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2006/11/30  5:37

川崎市がテレビ朝日に厳重抗議!  適当(エッセイ)
 この件はやはり書いてみたいですね、テレビ朝日のスーパーモーニングにおいて、川崎市麻生区の市有地の活用が無駄におこなわれている旨を、特定の団体のみの主張にもとづく報道をし、川崎市に事前取材をしているにもかかわらずその内容を紹介せず、「新たな問題が発覚しました!何ということでしょう!」とう類の報道をし、しかも新たに発覚したわりにはバスツアーを組んで見に行くという演出に、公共性を考えなければならない放送会社にあるまじき扇動的な編集として川崎市がついにマジギレ、テレビ朝日および何とスポンサーにまで厳重注意したということなのです。
 ちなみに川崎市は市議会にも報告し、川崎市ホームページ等で情報公開にも努めてきたということです。
 私はその番組を見ていないので何とも言えないのですが、いろいろな記事を見る限り川崎市の言い分に充分な理があると思います。
 「言論弾圧の怖れがある」と識者で言っていた人がいたということですが、でたらめな報道をすれば当然それは謝罪するべきことだと思うのです。
 川崎市もテレビ朝日も、互いに絶対誤りを犯さないわけではないのですから!
 編集の責任にするのは、番組の制作者、著作者の逃げ口上でもあり、問題は制作意図だと思います。
 おそらく「バラエティティ仕掛けで行政を叩く」ことを第一の目的とし、事実関係はどうでもよかったのだと思われます。
 私が思い出すのは、かつての悪しき学生運動では叩けるネタがあればそれを利用し、「大学閉鎖、授業ストライキに追い込めれば大成功」という考え方がありました。
 叩ければ事実でなくても大騒ぎし、公共事業の中止や閉鎖に追い込めれば大成功と・・・番組制作者が考えていたとすれば、それはバラエティなどではない、政治的目的を持った宣伝放送であったということもできます。
 「制作意図が何であったのか?」、テレビ朝日は視聴者に説明する義務があると思います。

 http://www.city.kawasaki.jp/20/20kityo/home/kougi/top.htm
                (川崎市ホームページより)
 
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2006/11/29  6:37

12月8日(水)にオープンキャンパスを実施します  お知らせ
 12月8日(水)にオープンキャンパスを実施いたします。
 いつもは短大キャンパスで実施するのですが、今回は大桟橋から横浜港を遊覧する船の「はまどり」の船内で実施いたします。(参加者が少なすぎる場合は変更の可能性わずかにあり)
 もちろん参加費は無料ですので、短大に興味のある方は誰でもかまいませんので、事前に短大にお申し込みのうえ、ふるってご参加ください。
 短大に興味があれば、物見遊山気分でもかまいません。船内はヌクヌクですから。


 はまどりの航路が本牧埠頭や大黒埠頭の近くを通り、波止場で働く人の様子や施設も見れるので、それを見ながら説明をするとわかりやすいということで、神戸港で実施したところ、「大変わかりやすくすばらしい」と大評判をよんだということで、当短大も参考にさせていただいた次第です。

 すでにとある高校で使ってしまったギャグですが、「いずれうちの星と交易してほしい」という宇宙人の方も歓迎しますのでふるってご参加ください。
 なにか缶コーヒーの宣伝みたいですね、BOSSさんごめんなさい。
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2006/11/29  6:14

「港の職人」=港湾人という仕事の大切さ  文化国家
 港湾人ということばは必ずしも職業名ではなく、野球人などと同じようなことばなのかもしれませんが、最近多く使われるようになりました。
 私も毎日にように本牧埠頭を見ておりますが、昨今の港の変貌を著しく、もはや昔の港のイメージとかなりかけ離れてしまっております。
 そしてかつては船会社の下請けのように考えられていた港湾運送業の専門性が高まってきているのです。
 そして大港湾企業も世界各地に誕生してきております。
 その中で、職人的な専門性が今後高まってくる気がするのです。
 港湾人とはそう考えてみると、「港の職人」のようなイメージなのかもしれません。
 横浜や神戸、そして地方港においても「港の職人」がどんどん増えてゆけば、日本の港湾ターミナル運営はさらに発展し、職人どうしの連携も活性化し、さらに港湾がおもしろくなる気がいたします。
 昔も、そしておそらく今も港を支えている港湾人をはげしく差別する人を大勢見かけます。
 差別するつもりもないが、地方の人に特に多い・・・
 横浜人には「ガラが悪い」と言うようなことはあっても、差別的な考え方をする人はほとんどいません。
 ところが横浜を一歩出ると雰囲気が一変するのです。
 「港湾人」を「港の職人」として、よりよいイメージにしていければと思います。
 
 
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2006/11/27  6:06

広告は私たちに微笑みかける死体  文化国家
 何やら物騒なタイトルですが、書名でベネトンのカメラマン兼デザイナーが書いた本です。
 「広告は私たちに微笑みかける死体」(オリビエーロ・トスカーニ 岡元真理恵訳 紀伊国屋書店)という本です。
 広告をあらわすのにこれほど適切なことばはないでしょう、帯にはこのようなものがあります。

 「広告、それは香水をつけた死体である。死者を見たものはかならず「まるで生きているみたいだ、微笑んでいるようじゃないか」と言うものだが、広告にも同じことが言える。広告は死んでいる。けれど、いつも微笑みかけているのだ」(本文より)

 こう書いておきながら、一方では彼はカメラマン兼デザイナーであるわけで、かなり前に買い斜め読みし、数年前熟読したのですが、それでも「わかったようでわからない」というのが正直なところでした。
 最近ふと「巧言令色鮮(すくな)し仁」(論語)を思い出しました。 
 おそらくトスカーニも同じことを考えているのではないでしょうか?
 私も含めて、我々は否応なしに広告のまきちらす影響におおわれており、目は曇らされております。
 しかしそれは必ずしも真実ではないのです。
 近未来通信にもあるとおり、見かけだけ綺麗な広告を出す会社は、もっともっと警戒してよいのかもしれません。
 また「最近広告が多いな」と思ったら、ひょっとすると悪いことをごまかすためかもしれないのです。
 私もブログをやっていて、「自分の勤める会社や短大が本当にすばらしいのか?」ともし問われれば、おそらく「人による」と答えると思います。
 企業は人なので、人のことを言えばきりがありませんが巧言令色の人も多いし、それをうかつにも信じる人も多いのが現実です。
 根拠のない自己PRに近い批判がたくさんありますが、大組織であれば「1割ぐらい悪い人もいるかもしれない」というのは、たしかに真実だと思います。
 「それがまったくない」と言えば広告になってしまうのかもしれません。
 私達の生きる世界は、そう考えると何と虚構に満ちているのでしょうか?
 論語に「巧言令色鮮(すくな)し仁」と書かれ、美しい広告を拒否した儒学でしたが、
最後は巧言令色により「私たちに微笑みかける死体」となってしまったのです。
 明治の実業家、日本郵船の創業者でもある渋沢栄一は「論語」のみを大切にしました。
 それにより「論語」の生命を復活させようとしたのです。
 ヨーロッパにおいても、カトリックがあまりに巧言令色になりすぎてしまった結果、マルチン・ルターは「ただ信仰のみ!」と叫び宗教改革がはじまりました。
 最後には結局うまいも下手もなく、真実が勝つということなのだと思います。
 何年間もかかって、本の内容が少しわかってきたうれしさでした。
 今日は雨が降っております。
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2006/11/26  18:07

アジアの大横綱!朝青龍全勝優勝おめでとう!  心気体(フィットネス)
 いやー大関千代大海も土俵際まで追い詰めたけど、横綱が強かったですね。
 横綱は気魄もさることながら、基本がひじょうにしっかりしているように思います。
 蒙古相撲というと、モンゴルの祭りナーダムでさかんに行われ、ひじょうに美しい絵巻物です。
 モンゴル族の国技ですが、満州族にも大きく広がり、満州族の清王朝でも康熙帝が子供の頃よくやっていたと言われます。
 漢民族のカンフーと比べると派手さはありませんが、彼らは乗馬、弓道、相撲の三つで漢民族を軍事力で圧倒してきたのです。
 記憶で申し訳ないのですが、横綱の父君が日本にきたとき、インタビューで「俺が強いんだから息子も強い!」と言っていたことが思い出されます。
 今や「日本か外国か」ではなく、「アジアかヨーロッパか」になってしまいました。
 最近、白露山の頭を見て「坊主なら相撲をとるのもありではないか?」と思ったりもします。
 勿論日本人力士に頑張ってほしいのですが、「心・気・体」どれをとっても横綱には遠く、「気魄の大横綱」に勝つのは容易ではないと思いました。
 しかしともかく地道に稽古をして、来年は横綱に一矢を報いてほしいと思います。
 横綱には、時代を切り開く火の玉のようなエネルギーを感じます。
 若さを失ったと言われて久しい日本ですが、横綱のようなエネルギーがほしいものだと思いました。 
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