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2006/8/31  7:30

横浜港シンボルタワーへと続く「緑道(りょくどう)」について  文化国家(Kulturstaat)
 当短大のある本牧埠頭D突堤の入口は二つあり、私どもの短大がある門のない市民開放区域と、実際港湾労働をやっておられる地域へと続く「黄色い門」があります。
 その右手のところの歩道が横浜港シンボルタワーへと続く「緑道(りょくどう)」となっております。
 ところが案内表示が見えないようなところに立っており、休日門が閉まっていれば歩道橋から入らないといけないので、あまり使われてはいないようです。
 「もったいない」気がしております。
 短大の周辺を歩くと、「グリーン港湾」をめざしていたことがよくわかりますが、利用されることが少ないとトレーラーから捨てられると思われるゴミにより荒れてくるのです。
 緑道を行くと「本牧・海づり公園」の駐車場の横に出て、横浜港シンボルタワーのゲートの入口を入り横浜港シンボルタワーへと続き、距離はざっと2kmだと思います。
 そこでシンボルタワーをゆっくり見て、帰りはバスで帰るのが一般的なルートだと思います。
 緑道は短大キャンパスの横を通るので、以前後ろに通用門を開ければもっと親しみやすくなるし、小さな看板でもあれば宣伝にもなるし、道が荒れていなければ本牧・海づり公園の駐車場を利用して、(やるなら交渉しないといけませんが)イベントやセミナーのお客さんを集めることができると考えたこともあるのですが、駐車場から歩いて5分ぐらいかかり、泥がたまっているところがあるので、雨が降ると女性や子供は転倒する可能性もあり、せっかくすばらしい緑道があるのに、短大と一体化して利用できないのがとても残念で、今も「もったいない」気がしています。
 横浜港シンボルタワーももっとロケ地に利用してもほしいし、夢はたくさんあるところです。
 人を集めることができれば、バスや交通機関ももっと便利になるでしょう。
 ところで、石油の高騰は「グリーン物流」を加速化させているようにも思います。
 「グリーン港湾」と「グリーン物流」、これからの港湾と物流の二つのキーワードだと思われ、なぜならグリーンは省エネ港湾、物流へとつながるからです。
 グリーンは港湾、物流の敵ではもはやないのです!
 下に緑道への入口の写真を入れておきます。(昨年撮った写真ですが右横に緑が見えますよね)
 休日こちらの方は門が閉まっていることが最近多いのですが、港湾カレッジから海づり桟橋を経由し、横浜港シンボルタワーへと続く道は、ほとんど大型トレーラーも走っておりません。
 ぜひおいでください。

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2006/8/31  6:37

港湾労働者のイメージをよくしたい!  汽船(エッセイ)
 私も港湾カレッジにきて結構時間がたちますが、特にセミナー担当をするといつも苦しむことがあります。
 それは「港湾」および「港湾労働者」へのイメージの悪さです。
 ブログをはじめてから不思議と、「公安短大」(どこにそんな物騒な名前の短大があるか!)と間違えられることは減りました。
 でもブログの記事で「港湾」をつけると、読者が10人以上は減ります。
 最近考えたのですが、港湾労働者というとどうしても初代若乃花のイメージがあるのではないでしょうか?
 若貴兄弟の叔父、初代横綱若乃花は室蘭港の港湾荷役により足腰を鍛えたことはよく知られたエピソードで、港湾労働というと、どうしても大昔の映画や、発展途上国の港湾荷役のイメージがあります。
 しかし機械化、情報化の進んだ港湾で、あのような労働は過去のものとなりました。
 今の港湾労働のイメージは、映画でいえば第二次世界大戦におけるアメリカ軍の補給基地です。
 実際戦後にアメリカ軍が進駐してきたとき、港湾や物流の労働の多くを機械でやるので、日本は驚きそれを目的として改善してきており、今は船から直接大型トレーラーにコンテナを積み込む技術も発展してきているのです。
 私どもの短大を運営していて、日本海側、特に北陸地方、東北地方の日本海側の港湾技術に対する関心が低いことに驚かされます。
 どうも港湾労働を、技術、技能のいらないあまりにも古すぎるイメージをお持ちのようです。
 確かに京浜地域でもあまり言いたくありませんが、変な雰囲気のところもあるのです。
 しかしそれはもはや多数派ではないのです。
 港湾労働者は西洋では労働者の中で低い位置にありません。
 ある政治学者は港湾労働者に対して市民大学を開いているときに軍の反乱があり、「港湾労働者を扇動した」罪で死刑になりかかったこともあるといいます。
 これは戦前のドイツでの話ですが、港湾労働者も知識への関心を持ち、それを港の発展や自分達の労働環境や作業効率の改善へとつなげていく・・・近代的港湾のイメージはそのようなものだと思います。
 そしてそのような努力を続けることにより、封建的な港湾労働者のイメージを払拭(ふっしょく)することができると思うのです。
 
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