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2007/5/14  5:24

市民百科辞典と受益者負担  社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)
 ウィキペディアもコンテンツが拡大するにつれ、編集はやらないまでも資金と組織はさらに必要となり、それに必要な寄付も集まりづらくなっているようです。
 私はウィキペディアは、「ウィキという技術を使った壮大な実験」であったように思うのです。それが一定の成功をおさめ、権威すら持つようになった中で、その編集、組織運営のありかたが問題となりつつあったのであり、シチズンディウムの誕生は必然であったのです。
 それは誠に時宜を得たものであったと思います。
 ウィキペディアの功績は、「市民百科辞典」という新しい分野を開拓したことにあります。それは学習百科辞典、一般百科辞典とも違う新しい分野だと思うのです。
 その特色は、市民による投稿を基盤としているため、一般百科辞典では掲載されないような情報やエピソードまでカバーできることにあります。
 しかし編集については「集団知」というひじょうに怪しげなものなのです。おそらくウィキペディアの公式方針の中に「集団知」ということばは一切出てこないと思います。方針に掲載するにはあまりに怪しげな考え方だし、匿名編集の中で「集団知」の質が保証されないからだと思われます。
 ですが影響力が高まるにつれ、その品質は財団により保証されるものでなくてはなりません。
 今現在の状態は「集団知タダモノ論」のような気がするのです。それはかつての「人民さえいれば専門家や知識人はいらない」という、ある種の狂気にさえつながります。「匿名編集の集団知がそれだけ信頼できるのなら、匿名掲示板の情報は信頼できますか?」と言いたいのです。だからこそ編集体制は必要不可欠なのです。
 そして編集体制の維持にはお金がいります。それは出版社並の組織体制が必要で、実際協力を求めていかざるえないのではないでしょうか?そして無限の無秩序な膨張を防ぎ、品質保証をされたものとするため、おそらく受益者負担を求めざるえないと思います。それにより安定したコンテンツを生産できると思います。すでにマイクロソフトがやっているように、一部をインターネット上で流しても、すべてを流さず、少額でも利用者から受益者負担を求めていく形になるように思うのです。
 シチズンディウムは普通の寄付の他に、アマゾンと提携し本を購入するたびに少額寄付がされる新しい仕組みを作ろうとしているようです。それにより経営が安定すればかまわず、著作権についてもあまり強くを主張しない、あらゆるインターネットコンテンツの基盤となる市民百科辞典ができる可能性もありますが、おそらくそれでも金額は不足し、経営が安定しなければ受益者負担を求めていかざるえないと思うのです。
 市民からの情報提供により、消えつつあることが市民百科辞典の中に公式なコンテンツとして残る可能性もあります。実際に関わったり、その項目についてそこにいた人がくれる情報は確証も高いし、裏付けもその時代まではとれるものだからです。
 壁はアメリカのように寄付をする文化が根付いているところはともかく、日本のようにそれがない国で、どこも同じようにフリーで使用でき、「集団知」なるものによる怪しげな編集体制で一定の権威を持ち発信される怖ろしさです。それはなくさなければなりません。そして市民からの情報は良質なものこそ長く固定され記録として残り、「シチズンディウム2006年版」、「シチズンディウム2007年版」、「シチズンディウム2008年版」…のように長くwebに保存されるべきものだと思うのです。永久に完成されない百科辞典は価値がないのです。
 市民百科辞典は新しいインターネット文化です。それだからこそ「集団知」という曖昧なものではなく、より優れた編集体制により品質が保証され、長く学術成果が残るべきものであると私は思うのです。
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