれば、インターネットにも広告を貼れるスペースはたくさんあると思いますが、まずはホームページトップの広告主を集めるこだと思いますので、記事を書かせていただきました。

 もちろん私は今担当ではありませんので、詳細は横のリンクからホームページを見ていただき、私のしごと館に直接お問い合わせください。

 中高生を中心に年間30万人の入館者と、教育基本法改正で今後学校教育にさらに活用されていきますし、ホームページへのアクセスもかなりあります。「評判の悪い施設と連携しているように思われると、企業イメージによくないのではないか」と思われるかもしれませんが、本格的に準備を開始したのはバブル崩壊以降であり、現実は日本経団連や関経連からも応援していただいている、きわめて公共性の高い事業であります。

 学校教育におきましても、おかげさまで、なくてはならないものとなりつつあります。市民との相互作用がありませんと、新しい機軸や未来も切り開けないので、スポンサーや広告主の積極的参加をお願いしたいと思います。またそういった活動を通じ、あの巨大施設に「このようなことをやってほしい」という要望を、団体等を通じ積極的にあげていけば、すべてが適うわけではありませんが、真の「日本仕事博物館」として、近畿を代表する施設になっていくことを確信しております。

 ぜひとも!よろしくお願いいたします!

(11月3日加筆修正)
0

2007/9/19  6:21

長嶋茂雄夫人亡くなる  心氣体(fitness)
 長嶋茂雄さんの亜希子夫人が、18日の早朝4時33分に心不全で64歳の若さで亡くなりました。長嶋さん最近回復してきたところでしたが、まだまだ本来の笑顔からはほど遠く、ベイスターズファンであっても心配しているところを、いきなり元気なはずだった夫人が亡くなった報を聞きびっくりしました。
 
 御冥福をお祈りいたします。そして長嶋さんが気を落とさないことを切に祈っております。長嶋さんはジャイアンツ、タイガーズ、ベイスターズファンをこえたスーパースターなのですから!

 先日は敬老の日でしたが、日本人が長寿になったとはいっても、無理をしたりすれば若死にする人もいます。日本ではあいかわらず自殺する人も多い、人殺しも多い、長嶋さんのライバルだったミスタータイガース村山実さんもこの世におりません。養生や長寿ということもあらためて大切に思ってもよいのかな?と思いました。

 
0

2007/9/18  5:53

ウィキスキャナーと市民解説書(ウィキペディア)  汽船(エッセイ)
 評判のウィキスキャナーを使ってみたのですが、アクセスが殺到しているのか、私の使い方が悪いのか、どうもうまくいきませんでした。
 ただ「wikiscanner」で検索しますと、IPアドレスのみ覆面執筆者の方で、かなり目立つ方の執筆記録が出ておりました。上位に出てくる人は笑える人もいますが、背筋が凍りつくような執筆記録の方もおります。

 あととあるブロガーさんの記事で、ウィキスキャナーだけでなく、他の各種技術を動員して、かねてから噂がありました政治組織と執筆者の関係を追跡し、一見無関係を装っている執筆者どうしのきわめて濃い関係を、IPアドレスと執筆記録からあぶりだしたすばらしい記事もありました。

 ウィキスキャナーは現在開発中の機能があるようなので、編集監視ソフトとして使用できるものがありますが、個人執筆者の背景に踏み込むものではないので、やや不完全な気がいたします。やはりシチズンディウムの実名公開には及ばないと思いました。

 やはり一般市民の方が書き、編集組織(編集部)のチェックや、大家の方が最終的にチェックをしたり意見を述べたりしていないので、やはりウィキペディアやシチズンディウムは市民解説書であり、ブリタニカなどの学術百科辞典とは区別されなければならないという認識が、これを機会に広がってほしいと思います。

 あと当事者は書くべきではないという編集方針が吹聴されていますが、一方でその件に詳しい方が書いてほしいという編集方針もあります。実はウィキペディアの編集方針は、何か問題がおこるたびにつけたされたり、ある集団に都合のよい編集方針がつけたされた結果、ダブルスタンダードどころかトリプルスタンダードになってしまっているのです。おそらく編集に携わったことのある方なら、あの編集方針の異常な長さと、編集思想のまとまりのなさは理解できると思います。通常は簡略で誰でもわかりやすいものをウィキペディア財団が作らなければいけないのです。だいいち個人執筆者の背景がわからなければ一部しかチェックできません。

 個人執筆者の背景は、アカウントをとっている人もかなり都合よく個人背景を書いている人もいます。集団で動いて多数派に見せかけたり、いくつもアカウントをとって人格を使いわけて自作自演をするような方もいます。ある方は「アカウントをとればその人物がこの世にいなくてもかまわない、それはネット上の人物なのだから」と書いていましたが、それはどうなのでしょうか?コンテンツ制作も最終的には「その執筆者、編集組織に信頼がおけるか」につきるのです。ウィキペディア財団の中枢にいる人は、アカウントをいくつもとって動き回ったり、グループを作って動き回って集団がいることを知っていると思います。ウィキスキャナーは一番問題行動をおこすそれらの集団のチェックを完全にはできないのです。

 私が問題を感じたのは、観光関係者や地元民の大雑把な記事です。自慢をしたいあまりことばが誇大妄想のように大きくなってしまったり、距離関係や位置関係の記事に誤りがあったりしていました。それだけならよいのですが、ライバル観光地の記事を荒らしにいったり、そこに行った時、その記事を参考にすれば道に迷ったり、不快な思いをするであろう内容を書くというところです。近畿地方にも「この野郎!」ということで、記事を書いてたブロガーさんがいました。志摩半島関連の観光や交通関連記事を荒らして、故意に大混乱させているのがいるようです。

 上の件の個人背景には、多少推定や噂もありますが、かなり知られていることでもあります。

 間違っていたり多少誇大な書き方があっても、書く対象を心から愛し、一生懸命調査したことがわかればよいのですが、「内容や知識はいい加減でも、ただ自慢して目立ちたい」という考え方しか感じない方もいます。

 匿名だと悪い人間ほどより悪く振舞うというところなのです。「悪貨は良貨を駆逐する」というところです。「ウィキペディアは匿名のままでは信頼が確立されない市民解説書」であることが、この件で一般市民に広がってゆけばよいと思います。真面目な方が気の毒な世界ですからね。信頼を高める努力が創立者も言っているように、これから必要だと思います。「きっこの日記」にもいろいろおもしろいことが書いてありました。いろいろありすぎる世界なんですよね。
0

2007/9/17  13:30

日本は受験より学校教育を重視した伝統を持つ国である・・・  人間開発(Human Development)
 安倍政権で一番危険このうえないと思ったのは、政治任用制度でした。
 アメリカなどでは、政党に属する人が官庁の幹部として派遣され高等文官となっております。それを日本でも導入しようとしたわけですが、すでにキャリア制度という高等文官制度が根付いている日本で、それを一気に転換させることは難しいし、行き過ぎとも思いました。

 でも最近早い段階で官庁に見切りをつけ、政党に入ったり民間企業に行く人が増えております。将来はどうなるかたしかにわからないのです。官民の人事交流をさかんにする制度を作り、未来への布石を打ったことは安倍政権の功績だと思います。

 日本では江戸時代、科挙を導入するより藩校の設立に熱心で、受験よりも学校を重視する傾向があります。しかし西洋の高等文官試験は、中国の科挙を参考にしましたが、内容は実務的なことを問うことになっており同じものではありません。

 中国の科挙は一種の宗教教育で、儒教を国教とするためのもので実務的ではなかったからです。
 儒教が国教でない日本は、それだからこそ藩校や学校設立を重視したのだと思います。

 最近少子化で、受験産業に未来がなくなる一方で、教育訓練産業はますます活性化しつつあります。イーラーニング市場も拡大しております。

 もはや受験より学校を重視するほうが自然だと思うのです。

 大学も学風で選ぶ傾向が強まると思います。少子化によりごく自然に、科挙より学校を重視した日本の伝統が復活しつつあるように思うのです。

 受験重視は今度は国際的に通用する海外の大学をめざしておりますが、それは長続きするのでしょうか?科挙より学校を重視した日本の伝統を思いおこすべきだと思います。しかし西洋風の高等文官試験の長所は評価すべきです。その西洋でも受験より学校教育を重視している事実を忘れてはならないと思います。

 藩校教育を受けた人が明治維新でも大活躍したのです。やはり受験より学校教育だと思います。中国の科挙は中国哲学を衰退させました。受験は社会を画一化させてしまう弱点もあることも理解するべきだと思います。
0


AutoPage最新お知らせ